第29話 千葉の猟場を下見する
猟場の下見の日。
俺たち狩り喰い部の四人は、F市手前にある高速道路のパーキングエリアに向かった。
そこが東京農経大学ハンティング部との待ち合わせの場所だからだ。
既に豊和田猟子は到着している。
彼女は白のトヨタ・ハイラックスから降りてきた。
服装は白いエア・ジャケットにジーンズだ。
今まで見て来た限り、彼女の服装は白、先日会った時のポルシェも白だった。
彼女は白がイメージ・カラーなのだろうか?
「遅かったわね。東京から来ている私たちより遅れるなんてどういう事?」
猟子が不満さを隠さずにそう言う。
それには麗明が答えた。
「悪かったな。コッチは不慣れな上、高速道路に乗るまでの道が混んでいたんだ」
俺の家から高速道路のインターチェンジまでは少し距離があり、一度千葉市中央近くまで出る必要があるのだ。
猟子は「フン」と鼻を鳴らすと
「まぁいいわ。今日は猟場の下見だけだしね。本番で遅れるような事が無ければ」
と呟くように言う。
俺は気になっている事を聞いた。
「これから行く場所はどんな所なんだ? 俺たちの車じゃあまり悪路には入れないんだが?」
そう言ってここまで乗って来た赤い軽自動車を指さした。
俺たちが乗って来たのは、普段は母親が使っている普通のFFの軽自動車だ。
もし本格的な林道に入るのなら、とてもじゃないが着いて行けない。
それに対し彼女が乗っているのはトヨタ・ハイラックスだ。
おそらく大抵の林道は走る事ができるだろう。
だが猟子は「
「私たちがこれから行くのは軽の普通車で十分よ。実際の猟場にはそこから歩いて入っていくから」
その時、聞き覚えのあるどこか甘えたような声が響いた。
「猟子さぁ~ん!」
自販機コーナーから誰かが走って来る。
両手に缶コーヒーを持ったその男に見覚えがあった。
しかもソイツに会ったのはつい二日前だ。
色白なモデル顔のその男は……
「やぁ、君たち、また会ったね」
MSSー20の男、弥勒院京也は俺などに目もくれず、真っ直ぐに麗明と恵夢に近寄っていった。
「射場で君たちを見かけた時から、もしかしたら北海道校の狩り喰い部の人じゃないかって思っていたんだ。再会できて嬉しいよ」
そう言いながら京也は缶コーヒーを車の上に置くと、さっそく恵夢の手を握った。
恵夢は今回も引き気味で「ど、どうも……」と辛うじて愛想笑いを返す。
麗明の方は両手をポケットに突っ込んだまま、冷たい目で彼を見ていた。
京也の目が雪美に向く。
「やあ、君は初対面だね。初めてまして。僕は弥勒院京也。東京農経大学ハンティング部のメンバーなんだ。よろしくね」
そう言って今度は雪美の手を握る。
雪美も京也の距離感の近さに驚いた様子だ。
「あ、はぁ、よろしくお願いします」
京也は三人を順番に見まわしながらこう言った。
「いやぁ、こんな美女三人と一緒に猟が出来るなんて……僕は最高にツイてるな。君たちが一緒なら獲物なんてもうどうでもいいよ」
麗明・恵夢・雪美の三人が揃って半歩後ろに下がる。
俺はある意味で京也に感心していた。
あの剛毅な麗明を後ろに下がらせるなんて、そのハートの強さに脱帽だ。
「まったく、アナタって人は本っ当に美人に目がないのね」
そう言ってメガネを掛けた男女二人組がやって来た。
声を掛けてきたのは女性の方だ。
「まずはお猟婦人にコーヒーを渡す方が先でしょうが」
