第5話 魔王はくっつけたい

 買い物袋が手に食い込み、思わず顔をしかめながら玄関にたどり着いた。

 ドアを開けると、リビングから隼人の姿が見えた。両親は、仕事の関係で遅くなると連絡があったので家にはいなかった。

 隼人はテレビを見ていたが、私が入ってくると同時にこちらに顔を向けた。そして、私の持っている大量の袋を見た瞬間、表情が一気に凍りついた。

「……なんだ、その荷物」

 隼人は眉をひそめ、私の持ち帰ったものをじっと見つめる。私はため息をつきながら、袋の中身を見せる。

「コンビニで1番くじというものを引いた結果だ」

 その言葉に、隼人の目がさらに大きく開かれる。袋から次々と出てくるアニメグッズの数々。フィギュア、ポスター、マグカップ、キーホルダー……その光景に彼は完全にドン引きしていた。

「……お前、何円使った?」

 隼人は呆れたように頭を抱える。普段の私なら、こんな大量のグッズを持ち帰ることなど考えられない。そんな私が、何かの冗談でもやっているのかと疑っているようだ。

「どうやら運が良すぎたらしい。まぁ、これは一親に勧められたものだからな」

 私がそう答えると、隼人は半ば呆れた表情でため息をつく。

「勧められたからって、限度があるだろ……」

 彼はそう言い放ち、手を振ってリビングのソファに沈み込んだ。

「おじゃましまーす」

 一親が私の家に入ってきた。手には、お土産らしい袋を持っている。まさか本当に自宅まで訪ねてくるとは思わず、私は少し面食らったが、彼女の明るい笑顔に文句を言う気も失せる。

「一親、なんで家まで……」

「え、何言ってんの? せっかくグッズを分けてもらうんだから、お礼に来たの! それに……」

 彼女はちらりとリビングの方を見やった。その視線の先には、ソファに座っている隼人の姿があった。彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を元に戻し、一親の方を見た。

「あ、こんにちは」

 一親は少し緊張しながらも、はつらつとした声で挨拶した。彼女の姿を見て、私はふと気づいた。彼女が普段よりも少しだけお洒落をしていることに。髪も整えて、制服も整えている。

 隼人は一親の挨拶に一瞬戸惑ったようだが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

「いらっしゃい、ゆっくりしていってくれ」

 その笑顔に、一親は少しだけ頬を赤く染めた。彼女が言葉を返そうとしたが、わずかに声が震えているのがわかった。どうやら、彼に対して何か特別な感情を抱いているらしい。

「えっと……これ、よかったらどうぞ」

 一親は持っていた袋を差し出し、ぎこちなく笑う。中には、どうやらお菓子や飲み物が入っているようだ。隼人は少し驚いたように目を細め、礼儀正しく受け取った。

「気を使わせちゃって悪いな」

 彼がそう言うと、一親は慌てて首を振る。

 その様子を横で見ていると、隼人に対する彼女の好意がまざまざと感じられた。

 なるほど……一親は隼人のことが好きなのか。

 一親の様子を観察しているうちに、私はようやくその気持ちに気づいた。隼人が話題をあげるたびに一親の表情がわずかに変わる。その視線には、隠し切れない憧れがある。どうやら、一親の心は私の兄に向いているらしい。

 この男に魅力を感じるとは……元の隼人が何か色仕掛けでもしたというのか。

 私は少し呆れたように息をつく。いずれにせよ、私にとって彼女の感情は重要なものではない。だが、この状況を利用して少し面白いことをしてやろうと、ふと思い立った。

「一親、グッズを分け合うなら私の部屋に来い」

 唐突にそう言うと、一親は驚いたように目を瞬かせた。何か意図があるとは気づかずに、彼女はすぐに笑顔で頷いた。

「え、いいの?じゃあ、お邪魔しちゃおうかな」

 ふふ、うまく乗ってきたな。

 私は心の中でにやりと笑う。彼女を部屋に誘い込んで、そこで密かに隼人を呼び寄せ、二人を閉じ込める。そうすれば、一親の思いを後押しできるだろう。あの男をくっつけるなど私の目的ではないが、彼女が一人で悩んでいる姿を見ているのも退屈だ。少し背中を押してやろう。

