第2話 狩り喰い部とは?
「カリクイ部?」
思わず俺はオウム返しに聞き返した。
そんな部、今まで聞いた事もない。
「それって何をする部なんだ?」
そう聞いた俺に麗明が言った。
「ま、説明は食べながらでもいいだろう。腹が減ってるんだろ? まずは腹ごなしだ」
彼女は俺の背を押すように叩き、バーベキュー台の方におしやった。
近づいてみると、バーベキュー以外にもジンギスカンがある。
タレがタップリとついた肉が、美味しそうに焼けている。
それを見た瞬間、「早く食べろ」と言わんばかりにお腹が「ぐぅ~」と派手に鳴った。
「だいぶお腹が空いているんだね。さ、どうぞ」
春野恵夢が笑いながら紙皿とワリバシを差し出す。
俺はそれを飛びつくように受け取ると、さっそく焼けている肉を摘まみ上げた。
アツアツの肉を口に放り込む。
「うぉっ」
あまりの熱さに口から吐き出しそうになるが、胃の方が「早く食べ物を送れ!」と強く要求している。
ある程度、口の中で息を吐いて冷まし、咀嚼もそこそこに飲み込んだ。
それと同時に次の肉に箸を伸ばす。
まるで一週間は食べていないかのようにガッツク俺を見て、麗明が笑った。
「そんなに焦らくても、肉はまだ一杯あるよ。範斗が食べきれないくらいな」
横からツインテールの美少女が「ごはんもありますよ」と差し出してくれてので、それを受け取る。
ある程度の肉とメシを胃に詰め込むと、やっと人心地がついた。
そうなって初めて肉の味を感じる。
肉は割とサッパリしているが、その中にも噛み締めると肉本来の旨味が溢れ出て来る。
柔らかいってほどではないが、適度な歯ごたえでサックリとかみ切れる食べやすい肉だ。
だが牛や豚ではない。
ジンギスカンによく使われるマトンでもラムでもないようだ。
「これは何の肉なんだ?」
俺がそう聞くと、横にいた麗明が笑いながら答えた。
「さんざん食べておいて、今になって聞くのか? これはエゾシカだよ」
「エゾシカ? これが?」
俺は改めて兜を伏せたようなジンギスカン鍋の上で焼かれている肉を見つめた。
脂肪がほぼ無い赤身肉は、確かにマトンやラム、その他の肉とも違っていた。
また豚は焼くと白っぽくなるが、このエゾシカの肉は焼くと黒っぽくなる。
そういう意味では牛肉に似ているが、牛のソレよりも脂身が圧倒的に少ない。
大学の学食では地産地消を目指している事もあって、エゾシカのカレーやしぐれ煮などが提供されているが、こうして焼き肉の形で食べる事は今までなかった。
「エゾシカとかジビエって、もっと臭みがあるのかと思っていたよ」
「そう思っているヤツって多いんだよなぁ」
麗明が少し残念そうな口調で言う。
「ジビエに臭みがあるのは、処理の仕方が悪いんだよ。獲物を獲った時にしっかり血抜きとかの処理をしていないんだ。そのままビニール袋なんかに入れて置いたら臭いが出て当然だよ」
「この肉は違うって言うのか?」
「もちろん! このシカはアタシが獲ってすぐに血抜きと内臓の処理をしているから」
「え、このシカはアンタが獲ったのか? 誰かに貰ったんじゃなくって?」
それに恵夢が笑いながら答える。
「それはそうだよ。だってココは狩り喰い部なんだから」
「さっきも聞いたけど、その狩り喰い部ってのは何だ? どんな事をやっているんだ?」
それに答えたのは麗明だ。
「その名の通り、狩って食う、それがこの狩り喰い部の活動内容さ。今の時期はあんまり活動は少ないけど、それでも有害駆除の協力なんかは時々している」
「それってハンティング・サークルとは違うのか?」
この大学は北海道の山の中にあるためか、割と有名なハンティグ・サークルがある。
規模も大きいし、最近は狩猟に興味がある女性も増えたため、それなりの大所帯だ。
だがハンティング・サークルの名前を出した途端、麗明が不機嫌そうな表情になった。
「あんなナンパでいい加減な所と一緒にしてくれるなよ。アタシらはもっと真面目に活動してるんだ」
それに少し慌てたように恵夢が付け加えた。
「ウチは大学から正式に認可を受けた部だから。元々は狩猟部って名前だったんだけど、先々代の部長が『狩猟だけだとただ獲物を獲る活動に思える。獲った獲物は出来るだけ有効に活用しよう』って事で、狩って食べる部で『狩り喰い部』に改名したんだよ」
「ところでどうだ、美味いか?」
麗明が急に大きな声でそう聞いて来た。
「うん、美味い。それとこのエゾシカのジンギスカンも上手いけど、こっちの串焼きとつくねもすごく上手い」
するとツインテールの美少女が嬉しそうに言った。
「これはケバブなんです。ワタシが作ったんですよ」
「雪美ちゃんは今年の新入生だけど、もう罠猟の免許は持っていて何度か自分でエゾシカも捕まえているんだよ」
