第6話 腕試しだ!
「いや、お前じゃ強すぎだろ」
という黒田先輩の意見は無視された。俺としては小田部長にコテンパンにされる美香という図もいいのだが、自分が指名されないことを少し意外と思った。他の部員も動揺している。いくら何でも部長相手には美香にチャンスはないように見えたのだ。
「なにも部長が相手しなくても、我々に任せていただければ」
「だめだ、だめだ。それじゃあ実力がわからないだろ」
そんなことはないと思うが、部長は言い出したら聞かない。
俺たちが危惧しているのは、部長はこの世界では有名な戦術家であるという点である。しかも性格的に容赦がない。必要と感じるのなら交渉前に比叡山を焼いてしまうタイプだ。
一度、俺は入部早々に部長の相手を二年の先輩と二人掛りでしたことがあるが、コテンパンというか、壊滅状態にさせられ、二年の先輩に至っては俺を逃がすために突撃をせざるを得なくなり、俺は時間いっぱいまで逃げに逃げ、最後の一兵を温存させただけになった。
そのときの恐怖は、いまでもトラウマだ。そもそも戦術家として用兵がうまいのに、最後の一兵までやるというのだから、いにしえの項羽に似ているかもしれない。
この猛将っぷりは、他校からも畏怖と尊敬で迎えられている。陰で悪意をもって『岐阜の殺人鬼』とか、敬意をもって『北高の軍神』とも呼ばれている。
「望むところです」
美香が勝手に返事をした。お互いに笑いあっている。
どうも、お互いのシミュレーションゲーム愛が共感しあっているようにも、龍虎相搏つようにも見える。黒田先輩はそれぞれを眺めて、その意志の硬さにお手上げと判断したのだろう。
「まあ、彼女がいいというのであれば、我々が口を挟むことではないな」
「ゲームは戦術シミュレーションでどうだ。そうだな……初心者でもできて、こっちも満足できる奴。なんかなかったかな?」
「戦国モノの純粋戦術ゲームならあるよ。野戦か攻城戦が選べる奴」
と黒田先輩は書棚からゲームを取り出した。
「おお。こりゃ、名作だ。これなら短時間で結果も出るし、いいな」
部長も満足げだ。
このシミュレーションゲームは俺もやったことがある。ある意味、伝説的な名作だ。珍しい和製で軽めのウォーシミュレーションだ。
随分昔のゲームだが没入感もある。
なんと言っても、ち密なルールであるにも関わらず、マップによる軍団運用と戦術性の高いカードデッキタイプの戦闘システムによって、勝ち筋が無限にあり、むしろ油断や無茶が死につながるタイプのゲームだ。
確かに、実力を測るにはいいゲームだろう。
難を言うのであれば、運の要素がいささか強い「リアル系」というよりも「イフ系」と呼ばれる部分があることくらいか。若干、思考力だけでない部分があるが、ゲームバランスを重視した結果だ。
こうでもしないと正統派の歴史シミュレーションゲームは生き残れない。
いまや正統派歴史ウォーシミュレーションは虫の息どころか、心電図が動いていない状態に近いのが現実だ。
数年前はIPモノのウォーシミュレーションゲームがもてはやされていたが、今は海外のSF系のウォーシミュレーションに押され、国内の開発会社は駆逐されつつある。
要するに滅びゆく産業だ。
ボードゲーム人気が復活していく中で、シミュレーションとしてのウォーゲームだけは、取り残され、消えていく一方なのだ。今の時代、単純な戦争のゲームは流行らない。
この社会に居場所のない少数派なのだ。
「藤吉はこのゲーム経験したことがあるんだろ?」
黒田先輩に言われて、俺はうなずいた。
「なら、副将についてやれ。2人プレイも基本的には可能だ」
「それがいい。俺は一人でやるがな。よし、では三日後。金曜日に試合だ。それまでにルールは完璧に覚えておけ」
それは新人いじめじゃないのかとも思えるお達しだったが、小田部長の発言はこの部では絶対だ。それは伝統ではなく、なぜか自然にそう思える雰囲気があるのだから、仕方がない。
あんな頼りなさそうな風体でも、軍神の異名を持つのだ。
黒田先輩が苦笑いを浮かべながら穴のあいた箱を用意した。
「ほら、ひけ」
美香に勧めた。美香は恐る恐る箱の中に手を入れて、一枚の紙を取り出した。
「そこに書いてある武将の名前が、君が担当する武将だ」
そう言われて、美香はまじまじとその紙を見つめた後、にやりと、それは大胆不敵なほどに、にやりと笑った。
「いいカードだったのか? おっと、言うなよ。三日後のお楽しみにしておこう」
黒田先輩が箱を小田部長に差し出す。
小田部長はいやらしいほどに、箱の中をまさぐって、そして一枚のカードを引き抜くと胸に押し当てて後ろを向いた。
その振り返った時の顔といったらない。悪魔のような笑みで美香に笑い返した。
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ウォー・シミュレーション部にようこそ! 玄納守 @kuronosu13
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