 そして何より、この一連の出来事が少し面白そうだという興味もあった。私は作戦を頭の中で練りながら、一親を自室へと案内した。

「ちょっと隼人に飲み物を持ってくるよう頼む。そこで座って待っていろ」

 部屋に一親を招き入れると、私は彼女に軽く指示を出した。少し緊張した様子で、戸惑いながらも素直に頷き、ベッドの端に腰を下ろした。

「う、うん……」

 一親の手には、先ほど手渡したアニメグッズがぎゅっと握られている。落ち着かなさそうに周囲を見渡しながら、姿勢を正す。緊張しているのが手に取るようにわかる。

 私は心の中で計画の第一段階が順調に進んだことを確認し、部屋を出た。そして、階下にいる隼人に声をかけるべく、廊下を歩いていく。これでうまくいけば、彼女と隼人を密閉空間に閉じ込め、自然と話をさせることができる。

 階段を下りながら、私は次の一手をどう打つか頭の中で練った。隼人に飲み物を持たせ、部屋に入ったところでドアを閉める。


 飲み物を手にした隼人が部屋へと入るのを確認し、私はすかさずドアに細工を施した。漫画の知識で得た「何かをしないと出られない部屋」を思い出し、それを再現するために魔力を注ぎ込む。

「ファントム・リフレクション!」

 私の小声に反応するように、ドアが淡い光を放ち始めた。これで、この部屋は私の設定した条件を満たすまで開かなくなるだろう。

「そうだな…キスをするまでだな」

 私は冷静に条件を設定し、ドアが光に包まれて完全に封じられたのを確認する。そして、イレイサーマジックを発動し、視界を透過して部屋の中の様子を見始めた。

 中では、一親が少しそわそわとしながら隼人に目を向けている。隼人はそんな一親の様子に気づいたのか、飲み物をテーブルに置いて、少し不思議そうに彼女を見つめていた。

「さて……どう動くか、見せてもらおうか。」

 私は透過した視界を通して二人のやりとりを見つめる。

 部屋の中には、微妙な緊張感と高揚が漂っていた。魔法の効果によって互いを異性として意識し始めた二人の間には、先ほどまでとは違う空気が流れ始めている。私はイレイサーマジックを通じてその様子を見ながら、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「スウィートチャーム!」

 色仕掛けの魔法をかけ、少し雰囲気を良くして観戦開始だ。


 一親は照れたように視線を落としながら、隼人に向かってゆっくりと口を開く。

「中学の時……あたしがいじめられてたときに、助けてくれたよね。改めて、お礼を言いたくて……」

 一親の声は震えがちだが、その瞳には真剣な光が宿っている。魔法の影響もあってか、心の奥に秘めていた想いが自然と溢れ出してくるようだった。隼人はその言葉に驚いたように目を瞬かせたが、次第にその表情が和らいでいく。

「ああ……そんなこともあったな。」

 隼人は一親の言葉を受け止め、ゆっくりと頷く。部屋の中に漂う気まずさは消え、どこか心地よい空気に変わっていった。

「ふん、いい雰囲気じゃないか」

 私はその光景を見ながら、心の中で満足げに頷く。魔法の効果が確実に効いている。今まで見せたことのない一親の素直な一面が、隼人の心に届き始めているのが分かる。

「ありがとう、隼人。あのとき、本当に……嬉しかったんだ。」

 一親の声はかすかに震えているが、まっすぐな気持ちが隼人に伝わっている。

「……大したことじゃないさ。でも、そう言ってもらえると、なんか嬉しいよ」

 その一言が、二人の間にさらに温かな空気を生み出す。

「よし、そのまま行け!」

 部屋の中には、淡いピンク色の魔法の効果で、温かく心地よい空気が流れていた。一親の素直な言葉に、隼人の顔にも微かに赤みが差し込んでいる。私は外からその様子を見つめ、うまくいっているのを確認しながら満足げに頷いた。

 しかし、そのときだった。隼人の表情が一瞬曇り、何かに気づいたように眉を寄せた。

「……って、まずいまずい!」

 隼人が急に立ち上がり、頭を軽く振った。彼の目には、鋭い光が戻っている。どうやら魔法の影響を感じ取り、無理やり正気を取り戻したらしい。

「開かねえし…あいつの仕業か。このおかしな雰囲気も」

 そう呟くと、拳を固めた。そして、一親が驚く間もなく、全力でドアを叩き始める。

「……ドアを壊すつもり!?」

 一親が慌てて叫ぶが、隼人は構わず拳を振り下ろし、次々とドアに打撃を加える。その音が部屋に響き、ドアの封印がわずかに揺らぎ始めた。

 ふん、正気に戻ったか。

 私は少し面白くなさそうに目を細めた。どうやら隼人は、魔法の影響を自力で感じ取り、振り払ったようだ。並大抵の者ではあり得ない反応だが、やはり元勇者と呼ばれるだけのことはある。

