東京大豪雪
浅野エミイ
東京大豪雪
『今夜夜半にかけて、関東平野では大雪の恐れがあるでしょう』
天気予報士がそんなことを言っていたっけ。それは見事に的中した。部屋のシャッターを開けると、当たり一面雪景色。しかもかなりのドカ雪。
季節は春。もう3月に入っているというのに、とても寒い。ああ、今日は雪かきだなぁ。貴重な日曜日なのに、雪かきをしないといけないなんて面倒だ。でも、しないと明日、車を出せないからな。
僕はダウンジャケットを着ると、事前に買っておいたスコップを持って外に出る。天気予報士の言葉を信じてよかったな。
「おはようございます」
「おはよう」
外に出ると、隣のおじいちゃんも雪かきをしていた。東京の大雪。まだ雪国みたいにそれこそ屋根の雪まで下ろさないといけないってわけじゃなく、玄関前や道路の雪を隅に寄せておくだけだから楽なのかもしれないけども。
手袋をしていても、手が冷たく感じる。長靴を履いた足も。ただ、雪かきをしているせいか、体だけは動かしているため汗が出る。
1時間ほど雪かきをすると、雪が一か所に山盛りになる。ともかく玄関前と道路、あと車庫前は大丈夫かな。
スコップを置いて室内に入ると、汗だくだった。だけどすぐに汗は冷えてしまう。脱がないと。服を脱いで着替えるが、今度は寒い。動いていたから暑かったのに、体の芯は冷えていたようだ。何か温かいものが食べたい。
「電気、止まっちゃったみたい」
「え? 本当?」
部屋の中でも着こんでいる妻が、焦ったように言う。電線に雪が積もった影響か。東京に大雪が降ることはあまりないが、降ったときは雪国なんかより脆弱だ。
電気が止まったということは、ポットは使えないのか。カップ麺でも食べようと思ったんだが。あっ、でもガスはいけるか。
やかんがないので鍋に水を張ると、ガスコンロでお湯を沸かす。取り出したのはマルちゃんの赤いきつね。寒いときは赤いきつねの縮れたうどんに限る。フタを開けると、粉末スープと七味が一体になった袋を取り出す。粉末スープの部分の封を切り、お揚げの上にかけると、ふんわりと鰹節の香り。
――ちょうどお湯が沸いたので、鍋からカップへ注ぐ。ここから5分。カップを持って、こたつへ移動。と言っても、停電しているので暖かくはない。暖房も使えないから、カップの温かさが余計冷たくなった手に伝わり、熱い。
「赤いきつね食べるの?」
「うん」
「私の分は?」
「食べるなら自分で。今、僕は雪かきしてきたんだから」
「ぶー」
妻がふくれるのを笑っていると、あっという間に4分くらい経った。本当は5分待たなくちゃいけないのだが、もういいかな? 動いた分お腹がへって、待っていられない。
「いただきます」
我慢しきれずフタを開けると、まだお揚げの上に溶け切っていない粉末スープが残っていた。箸でお揚げを沈めて溶かすと、先ほどの粉末スープと一体になっていた七味を、反対側から開けてまたお揚げの上に振りかける。そして、同じようにまた、お揚げをおつゆの海へと沈める。
まだ少しだけ固いうどんを箸で軽くほぐすと、口へ運ぶ。縮れ麺がおつゆに絡んで甘じょっぱく、おいしい。そして何度もだしへ沈めたお揚げをパクリ。軽く口元におつゆが。手で雑に拭うと、もう止められない。冷えた体を温かい赤いきつねがじんわりと緩和させてゆく。
「あー……」
おつゆを飲んで、思わずひとこと。
「おじさんくさい」
「いいんだよ、おじさんなんだから」
妻は冷たいこたつの中で、みかんを食べ始めた。いつになったら電気は復旧するだろうか。
3月の底冷えする日。いつ春の暖かさが来るのだろう。今から待ち遠しい。
赤いきつねで暖を取りながら、僕はそんなことを考えるのだった。
東京大豪雪 浅野エミイ @e31_asano
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