そう言われて京也は初めて「ハハ、再会できた事があまりに嬉しくって」と変な言い訳をしながら猟子に缶コーヒーを手渡す。
猟子も呆れた様子でそれを受け取りながら、俺たちに目を向けた。
「紹介するわ。ウチのハンティング部のメンバーで今回の合同狩猟会に参加する、
京也をたしなめた女性が軽く頭を下げた。
「武楼忍です。今回の狩猟会、楽しみにしていました」
そう言った彼女の目には、どこか険しい光があるように感じられる。
もう一人の男性は、無表情のまま黙って頭を下げただけだ。
「今回の合同狩猟会は、その四人っていう事だな?」
麗明が確認するように言うと、猟子は頷いた。
「これで四対四。二人一組で4つのエリアで狩猟する。問題はないでしょ」
「ああ。面子が揃ったなら猟場のポイントを案内してくれ」
「分かってる。それじゃあ私の車の後をついてきて」
「麗明さん、良かったら僕の車に一緒に……」
そう言いかけた京也を猟子が止めた。
「京也、アナタは佐古と一緒よ。忍は私の車に」
猟子はそう言うと武楼忍と一緒にハイラックスに乗り込んだ。
弥勒院京也は不満そうな顔をしつつも、佐古博と一緒にトヨタ・ライズに向かう。
俺たち四人も母親の軽自動車に乗り込んだ。
三台の車は高速道路を降り、町中を抜けると一気に山の中に入って行った。
道路はごく普通の舗装された田舎道だ。
そこから未舗装の砂利道に入ると、少し広めの草地に前の車が止まった。
俺たちもその草地に車を乗り入れる。
四人が降りると既にハイラックスから降りていた猟子が近づいて来る。
「ここからは歩きよ。実際に獲物の気配が多いポイントを教えるから付いて来て頂戴」
こうして豊和田猟子と武桜忍を先頭に、俺と麗明、恵夢と雪美、最後尾に京也と佐古博は林道を進んで行った。
林道はほぼ砂利で敷かれているため、歩くとジャリジャリと派手な音がする。
麗明が眉を顰める。
「歩いただけでこんなに音がするなんて、音に敏感なシカは逃げて行きそうだな」
それが聞こえたのだろう。
前を歩く猟子が振り返ると「フフン」と笑った。
「そういう点も本州の猟の難しさなのよ。砂利道をいかに獲物に感づかれないで歩くか、っていうテクニックもね」
麗明が猟子を睨む。
そこですかさず声をかけてきたのが弥勒院京也だ。
「麗明さん、良かったら僕がその辺の技術も教えて差し上げますよ。後で二人で時間を取って貰えませんか?」
「けっこうだ」
麗明は間髪入れずにそう答える。
だがそこでメゲないのが弥勒院京也という男らしい。
次は恵夢に狙いを変えた。
「恵夢さんはどうですか?」
「ありがとう。でも遠慮します。それって敵に塩を送ってもらうみたいで納得できないから」
(恵夢にしてはずいぶんとハッキリした断り方だな)
俺はそう思った。
いい加減に恵夢も京也には辟易しているのかもしれない。
「ヤレヤレ、麗明さんも恵夢さんも考え方が硬いなぁ。同じ農経学園の仲間なんだから、そんな事は考えないで気楽に僕を頼って下さいよ。僕としては北海道校の狩り喰い部の皆さんと仲良くしたいと思っているんですから」
(その『狩り喰い部の皆さん』の中に、俺は入っていないのか?)
俺はそう心の中でツッコミを入れた。
考えてみれば京也は、今朝会ってから一度も俺には話しかけて来ない。
それを豊和田猟子は知っていたのだろうか?
