第28話 MSS-20の男
翌日、俺たち四人は千葉県射撃場に向かった。
ここは千葉県で唯一の大口径ライフル射撃場だ。
射場も50メートルと100メートルがある。
場所は千葉県のド真ん中、市原市にある。
アクアラインを使えば時間的にもそれほどかからないという事もあり、意外に東京の人も来るらしい。
ちなみに東京にはライフル射撃場はないが、東京近郊では埼玉県長瀞総合射撃場、茨城県狩猟研修センター、栃木県のニッコー栃木綜合射撃場、栃木県ライフル射撃場がある。後は富士山近くにある射撃場に行く人が多いらしい。
俺たちが射撃場に向かったのは、輸送中にスコープの照準がズレていないかを確かめるためと、もう一つの理由は鉛弾による狙点を調べるためだ。
北海道は銅弾しか使えない。
以前に撃ち倒されたエゾシカに入っていた鉛弾をワシやタカが飲み込み、死亡した例が発生したためだ。
そのため北海道では全て非鉛弾しか使えない。
事実上、銅弾しか選択肢はないのだ。
しかし銅弾は高い!
1発千円以上する!
その点、本州は鉛弾のサボット弾を使える。
鉛弾のサボット弾も一発400円くらいはするが、それでも銅弾よりはマシだ。
だが麗明や恵夢が言うには、弾が変わると着弾点が変わるらしいのだ。
「銅と鉛だと大きさが同じなら重さが変わる。銅弾の方が軽くて初速が早くなるから、鉛弾の方が下に着弾すると考えられる。だが一定の距離では空気抵抗が影響して重い方が運動エネルギーを残しているので、鉛弾の方が上に着弾するとも考えられる。他にも色々な要因はあるが、弾が変われば着弾点が変わる事は確かだ。それを確かめたい」
麗明はそう説明してくれた。
もっとも俺の場合は、そんな微妙な違いはどうでもいいだろう。
まずは練習だ。
そんな訳で俺たちはさっそく射撃練習に取り掛かる。
ちなみに千葉県射撃場の料金は2時間で1860円。
北海道だと会員にならないと、だいたい5000円くらいは取られる。
千葉県射撃場の方が、俺たちみたいなたまにしか使わない人間にとっては有難い。
だが受付の女性が困った顔で言った。
「今ね~、100メートル射場は先に三人入っていて、二射座しか空いてないのよ~。一人は二時間待ちになっちゃうけど……」
麗明と恵夢は顔を見合わせたが、俺は即座に言った。
「50メートルの方は空いているんですか?」
「50メートルは1射座が空いているわね」
「じゃあ俺は50メートルでいいです」
こうして俺たちは的紙を購入し、スポッティングスコープ(的に当たったかを確認する望遠鏡)を借りて、それぞれ目的の射場に向かった。
「じゃあ後でね、範斗くん」
そう言って100メートル射場に向かう麗明と恵夢と別れ、俺は50メートル射場に入る。
千葉県射撃場は標的を貼る場所が半地下式になっていて、他の人が射撃中でも的紙を張り替えられる。
俺は50メートル射場で的紙を張り、自分の射座に着いた。
既に撃っている人の内、二人がエアライフル、二人が俺と同じ散弾銃だ。
年齢は全員俺と同じくらいの若者だ。
射場では珍しい光景と言えるだろう。
射場に備え付けのライフルレストに委託して撃つ。
ど真ん中よりも少し右下に着弾する。
その後も続けて5発ほど撃つ。
弾着痕はやはり中心より右下に、ソフトボールほどの範囲に散らばっている。
(う~ん、弾のまとまりはいつも通りだとして、着弾が右下にズレているのはスコープのせいか、それとも弾が変わったせいか?)
