第26話 狩り喰い部の存続を賭けて!

「豊和田猟子! あの女、ここに来たの?!」


大学祭二日目の夜。

寮のリビングには宇梨花さん以外のメンバーが集まっていた。

そこで麗明の話を聞いた恵夢は悲鳴に近い声を上げたのだ。


「それだけじゃない。交流合同狩猟会で負けたら範斗を東京校に引き抜くつもりなんだ」


麗明が眉間に皺を寄せながらそう言った。


「そんな!」


恵夢がさらに悲痛な声を上げる。

俺は慌てて割って入った。


「ちょっと待て。俺自身は東京に移るなんて一言も言ってないぞ。俺はここが気に入っている。転入する気なんてない!」


だが俺のそんな言葉にも関わらず、麗明も恵夢も難しい表情のままだ。


「だから麗明も恵夢も、あんな女の言う事を気にするなよ!」


麗明が俺を見た。


「そんな理屈が通じる女ならな」


「どういうことだ?」


俺のその問いに今度は恵夢が答えた。


「豊和田って名前に聞き覚えはない?」


「知らない」


「豊和田猟子は農経学園理事長の豊和田善幸の孫で、理事の一人である豊和田正幸の一人娘なのよ」


つまり農経大学全体の実力者って事か?

麗明がさらに付け加える。


「それだけじゃない。豊和田グループは企業としても大きくて、農経大学にも莫大な寄付をしているからな。学校側としても豊和田猟子には逆らえないんだ」


「でもだからと言って、本人の意思に反して学校を変更するなんて出来ないだろ」


麗明がタメ息をつく。


「だから猟子はどんな手を使っても、範斗に『うん』と言わせるだろうな」


恵夢もタメ息混じりに言う。


「例えばこの狩り喰い部を潰すって脅してね」


「この狩り喰い部を潰す!」


思わず俺が大声を上げると恵夢が頷いた。


「この狩り喰い部は去年、もうちょっと廃部になる所だったんだよ」


「それはどうして?」


「この大学で一番大きなハンティング・サークル『HAH』と合併させて、新たに北海道ハンティング部として立ち上げてね。部長は豊和田猟子が東京ハンティング部と兼任って形で」


「どうしてそんな事を?」


「この寮が欲しかったんだよ」


そう答えたのは麗明だ。


「ここを東京ハンティング部の北海道遠征用の寮にしたかったんだ。ちょうどその前年の大雪でこの建物もかなりの雨漏りが発生してさ。修理するのに金が必要だけど、それは狩り喰い部の予算だけじゃ賄えなかった」


「それで修理費を出す代わりに狩り喰い部は新たにハンティング部になれと?」


「そうだよ。新しい部室も部室棟の中に用意するって話でさ」


その先を恵夢が語った。


「でも私たちはこの寮を離れたくなかった。私は半年ちょっとしかここに居ないけど、でもこの寮に愛着があったし、麗明ちゃんや宇梨花さんと暮らしているのも楽しかったしね」


恵夢のその気持ちはよくわかる。

俺もこの狩り喰い部の寮に住み始めてわずか七か月ほどだが、それでもここをかけがえのない場所だと感じている。

きっと麗明も同じだろう。


「それで麗明ちゃんが豊和田猟子とハンティングの勝負をする事になったの。三日間でどちらがより多くのシカを仕留められるかって」


「まったく、命を無駄にする不毛な争いだったよ。アレは」


麗明が吐き捨てるように呟く。


「でもその結果、麗明が勝ったんだろ」


恵夢が頷く。


「そう。結果は麗明ちゃんが六頭、豊和田猟子が二頭で、麗明ちゃんの圧勝だった」


「三日で六頭! それは凄すぎないか?」


驚いている俺に麗明は淡々と言った。


「別に、シカのいそうな場所が分かっていれば、そんなに難しい事じゃない」


「だけどその大差が豊和田猟子のプライドを傷つけちゃったみたいなの。その後も色々と難癖を付けて来て……今年度になってからは収まっていたから安心していたんだけど」


恵夢の話にそれまで黙っていた雪美が叫んだ。


「なんですか、ソレ! 完全に八つ当たりじゃないですか! そんなの、相手にする必要ないですよ!」


しかし麗明は小さく頭を振る。


「そういう訳にもいかないんだ。この寮の修繕費を借りている事も確かだからな」


「できるだけ出費を押さえようと、電気は太陽光発電、暖房は薪も使っているけど、自動車の維持費やガソリン代、それに保険。暖房には灯油も使うし、そういう諸々を入れると借金の返済までは中々回らないものね」


恵夢も同じように肩を落とす。

その時、玄関ドアが開いて宇梨花さんがリビングに入って来た。

麗明が若干の期待を込めて尋ねる。


「宇梨花さん、委員会はどうでした?」


委員会とはクラブ・サークル委員会の事だ。

ここで各クラブやサークルの活動、そして活動費などについて決定すると同時に、クラブ間の揉め事なんかも調整してくれる。


「ダメだった。役員たちも猟子さんに忖度しているのか『東京校との問題は関与できない』って。その上『交流合同狩猟会は以前から行われているイベントなんだから、やったらいいじゃないか』って言って」


なんだ、それは?

この北海道校のクラブがトラブルに合っているというのに、それを見て見ぬふりか?

それを聞いた麗明が静かに顔を上げた。

その瞳の奥に怒りの炎が渦巻いている。


「こうなったら……やるしかない!」


「麗明ちゃん、勝つ自信はあるの? 負けたら範斗くんが転入しなければならないかもしれないんだよ!」


恵夢の言葉に麗明が強く言い切った。


「だからこそだ。ここで交流合同狩猟会を断っても猟子の事だ。また必ず何かを仕掛けて来るだろう。だがここで勝てば、少なくとも修理費の件はチャラになる。アイツはあれで言った事は守る女だからな」


「麗明ちゃんがそう言うなら……後は宇梨花さん次第」


そう言って恵夢は宇梨花さんを見た。


「私も勝負を受けるしかないと思う。麗明の言う通り、勝てば借金が消えるチャンスだものね。でも一つ問題があるの」


「問題? なんです?」と麗明。


「私は交流合同狩猟会に出られないの。ここで飼育している家畜の管理があるし、東京校のハンティング部から『四年生以上互いに審判員とし、狩猟には参加しない事』って条件を付けられているから」


「ええっ、宇梨花さんが参加できないんですか!」


恵夢が再び悲鳴に近い声を上げる。


「そう、だから四人で頑張って貰うしかないの」


雪美が沈痛な表情で呟く。


「でも勝負は銃猟なんですよね? 私、頑張るって言われても罠猟免許しか持ってないし……」


確かに、雪美は今回は戦力外としか言えないだろう。

そしてそれは俺にも言える事だ。

つまり実質、勝負になるのは麗明と恵夢だけになる。


「大丈夫だ。四人でやろう」


麗明が決心したように立ち上がる。


「もうどうする事もできないんだ。勝って、今度こそあの豊和田猟子に口出しできないようにしてやる!」


そうだ、ここは逃げる事ができないんだ。

俺も改めてそう思う。

自信がないとか経験が浅いとか言っている場合じゃない。

何よりも俺自身の問題が発端なんだし。

みんなも同じ気持ちだったのだろう。

恵夢も、そして雪美も、みんな強く首を縦に振った。



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ここまで読んで頂いてありがとうございました。

これで第一部は完了です。

星評価・おすすめレビューなどを頂けたら大変嬉しいです。

励みになります。


なお第二部は本州での狩猟になります。

よろしくお願いします。

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