こんな事を言い出した。
「京也。範斗くんにも教えてあげて。彼は春から東京校に移籍してウチの部に入る事になるんだから」
「えっ?!」
「えっ?!」
不本意ながら、俺と京也が全く同じタイミングで同じ声を上げる。
だが俺が否定するよりも早く噛みついたのは麗明だ。
「まだ決まった訳じゃないだろ、猟子! この狩猟会での結果次第だ!」
だが猟子の方は余裕綽々の体だ。
「あら、まだ勝つつもりでいたの? 私はもうてっきり、敗北を認めて範斗くんを差し出すつもりかと思っていたわ。狩猟会の参加はその口実作りなんじゃないかって」
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
そう言い放ったのは恵夢だ。
「私たちは仲間を差し出すような真似はしない! 範斗くんは北海道農経大学狩り喰い部の大切なメンバーなんだから! 今回の狩猟会参加は、これ以上アナタに余計な口出しをさせないためだよ!」
振り返ると恵夢が普段では見られない形相で猟子を睨んでいた。
「あらそう? だったら今日の下見でしっかり勉強しておく事ね。それでも結果は見えているけど」
猟子はそう笑いながら言った。
林道をしばらく進んだ所で、豊和田猟子は林の中に入って行った。
俺たちもその後を続く。
林の中だが下草はほとんどなく歩きやすい。
麗明が周囲を見渡しながら言った。
「ディアラインがかなり出来ている。シカの密度はけっこう高そうだな」
ディアラインとは、シカが下草や首が届く範囲の木の葉や小枝を食べてしまうため、林の下部が水平に刈り取られたような独特の見通しの良い林になる事をいう。
「うん。だから林の中でもけっこう見通しはいいかもしれない。これは私たちにとってはプラスだね」
すぐ後ろに来ていた恵夢がそう告げる。
「だけど植林された杉林が多過ぎるな。杉林の中は暗い。これだとシカは保護色になって見つけるのは難しいかもしれない」
それは俺も感じていた。
林道に入ってからずっと周囲に目を光らせているつもりだが、一向にシカの姿は見えない。
同じ事は恵夢も感じていたのだろう。
「シカの糞や足跡はそれなりにあるんだけど、姿は全然見えないしね」
「それにしても歩きにくいな。千葉の山がこんなに険しいとは……」
思わず俺のグチが漏れる。
林道を外れて林に入ってから尾根伝いに歩いているんだが、これがけっこう急なのだ。
その上、片側は崖になっているところが多い。
せいぜい三メートルから十メートル程度の崖だが、落ちたら大ケガをする可能性も高いだろう。
中には両側とも崖になっていて、幅一メートルくらいしかない場所もある。
「範斗は千葉県育ちだろ? こういう所も経験しているんじゃないか?」
麗明のその問いに俺はしかめ面で答える。
「俺の家は千葉市だからな。こんな山は無かったよ。それに千葉の南の方なんて、海水浴に来た事はあるけど山の中に入るなんて無かったから」
それが聞こえたのか、猟子が俺たちを見ながら言った。
「まだまだ、こんなものじゃないわよ。険しい所はもっと険しいから。岩が切り立ったような場所を通る事もあるわ」
確かに、俺は千葉の山をナメていたかもしれない。
これは想像以上にハードだ。
「北海道は車で林道を走る流し猟がメインでしょ。そんな温い猟をやっていて『北海道が狩猟の本場』なんて言っちゃうなんて、お笑い種だわ」
麗明・恵夢・雪美の三人が同時にムッとしたのが分かった。
他ならぬ俺自身もムカッと来たからだ。
雪美が小声で言って来る。
「本当にムカつきますね、あの女」
麗明も同意する。
「ああ、アイツの鼻っ柱をへし折ってやらなければ気が済まない。道産子魂を見せてやろうぜ」
「そうね。北海道の猟が生温いかかどうか、教えてやらないと……道産子の意地で」
恵夢はそう言った後で、慌てたように俺を見た。
「道産子って言ったけど、範斗くんを仲間外れにした訳じゃないからね! 私だって途中は長いことアメリカに行っていたんだし」
それを聞いて麗明も慌てる。
「そ、そうだよ。範斗は別だから。アタシらの仲間だから!」
「分かってるよ、二人とも」
俺は軽く微笑んで返した。
「俺は確かに道産子ではないけど、東京校の奴らに負けたくないと思っているのはみんなと一緒だ。さしずめ俺は屯田兵って所かな?」
さらに尾根伝いに山林の中を歩く。
後ろにいた雪美が独り言のように言った。
「シカの糞なんですけど……似てるけどはるかに小さい糞が沢山落ちてますよね。米粒くらいのヤツ」
「ああ、それに足跡もシカに似てるけど、ずっと小さい足跡がそこら中にある。もしかしてこれが……」