「くそ……なんて頑丈な……!」

 隼人は額に汗をにじませながら、必死にドアを破壊しようとしている。だが、私の魔法の封印も簡単には解けない。

 隼人がドアを壊そうと必死に応戦する姿をイレイサーマジックを通して見ていた私は、心の中で苛立ちを感じていた。部屋の中の二人の間に生まれたいい雰囲気は、隼人の強い意志で再び気まずさに変わろうとしている。

 焦ったいなぁ……。はよキスをしろ。

 私は心の中で舌打ちしそうになる。これだけ魔法をかけてやったというのに、いまだに互いの距離を縮められないとは、まったくもってもどかしい。

「仕方ない……強制的にでも雰囲気を作ってやるか。」

 私は小声で呟き、手のひらに新たな魔力を集めた。部屋の中の状況を強引にでも進展させるために、再度魔法を強化することにした。

「ディープ・スウィート・チャーム!」

 一段階上の魔法をかけ、部屋の中にさらに強力な魅惑の力を送り込む。淡いピンク色の光が再び部屋全体を覆い、一瞬、空気が甘くとろけるような感覚に変わる。今度は、二人の理性をさらに揺さぶり、自然と互いを引き寄せる力だ。

 中では、ドアを叩いていた隼人の動きがふっと止まり、再び一親に視線を向けた。彼の目には、今までとは違う強い引力が生まれている。そして、一親もまた、強くなる心臓の鼓動に耐えきれずに隼人を見つめ返していた。

「隼人……」

 一親が震える声で隼人の名前を呼ぶ。その瞬間、二人の間に生じる無言の緊張が、急速に熱を帯びていく。

「よし……これでどうだ。今度こそ、進むだろう?」

 私は胸の中で手応えを感じながら、二人の視線がゆっくりと近づいていくのをじっと見つめた。

 ディープ・スウィート・チャームの効果はすさまじかった。部屋の中に漂う甘く濃厚な空気が、隼人と一親の理性をゆっくりと溶かしていく。私のイレイサーマジックを通した視界には、二人の姿がはっきりと映し出されていた。

 隼人は、一親の背中にそっと手を回し、服の下に手を滑り込ませる。彼の手が肌に触れた瞬間、一親の体がびくっと震え、彼女の頬がさらに紅潮する。お互いの呼吸が重なり、鼓動が高まる音がこちらにも聞こえてくるようだった。

「ほう.....いい雰囲気になってきたな」

 私は口元に不敵な笑みを浮かべながら、ニ

人の動きを見守った。隼人の顔がイ々に一親に近づいていく。二人の視線はお互いに釘付けになり、周囲のことなど一切気にしていない様子だ。

「隼人......」

一親の小さな声がかすれ、今にも消えてしまいそうなほど震えている。

 隼人の手が一親の頬に触れ、そっと引き寄せる。二人の唇の距離が一瞬で縮まり、部屋の空気がさらに濃密なものになっていく。もうすぐ、二人の唇が重なろうとしていた。

 私は息を潜めて、その瞬間を見届けようとした。

 画面に映し出される二人の姿。ついに隼人と一親の唇が重なり、淡い光の中で甘い雰囲気が広がる。私はイレイサーマジックを通してその瞬間を目にし、思わず拳を握りしめて喜んだ。

「よし!恋愛漫画のようなシーンが見れるとは……!」

 思わず声に出してしまうほどの達成感。魔法をかけた甲斐があったというものだ。

「あれ…ドアが開かない。何でだ?」

 条件を満たしたはずなのに、ドアは一向に開かない。だが、次の瞬間、背後からの冷たい声が聞こえていた。

「ダミー映像で楽しんでいて何よりだ。随分と楽しそうだな?」

 その声に全身が凍りつくような感覚に襲われた。振り向くと、そこには怒りで顔を引きつらせた隼人が立っていた。彼の目には確かな怒りの色が宿り、今にも爆発しそうな雰囲気だ。

「い、一親はどうした!?」

 私は混乱しながら、思わず隼人に問いかけた。今映し出されているこの映像が、まさかダミーだというのか……?

