第二章 本州での狩猟(千葉県編)
第27話 狩り喰い部、本州に渡る!
「まあまあまあ、遠い所をようこそ。いらっしゃい!」
俺の母親は愛想良くそう言った。
「すみませ~ん。お言葉に甘えさせてもらいました。お世話になりま~す」
如才なくそう明るく言ったのは恵夢だ。
「こ、このたびは、と、突然のお願いにも関わらず、わ、私たちの滞在を認めていただき、た、大変ありがたく……」
妙に緊張してどもりながら固い口調で挨拶したのは、他でもない麗明だ。
普段の豪胆な態度とは裏腹に、なぜかコイツはやけに緊張している。
母親も笑った。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。自分の家だと思ってゆっくりして下さいね」
「じ、自分の家……」
なぜか麗明は顔を赤らめる。
雪美も不思議そうな顔を麗明に向ける。
俺はそんな三人に声をかけた。
「みんな、上がってくれよ。女子の部屋は一階の和室だから」
そう言って俺はほぼ8か月ぶりの自分の部屋に向かった。
なぜこんな事になったかと言うと……
俺たち北海道農経大学狩り喰い部は、東京農経大学ハンティング部の豊和田猟子と『交流合同狩猟会』を行う事になった。
こう言うと何だか仲良く和気藹々とグループ猟をやるように聞こえるが、実体は違う。
俺たち狩り喰い部と、東京校ハンティング部の勝負なのだ。
ルールその他の細かい事はまだ決まっていないが、場所だけは千葉で決定している。
実は東京の周辺にも猟場は多い。
神奈川県の丹沢、埼玉県の秩父、群馬・栃木・茨城、そして俺が産まれ育った千葉。
さらに言えば山梨や静岡だってちょっと行けば、シカやイノシシの獣害が問題になるくらい増えている。
その中で千葉が選ばれた理由は、元々俺たちが冬休みの本州遠征のために千葉県に狩猟者登録を行っていたからだ。
そして俺の実家が千葉市にあるため、麗明・恵夢・雪美の三人がしばらく俺の家に宿泊する事になったのだ。
自分の部屋に荷物を置いて、一階のリビングに向かう。
しばらくすると和室から女子三人もやって来た。
麗明が緊張した面持ちで手にしたお土産を母に差し出す。
「あの……これ、お口に合うかどうかわかりませんが……」
差し出したのは十勝が誇る銘菓『三方六』のバームクーヘンだ。
外側をホワイトチョコでコーティングし、そこでミルクチョコで白樺に見えるよう模様を付けている。
それにしても……こんなに緊張した様子の麗明を見るのは初めてだ。
どっちかというと物怖じしないタイプだと思っていたんだが。
一方で恵夢の方は……
「この三方六のバームクーヘン、とっても美味しいんですよ。それでこれを作っている工場に行くと、両端を切り落とした部分だけ売られているんです。これがホワイトチョコがたっぷりかかっていて、とっても美味しくて~、逆にコッチを目当てに買う人だっているくらいなんです!」
と、まるで十勝地方のセールスマンのように明るく喋り倒す。
もっとも俺の母もおしゃべりだから、恵夢のその様子は気に入ったようだ。
「それは美味しそうね。ぜひ一度食べてみたいわ。私が北海道に行った時は案内して貰えるかしら?」
「ぜひぜひ! お母様とご一緒に三方六の切れ端を食べるの、楽しみです!」
な、なんかやけに調子がいいな、恵夢。
確かにこれから長期間、この家に宿泊する事になるのだから、母親のご機嫌を取っておいた方がいいのは確かだが……。
事実、雪美もちょっと引き気味になってるし。
だが母親は確かに上機嫌になった。
「嬉しい事を言ってくれるわね。じゃあお茶の用意をするから、みんなでそのバームクーヘンを頂きましょうか?」
「あ、私もお手伝いします!」
キッチンに向かおうとする母親を見て、恵夢はすぐに立ち上がった。
夕食は持って来たエゾシカの肉でジンギスカンだ。
父親の帰りは遅いので、五人で夕食となる。
食事中も母親と恵夢が会話し、雪美がそれに時々加わり、麗明が緊張して沈黙している状態は変わらなかった。
母親が
「範斗もこんな美人なお嬢さん達と一緒に暮らしているなんて幸せね~。一生分の運を使い果たしちゃうんじゃないかしら」
なんて、変な事を言い出す。
それに恵夢も調子良く
「お母様こそ、若くてお綺麗じゃないですか。とてもじゃないけど大学生の息子がいるなんて見えませんよ。何か秘訣でもあるんですか?」
なんておだてまくる。
なんか微妙に雰囲気になっていて、俺は居心地が悪い。
そんな感じで食事が終わった時だ。
麗明のスマホが振動した。
それまで赤い顔をして緊張気味だった彼女の表情が、さっと変わった。
「どうした?」