麗明がそこまで言った時、前を歩いていた猟子が「それがキョンよ」と答えた。
「キョンは千葉県南部と伊豆大島にいる特定外来生物よ。原産地は台湾や中国南部。千葉にいるキョンは倒産した観光施設から逃げ出したものが野生化したって言われている」
俺もその事は知っていた。
俺は別に興味は無かったが、キョンについては時々ニュースになっていた記憶がある。
その時、とつぜん林の中から「ギャオッ」とも「ぅわぁおっ」ともいうような奇怪な叫び声が聞こえた。
思わずビクッとすると、その様子を見ていたのか猟子がクスッと笑った。
「今のがキョンの鳴き声よ」
雪美が尋ねる。
「キョンは私たちは獲る事はできませんよね? 狩猟鳥獣じゃないから」
「そうね。私たち東京校のメンバーは千葉での害獣駆除資格があるから撃てるけど、狩猟の資格しか持っていないアナタたちは無理ね。違法行為になっちゃうから」
「それって不公平じゃありません? 私たちはキョンは撃てないのに、猟子さんたちは撃てるって」
「安心して。私たちもキョンは捕獲数に入れないから。あくまで狩猟鳥獣の捕獲数で勝負よ」
納得した様子の雪美に代わって、麗明が尋ねる。
「捕獲数で勝負だから、獲物の種類は関係ないって事か? 例えばイノシシなんかは獲るのが難しいって聞くが、シカと同じ一頭と数えるのか?」
すると猟子が驚き気味の表情で振り返った。
「麗明、まさかアナタ、イノシシが獲れるつもりでいるの?」
「千葉にはイノシシも居るんだろ? だったら獲れる可能性はあるだろう?」
それを聞いた猟子が嘲笑うかのように大声で笑った。
「いくら北海道にイノシシはいないとは言え、無知って恐ろしいわね」
「なんだと?」
麗明が気色ばむ。
だが猟子はそれを気にせず、言葉を続けた。
「イノシシは夜行性なの。昼間は深い藪の中に隠れて寝ているわ。だから猟場も寝場所も知らないアナタたちがたった四日間でイノシシを獲るなんて絶対に無理よ。有り得ないわ」
「狩猟に『絶対』も『有り得ない』なんて事もない。チャンスはあるだろう?」
「無いわ。私たちだって2~3年に一度、たまたま見つけて撃てる機会があるかどうかだから」
「その機会が今回に無いとは言い切れまい」
「しつっこいわね」
猟子がイラだった表情を見せる。
「いま私が教えてあげているポイントは対象がシカのものなの。シカですら私がポイントを教えなかったら、アナタたちが獲れる可能性は低いのよ。それなのにイノシシ? 私たちだって獲れないのに、初めて千葉に来たアナタたちに獲れる訳がないじゃないの!」
「自分たちに獲れないからアタシたちにも獲れないだと? ずいぶん言い切ってくれるな!」
「当たり前でしょ! それからイノシシが撃ちにくい理由は他にもあるのよ!」
「なんだ?」
「イノシシはシカと違って肩高が低い。そしてシカみたいに途中で止まる事は絶対にない。全速力で藪の中を突っ走るのよ。だから照準に捕らえるだけでも困難なの! 北海道で遠距離をノンビリと狙い撃っているアナタたちに出来る訳ないでしょ!」
「そこまで言うなら、もしアタシたちがイノシシを獲ったらどうするんだ?」
「裸で逆立ちして北海道校のグラウンドを一周してあげるわよ!」
どうやら麗明も猟子も互いに言い合っている内にヒートアップしていたのだろう。
ついに猟子はそんなことを言い出した。
「よし分かった。どんな種類の獲物でも一頭として数える。それにプラス、アタシたちがイノシシを採ったらオマエは裸逆立ちでグラウンド一周だな!」
「そんな事には絶対にならないけどね!」
「オマエが条件を付け足したんだ。アタシも追加してやろう。イノシシが獲れなかった場合、アタシは何をすればいい?」
猟子が思案顔をする。
「まぁ獲れない事は確実だから……あまり無理な条件をつけては可哀そうね。その場合は、今後、私に出会った時は挨拶として『猟子様、ご無礼を言って申し訳ありません。私は慢心していたクマ女です』って最初に言う事にして貰いましょうか?」
麗明の表情が歪む。
「いいだろう。アタシとオマエで条件の追加だ」
俺はそんな二人を見ながら思った。
(この二人、なんでこんなにいがみ合うんだ? 互いに相手を挑発し合わなければ、こんな事にならないのに)
周囲の連中が二人を心配そうな目で見ていた。
こちら北海道農経大学、狩り喰い部 震電みひろ @shinden_novel
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