その後も5発を撃って的紙の交換に行くと、隣の射座にいた男もやはり的の交換をしていた。
男は俺の撃ち終わった的紙を見て、こう言った。
「けっこう着弾が右下に寄っているな」
「ああ、スコープがズレているのか、弾を変えたせいなのか」
「弾を変えた? 今までどこの弾を使ってたんだ?」
「フェデラルの銅弾。北海道は狩猟に銅弾しか使えないんだ。だけど本州で猟をするんで鉛のサボットに変えたんだ」
「そうか。でも着弾が集まってないのは腕のせいだろ」
(言いにくい事をズバッと言う奴だな)
俺はそう思って彼を見た。
身長は175センチくらい、髪型は育ちが良さそうな横分けで側頭部は短く刈り上げている。
色白なモデル顔のイケメンだ。
射座に戻ると男は再び俺に話しかけてきた。
「銃は何を使っているんだい?」
「モスバーグM695。ハーフライフルだよ」
「モスバーグM695? 聞いた事がないな」
「今は生産されていない古い銃だからな。アンタの使っている銃は?」
男の使っている銃はボルトアクションなのは確かだが、ウッドストックでやけに銃身が長い。
今までに見た事がない銃だった。
男が銃架からその銃を取り上げた。
「これかい? コイツはミロクMSS-20さ」
ミロクMSS-20は、上下二漣銃で有名な日本のミロクが作っているボルトアクション式の散弾銃だ。
スラッグ弾での射撃に特化していて、散弾銃の静的射撃では(ハーフライフルを除けば)ナンバー1の命中精度を誇ると言われている。
「なるほど、これがMSS-20か。俺も初めてみたよ。ボルトアクション式だけどハーフライフルと違って、銃身はライフリングが無いんだよな」
すると男は少し不満そうな顔をした。
「ハーフライフルだけが静的射撃に向いている散弾銃じゃない。このMSS-20は50メートルまでの射撃だったら的は絶対に外さない。ミロクはブローニングX-BOLTなんかのボルトアクション式ライフルをOEM生産していて、このMSS-20にはそのノウハウが活かされている。散弾銃では最高の命中率を誇るミロクの傑作銃さ」
その言い方はちょっと鼻についた。
「そうなんだ? 俺はハーフライフルの方が命中率がいいのかと思っていた」
「フッ、これを見ればわかるだろう」
そう言って男は自分が撃った的紙を突き出した。
全ての弾が中央の10点・9点までにまとまっている。
つまりほぼ野球のボール程度には集弾しているという事だ。
「君はハーフライフルを使っていても、僕よりまとまっていない。MSS-20がハーフライフルより上なのは明らかだろ」
俺は悔しかった。
宇梨花さんの父親から譲ってもらった銃が馬鹿にされたのだ。
それに麗明と恵夢なら、彼よりも弾痕がまとまっている。
こんな事を言われっぱなしには出来ない。
「これはアンタが言う通り、俺の腕が悪いだけだ。銃が悪いんじゃない。実際に俺の仲間は50メートルならゴルフボール程度に着弾が集まっている」
男は再び「フン」と鼻を鳴らして嘲笑うような顔をする。
「だったらなおさら君には、ハーフライフルは不向きじゃないか?」
「なんでだ?」
「ハーフライフルが使うサボット弾の値段は高い。一発千円以上するだろう? MSS-20が使うスラッグ弾なら一発300円以下だ。つまりサボットの三倍は練習できるという事さ」
「俺がいま使っているサボット弾は一発400円だよ」
「それでもスラッグ弾の方が安い事には変わりがない。まぁ君の腕が悪い事と、銃猟の知識がない事は確かだ。それはスコープを見てもわかる」
「スコープで何がわかるんだ?」
「君のスコープ、倍率は何倍だ?」
「9倍だよ」
「たかが50メートルの射撃に9倍のスコープが必要か?」
俺はスコープの事を特に考えた事がなかった。
譲り受けた銃にこの9倍のスコープが付いていたから使っていただけだ。
だが言い返さずにはいられない。
「俺が普段、猟をやるのは北海道だからな。獲物も100メートル以上の場合が多いんだよ。9倍のスコープは必要だ」
「だがここで練習をしているという事は、これから千葉で猟をやるつもりなんだろう?」
俺は無言でうなずいた。
「だったら9倍なんて不必要だ。千葉の獲物は近い。そもそも100メートル先を見渡せる猟場なんて滅多にないからな」