そう言って楽しそう恵夢がツインテールの美少女・雪美の両肩を掴んだ。
「ウチの実家は農業もやっているから、エゾシカの害も馬鹿にならなくって。18歳でも罠の免許なら取れるから」
「猟銃所持まではまだ一年以上待たないとならないけど、ウチの貴重で有望な新人だよな」
麗明が嬉しそうにそう言った。
美少女三人が本当に楽しそうに話して、食べている光景を見ていると、俺はふと寂しさを感じた。
(俺にはこんな風に同じ時間を共有するような仲間っていなかったよな)
あまり他人の事を気にしない俺だが、そんな事を考えてしまう。
「どうした、箸が止まっているけど、もう満足か?」
俺の様子に気づいた麗明がそう言った。
「いや、まだ頂くよ。それにしてもエゾシカがこんなに美味いとは思わなかった。エゾシカの肉って学食のカレーとしぐれ煮しか知らなかったからな」
麗明が満足そうに頷く。
「そうだろ、そうだろ。あと獲りたての背ロースのたたきなんてもっと美味いぞ。生姜醤油で食うと最高なんだ」
「へぇ~、それはぜひ食べてみたいな」
「今は無理だ。次の猟期にならないと……」
麗明はそう言った後、少し間をおいてから再び口を開いた。
「範斗、オマエ、狩り喰い部に入れよ」
「えっ?」
あまりに唐突な申し出に、俺は面食らった。
「だってオマエ、剣道部を辞めたから住む所もないんだろ? 今日だって食費を節約しなくちゃならない状況だったじゃないか」
「まぁそうだけど」
「狩り喰い部に入れば住む所は問題ないし、食べる事だって当分は困らないよ。どうだ?」
「う~ん」
俺は少し躊躇した。
俺は今まで狩猟に興味を持った事はないし、そこでいきなり入部しろと言われても戸惑ったというのが本音だ。
「今の範斗にとって悪い条件じゃないと思うけど?」
確かに、今の俺は住む所はない。
そして悲惨な事に金もない。
敷金や礼金を用意できない以上、大学外のアパートを借りる事も困難だ。
選択肢としては再びどこかのクラブに所属するしかないのだ。
だとすると、今ここでこうして勧誘してくれる部があるのは有難い事だ。
それに俺は、この狩り喰い部に興味を持ち始めていた。
「でもいいのか? 俺は狩猟の事なんて何も知らないぞ。それに野生動物にも詳しくない。俺よりも適任者はもっといそうだが?」
「大丈夫、大丈夫。その分は労働で返してくれればいいから」
麗明にそう言われて、俺は気が楽になった。
「ありがとう。入部させてくれるなら有難い。でもソッチは大丈夫なのか、そんな勝手に決めちゃって」
俺がそう言うと恵夢が代わりに答えた。
「問題ないよ。麗明ちゃんは副部長だし、それに部長が反対するって事もないと思う」
「部長は別にいるんだ? 狩り喰い部って全部で何人いるんだ?」
「ここにいる三人と部長、それとOBだけど席だけ置いている院生が一人。全部で5人かな」
「けっこう少ないんだな」
するとまた麗明が不機嫌そうになった。
「少数精鋭なんだよ。狩猟は人数が多ければイイってもんじゃない。みんなの気が合っている事、チームワークが重要なんだ」
その言葉を聞いて俺は不思議に思った。
(気が合っている事? だったらなぜ俺を誘ったんだ? 俺は彼女たちとほとんど交流はないのに)
この中にも俺と同じ疑問を持った人間がいた。
ツインテールの一年生、雪美だ。
「それにしても珍しいですね。麗明先輩が誰かを連れて来ること自体が珍しいのに、しかもそれが男子だなんて……」
すると慌てたように恵夢がそれに答える。
「範斗くんは私が同じクラスで、以前にこの部に誘おうかなって話した事があったの。だからそれでだよ」
「ふ~ん」
雪美はそれで一応納得したようだが、俺にはまだ疑問だ。
「春野さんはどうして俺を狩り喰い部に誘おうと思ったんだ?」
「えっ……と」
恵夢は不意を突かれたような顔をする。
「そ、それはだね……ホラ、範斗くんって『ハント』って名前でしょ。ハンティングと響きが似てるじゃない。ハントは英語で狩りの事だから。私、帰国子女だから最初にそれを想像しちゃってさ。それでこの部にどうかなって思って……」
そういう事か。
もっとも彼女みたいな美少女が俺に興味を持つ理由なんて無いしな。
「ところで狩り喰い部の寮ってどこなんだ?」
「ここだよ」
麗明が目の前の一軒家を指さした。
「男子寮は?」
「ないよ。アタシたちはみんなここで共同生活をしてるんだ」
「ええっ!」
思わず俺の喉から変な声が出る。
それって、これから俺は女子三人の中に男一人が混じって暮らすって事じゃないの?
こちら北海道農経大学、狩り喰い部 震電みひろ @shinden_novel
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