俺が尋ねると麗明はいつもの口調で答える。
「猟子から連絡があった。明日、合同狩猟会の打合せをしたいそうだ」
「場所はどこで? 東京校か?」
「いや、猟子がコッチに来るらしい。どこか適当なファミレスで話をすればいいだろう」
「それならこの近くだと国道沿いにガストがある。そこを伝えてくれ」
「わかった」
この家に来てからずっと麗明の調子がおかしかったが、これでいつもの彼女に戻ったみたいだ。
少し安心した。
翌日、昼過ぎに俺たちは約束のファミレスに向かった。
先に到着したのは俺たちだ。
もっとも向こうは東京から車で来るらしいので、少しくらいの遅れは仕方がない。
俺たちが先にドリンクバイキングを注文していると、駐車場に輝くように真っ白なポルシェ・ケイマンが入って来た。
何となくソッチを見ていた俺は、中から出て来た女性に目を見張る。
車と同じく純白のパンツスーツに身を包んだその女は、豊和田猟子だ。
店に入って来ると彼女はすぐに俺たちを見つけ、案内の店員を押しのけるようにしてやって来た。
「千葉の道って、せせこましい割りには交通量が多いのよね。やんなっちゃう」
そう言ってストンと椅子に座る。
そんな彼女を睨むような視線で麗明が言った。
「今日はおまえ一人で来たのか?」
「そうよ。別に部員が全員で来る必要はないでしょ。ウチは狩り喰い部とは違って大所帯なの」
麗明だけでなく、恵夢も雪美もキッとなって猟子を睨んだのが分かる。
「それで交流合同狩猟会なんだけど……」
そう言って猟子はバッグから一枚の紙を取り出す。
「場所はここよ」
彼女が指さした場所はF市だ。
F市は大半が山岳地帯になっている。
「ここに私の家の山林があるの。そこを猟場にするわ」
麗明と恵夢がスマホを取り出した。マップを開く。
「房総丘陵っていうのか。千葉県の最高地点は愛宕山で408メートル。なるほど、山ってほどの高さじゃないって事だな。それで房総丘陵って呼ばれてるのか」
一人で納得したように呟く麗明に、恵夢が続く。
「全国で最高地点が最も低いのが千葉県なんだって。気候も温暖でクマもいない。あまり危険は無さそうね」
それを聞いた猟子が「フフン」という目で見た。
「あんまりナメてると痛い目を見るわよ。千葉の山には、千葉の山ならではの危険があるからね」
それに対して何かを言い返そうとした恵夢だが、それを止めるように麗明が先に言葉を発した。
「ルールはどうするんだ?」
「前回と一緒で、勝負は獲った獲物の数で決まる」
「大きさや角の立派さは関係ないって事だな」
「そう。それから猟場をAからDまでの四つに区分けする。そこで両方の部から二人ずつの2チームとなって、その日の担当する猟場で猟をする。猟場は日替わりにするから不公平はそれほどないはず」
「そうは言っても、ソッチはこの猟場に慣れているんだろう? アタシたちはこの場所を知らない。シカの通り道や餌場、昼休みの場所を知っているソッチが圧倒的に有利だろう? それを教えてくれ。去年、北海道で勝負した時はアタシは全て教えた」
「言われなくても、ちゃんと教えてあげるわよ。それもちゃんと現地でね。いまこの場で教えるとしたら、こんな所かな」
猟子は三色ボールペンで地図に赤マルを付けた。
「この辺がだいたいシカが居る場所。もちろん『絶対にいる』って保証はできないし、時間帯によって違うしね。当然、天候によって居る時もあれば居ない時もある」
麗明が頷いた。
「使用する弾は一発弾だけだよな?」
「当然でしょ。バックショットなんかの散弾は無し。サボット弾かスラッグ弾のみ。本当の猟師は獲物を一発で仕留めなきゃ」
バックショットとはシカやイノシシを仕留めるための大粒の散弾だ。
拳銃弾くらいの大きさの鉛玉が3~7個ほど入っている。
走る獲物を狙うにはいいが肉を取るには不向きだ。
また半矢にしやすい点も敬遠される。
今度も麗明は頷く。
どうやらこの点では二人の意見は合致しているらしい。
「猟場の見学はいつ出来る?」
「明後日か明々後日でどう? 交流合同狩猟会は来週の水~土曜の四日間で」
「じゃあ明々後日で頼む。明日はスコープの確認と射撃練習をしたい。飛行機で持って来たからスコープが狂っているかもしれないからな」
「了解よ。しっかり調整して頂戴。後で言い訳なんかできないようにね」
そう言って猟子は立ち上がると、最後に俺を見て微笑んだ。
「範斗くん。故郷である千葉の狩猟は初めてなんでしょ。けっこう楽しいわよ、本州の猟も」
そう言って右手をひらひらと振って立ち去って行った。
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