「千葉にだって山や牧場はあるだろう。100メートルくらい先を狙う事はありそうだが?」
「おいおい、観光牧場で銃を撃つつもりか? あっと言う間に警察がすっ飛んでくるぞ」
俺は下唇を噛んだ。
正直、俺は千葉の牧場なんて小学校の遠足で行ったマザー牧場くらいしか知らない。
ただ地図を見て「千葉にもけっこう牧場あるんだな」って思った程度だ。
男は続けた。
「北海道と違って、千葉では牧場でノンビリと餌を食っているシカなんていない。それに近距離のため出会いは一瞬だ。だからスコープも視野の広さが必要なんだよ。9倍なんて獲物をスコープに捕らえる前に逃げられてしまう」
(そうなのか……)
俺には千葉での狩猟の経験はない。
そもそも狩猟自体が初めてまで二か月ちょっとだ。
俺に反論できる事は何もなかった。
「まぁそうは言っても、谷越えとかもたまにはあるからな。僕はライト光機の6倍のスコープを使っている。これなら100メートルまでは十分に狙えるよ」
無言でいる俺に対し、男は最後に笑いながら言った。
「まぁ頑張ってくれよ。せめて獲物を見つけて発砲できるチャンスがあればいいけどな」
そう言って再び射座に入った男を俺は睨みつけた。
(なんて嫌味な野郎なんだ)
その後、俺も射座に戻って射撃を再開するが、隣のMSS-20の男が気になって仕方がない。
イライラしたせいか、さっきより弾が散っている気がする。
俺は10発ほど撃って、その日の練習は終わりにした。
また男に何か言われたらたまらないからな。
俺は受付でスポッティングスコープを返却し、缶コーヒーを飲みながら麗明と恵夢が戻って来るのを待った。
隣のMSS-20の男に言われた事が、頭から離れない。
かなりムカついたが、男の言っている事はおそらく本当なのだろう。
(千葉での狩猟は獲物は近距離で一瞬、そして高倍率のスコープは逆に不利になる……)
だからと言ってスコープなんて急に変えられないし、そんな金もない。
そんな事を考えていたら、射撃場に通じる坂道を麗明と恵夢が昇って来るのが見えた。
だがその横に別の人間が…………あのMSS-20の男だ!
話し声が聞こえて来る。
「君たちみたいな若い女の子、しかもこんな美人が射撃をやってくれているなんて嬉しいな」
「僕も関東近県で狩猟をやっているんだけどね。本州は猟場選びが重要なんだよ。良かったら僕が教えてあげようか?」
「コッチだと銃の修理なんかを頼むにも、銃砲店がわからないでしょ? 僕が窓口になってあげるから連絡先を交換しないか?」
などと一生懸命に話しかけている。
それに対し、恵夢は辛うじて相手をしているが、麗明は完全に無視だ。
その恵夢にしても笑顔で応対はしているが、あれは困惑している顔だ。
麗明が俺を見つけた。
「範斗、お待たせ。待たせたのか?」
「いや」
恵夢もホッとしたような顔で俺に話しかけてくる。
「範斗くん、もう十分に練習はしたの?」
「まぁぼちぼち」
すると二人に話しかけていたMSS-20の男は、初めて俺に気づいたようだ。
「なんだ、君たち、知り合いだったのか?」
俺が「まあね」と言うと恵夢が「同じ部なのよ」と答える。
すると男は何となくバツが悪いと思ったのだろう。
「ふぅん」と言うと、俺に背を向けるようにして麗明と恵夢に言った。
「僕の名前は
そう言ってMSS-20の男・弥勒院京也は恵夢の手を握った。
恵夢が引き攣った笑いで「ええ、機会があれば」と答える。
次に京也は麗明の手を取ろうとしたが、麗明は腕を引っ込める。
弥勒院京也は軽く肩を竦めると「じゃあ、また今度ね」と言って、乗って来たであろうトヨタ・ライズに向かって行った。
「なんだ、あのチャラチャラした男は?」
麗明が吐き捨てるように言うと、恵夢も
「ホント、アレは典型的な自分がカッコイイと思っている男だよね」
と顔を顰める。
俺は無言で奴が乗った車が駐車場を出ていくのを見つめていた。
だがなぜか「奴とは近い内に会うんじゃないか」と、そんな気がしてならなかった。
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