第5話 ゲームの女王
そう。シミュレーションはつまらなくて消えたのではない。ゲームの面白さの土台を支えるのが今でもシミュレーション要素なのだ。
昂然と顔をあげた小田部長が見上げているのは天井ではない。シミュレーションの未来だ。
「例えば、『もし、この装備なら』というのは、選択のシミュレーションだ。アクションゲームの中に、ステータスの要素があれば『もしもスピードを上げたら』も、そうだ。ガチャで何もかもが決まってしまうクソゲーですら『もしも、何々を選択すれば』はシミュレーションの要素だ。こうやってシミュレーションは、他のゲームジャンルに内包され、ゲームのゲームたる部分を担う重要な要素となった。シミュレーションゲームのDNAが、生物のようにゲームの中に入り、生き残っている。ゆえにシミュレーションゲームは、ゲームのミトコンドリアにして、ゲームの
小田部長が目を閉じるのと同時に、部員もその女王に敬意を表して目を閉じた。
「わかります! 私、それ、すごくわかります!」
気付けば美香は、小田部長の手を取っていた。
心の底から感激している様子だ。取った手をブンブン振って感激を表していた。
しかし、我らが小田部長は、女性に手を取られたくらいで考えを変えるタイプではない。シミュレーションゲームには、恋愛シミュレーションというジャンルも存在している。小田部長は、その手のシミュレーションもお得意だ。
たとえ賛同されたとしても、この闇部活の伝統に従って、彼女はマネージャーとして部員を支える立場になるのだろう。
「あ、えと、あれだ。じゃあ、彼女、部員として入部でいいかな? どうみんな?」
「うぉい! 手ぇ握られたくらいで、何、日和ってんだよ!」
顔を赤く染めて今にも入部させようとしていた小田部長が、俺に怒鳴られてオロオロしている。全く、肝心のところで役に立たない人だ。
「いいか、美香? この部活はな、賞金稼ぎのeスポーツとかとは一線を画すんだ。人と人、知と知のぶつかり合い、ボード上で命を削る行為だ。真剣な部活なんだ。ウォーシミュレーションゲーム部は遊びじゃないんだよ!」
「なに言ってるの。だから入りたいって言ってんのよ。それにeスポーツの人に失礼でしょ! 謝りなさい! そもそも、人と人って、藤吉はコミュ障ギリギリでしょ!」
ぐうの音も出ない!
「そうか。コミュ障の藤吉は反対か。皆はどうなんだい?」
黒田先輩が話を引き継ぎながら、傷をえぐる。
「私は、まあ、藤吉と同じです。今までこの部活に、女性部員はいませんでした。部の規則を確認すべきです」
加藤先輩が味方してくれた。この田舎の男子としては珍しく、肩まで髪を伸ばしている。その髪をかき上げながら言った。発言内容には規律を重んじる彼らしさを感じる。
「一応、代々引き継いできたこの部規則に、女性の入部を認めないというのはないねぇ」
黒田先輩が、黒紐閉じの部規則集を掲げた。「盤上戦史研究部」と癖のある筆書きで大書されている。歴代の先輩たちが残していった名簿や規則集だ。
「自分は、マネージャーとしてなら、認めます。そろそろ、この部室の整理整頓をしなくてはいけないと思っていましたので、人手は欲しいです」
可児先輩だ。理想よりも現実を取りつつも、保守と改革のバランスをとる、とても彼らしい意見だ。
黒田先輩は頷きながら、
「それは、部員全員でやるべきだろう」
と、にべもない。
「俺は、この子の実力次第だと思う。この子が、俺たちと同じくらいに戦えるセンスがあるのなら、入部を認めることになんら問題はなかろう?」
福島先輩だ。泣く子も黙る鬼福島らしいといえば鬼福島らしい。実力主義者だ。
「実力ねぇ」
黒田先輩はニヤニヤと笑って、
「で、部長はどうする?」
小田部長は、それに頷いて返した。
「福島の言やよし。入部テストを行おう。この部活らしく、ウォーシミュレーションで決着を決める」
「いいね。賛成」
黒田先輩が手をあげて賛意を表明した。
「ただし、負けたら、マネージャーでどうだい? 君が三年生になるまで、この部の運営に携わることになる」
ニヤリと黒田先輩は笑った。要するに、暗に三年生になったら、部員になれる可能性を示唆したのだ。誰も反対するものがいなくなる状況が訪れるところまで見えているのは、彼だけだろう。
黒田先輩ほど、政治的手腕を発揮できる人を、この先の人生で俺はみないかもしれない。ただ、俺としては、美香には黙ってもらったまま、入部もさせないというのが、理想だったのだが……。
「わかりました。その条件で結構です。入部テストで、皆さんがどれだけこの部活を真剣にやっているのか、見せていただきます」
キリっと美香は返事をした。
それは宣戦布告にも近い、強い意思表示だった。
こいつは昔からそうだ。自信過剰なところがある。勝てるつもりでいるのだろう。
どうせ対戦相手は、この部で最弱の俺だ。美香は俺なら勝てるとでも思っているのではないだろうか。だが、俺も、ジャンルによっては素人同然の女に負ける気はない。
「よし、決まりだ。じゃあ相手は」
「我輩がしよう」
黒田先輩の指が俺を指す直前で言葉が遮られた。
遮ったのは、小田部長だった。
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