「帰ってもらった。お前のグッズを半分分け与えてな」

 隼人の冷たい言葉が現実を突きつける。私は目を見開き、額に冷や汗が滲むのを感じた。だまされたのは私の方だったというのか……。

「バカな……」

 一瞬にして状況を理解する。これはまずい。非常にまずい。捕まったら何をされるか分かったものではない。私は一瞬で状況を把握し、咄嗟に次の行動に移った。

「逃げるしかない!」

 全力で飛び出した。階段を駆け下り、全速力で玄関へと向かう。後ろで隼人の足音が迫ってくるのが聞こえる。彼は本気で追いかけてきているのだ。

 これは捕まったら死が確定する……!

 私は振り返ることなく、靴も気にせず玄関のドアに手を伸ばした。ドアを開け放ち、外へ飛び出すために足に力を込める。

 振り返る余裕もない。今はただ、隼人の怒りから逃げることだけが頭にあった。

「よし……ここまでくれば!」

 私は急いで玄関のドアに手を伸ばし、力強くノブを回した。だが。

 ガチャッ!

「開かない!?」

 驚愕と焦りが胸を駆け巡る。慌ててやるがやはり開かない。まるで、玄関そのものに封印でもされたかのように固く閉ざされていた。

「いつの間にやった!?」

「今やった」

 私は叫びながらドアに拳を叩きつける。まさか……私が階段を駆け下りる間に、隼人がドアに何か細工を施したのか? そう思い、背後を振り返ると、そこには余裕の笑みを浮かべた隼人の姿があった。

「俺が、罠に気づいていないとでも思ったか?」

 隼人の冷静な声が響く。彼の目には、私を逃がすつもりなど一切ないという決意が見えた。

「ドアを破壊しようとした際に細工したんだよ。ダミー映像の正体はそれ…説明は以上だ。満足したか?」

 隼人は冷静に言い放ちながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。彼の言葉に、私は一瞬で事態を飲み込む。

「俺に扱かれるまで出れない玄関とでも設定しておくか……」

 隼人は腕を鳴らし、楽しむように薄く笑っている。その声には明らかに怒りを含んだ冷たさが宿っていて、逃げ道をすべて封じる意志を感じさせる。私は思わず後ずさり、玄関を開けようとするが隼人の仕掛けによってびくともしない。

「は、ははは……」

 乾いた笑いが自然と口からこぼれた。普段の私ならこんなことに怯えることなどなかったはずなのに、今はなぜか彼の迫力に圧倒されている自分がいた。追い詰められている――その事実が、私の中で焦りとなって膨らんでいく。

「さて、覚悟はいいか?」

 隼人は拳を軽く握りしめ、その視線をまっすぐにこちらへと向けてくる。

「ご、ごめんなさい!」

 私が必死に謝罪しても、隼人はただ黙ってこちらを見つめていた。その視線に冷静な怒りを感じ、私は全身がすくんで動けなくなる。そんな私の様子を見て、彼はふっと息をつき、ゆっくりと肩の力を抜いたかと思うと、にやりと不気味な笑みを浮かべた。

「よし、なら覚悟してもらおうか。たっぷり、みっちりと、な。」

 それから数時間、私は隼人にみっちりと「しごかれる」ことになった。部屋の掃除から料理の手伝い、家事全般に至るまで彼の指導は厳しく、あらゆる手を抜こうとする私に手加減なく指摘が飛ぶ。

「ほら、ちゃんとやれ。逃げるなよ。」

「くっ……! 私は魔王だぞ!」

 何度もくじけそうになりながら、隼人の容赦ない指導に耐えるしかなかった。魔王としての威厳など、彼の前ではまったく通用しない。気づけば、私の背中には汗がにじみ、足は棒のように疲れ切っていた。

 最後には、倒れこむようにソファに座り込んだ私に隼人が一言。

「反省したなら、次から無茶なことはするなよ」

 その言葉に私は、ただ肩で息をしながら小さく頷くことしかできなかった。

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魔王、JKに転生する。〜世界征服計画は青春の中で〜 @MeloTea

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