4話 ほのぼのかき氷づくり

 今日は迎夏の日と言い、夏を迎える特別な日であり、雨が少ないアブドラハにおいて必ず雨が降る日だ。

 領主である辺境伯が雨を降らしているって話だ。

 この日は外を出歩かず、家で過ごすのが風習になっている。

 暑い夏に向けて準備したり、休んだり、人によって過ごし方は様々だ。

 

 どうやって領主が雨を降らしているかって? 平民の俺に分かるわけがない。


 おそらく魔法だと思っているが、俺の魔素量では天候を変えることなどできない。

 分からないことは考えても無駄だ。


 俺の過ごし方はというと家族と一緒に過ごし、今は夕食を食べた後で、これからこの前買ってきた命の実とレモレを使って料理する。

 エリーラ母さんに台所を使っていいか聞いたら、「危ないからやめなさい」と当り前の反応をされた。


 どうしてもとお願いをしたら、ジョゼフ父さんが「やらせてみたら」と後押ししてくれたので、エリーラ母さん監視のもと、台所に立っている。

 監視されながら料理をするのはやりにくいが、仕方ない。


「包丁の持ち方はこうするのよ。本当に大丈夫? 指を切らないようにゆっくりね」

「切るくらいなら大丈夫だって」


 まずは色々と分かっているレモレから。

 厚さ3mmくらいに切って、種を取り除いていく。

 皮こそ緑だが、中身はよく知るレモンと同じだ。

 切ってるうちに気になったので、切ったレモレを少しそのまま齧ってみる。


「すっっっぱ!!!」


 なんじゃこりゃ! これはレモンの比じゃないくらい酸っぱいぞ。

 子供の舌だからか?いや、それにしたって酸っぱすぎる。


「やっぱりこの酸っぱさが癖になるのよね」


 そういうエリーラ母さんも俺が切ったレモレをつまんでいる。

 前に食べたレモレの蜂蜜漬けは少し酸っぱいくらいだったが、普通のレモレはこんな酸っぱいなんて思わなかった。

 

「なっ、なんでこんなの食べて平気そうなの?」

「私の故郷がレモレの産地だから食べ慣れてるのよ」


 エリーラ母さんの故郷はこの国の属国である隣国にあったはずだ。

 アブドラハは他国との交易の重要な中継地点にもなっているため、レモレも隣国から運ばれてきているってわけだ。


「故郷に帰りたいとは思わないの?」

「懐かしくは思うけど、私の居場所はあなたたち家族のいる場所だから。さっ、早く作っちゃいましょう」

 

 居場所が家族か。

 俺もこの世界の居場所は家族のみんなだ。

 だからこそ、この居場所を守りたい。


 さて、レモレに関しては、二つの調理をしようと考えている。

 一つ目は、蜂蜜に漬けておくだけのもの。二つ目は、蜂蜜と一緒に煮たやつだ。

 蜂蜜も砂糖に比べたら安く買えるが、貴重品で気軽に買えるものではない。ちょうど迎夏の日も重なって、家族の分のデザートを作る条件で使って良いことになった。

 

 まずは蜂蜜漬けのほうから、切ったレモレを数個重ねて入れ、その上から蜂蜜をかける。それを繰り返していっぱいになるまで瓶に入れ、ふたをする。

 それを一晩置いておいたら完成だそうだ。

 

 次にはレモレの蜂蜜煮だ。味を確かめないと分からないが、こっちをかき氷のシロップにするつもりだ。

 蜂蜜漬けをその上にのせてもいいかもな。

 

 切ったレモレと蜂蜜を適当に鍋に入れ、焦げ付かないように気を付けながら煮詰めていく。エリーラ母さんにタイミングを教えてもらい、味を確かめてみた。


「甘っ!これ本当に同じレモレ?」


 あれだけ酸っぱかったレモレは、魔法がかかったようにその酸味を甘みに変え、蜂蜜に負けない存在感を発揮している。しかし、さすが柑橘系の甘さ。しつこすぎることもなく、香りも良い。

 こいつはあれだ、悪魔的だ。無限に食べられる。

 

 俺が久しぶりの甘味を堪能していると、すでにエリーラ母さんは二切れ目のレモレの蜂蜜煮を頬張っている。俺がじっと見つめると、我に返ったようで、顔を赤らめて照れくさそうにした。

 別に責めてないけどね。

 でも、これは本当にかき氷に合いそうだ。




 レモレのほうは完成したので、次は命の実だ。


「母さん、この命の実って何?」

「私も買ったことがないから分からないわ。果物っていうだけで高いから」


 やっぱ食べたことなかったみたいだ。

 この世界の甘味と言ったら、基本は果物になってくる。

 特別な日にしか食べないし、ローゼン家はエリーラ母さんの好物のレモレになるよね、そりゃ。


 さてさて、割ってみなきゃわからないということで、命の実に向かって包丁をスパッと一振り。

 ザクッっと音を立てて、出てきた中身は……


(スイカきたーーー!!!)


 中はぎっしり真っ赤な実と水分が詰まった、スイカだった。

 夏と言ったらスイカだよね。

 ただ、俺の知っているスイカと違う点は種が真ん中に集まっていて取り出しやすいのと、皮が真っ黒という点だ。

 

 少し驚いて固まっていると、隣のから早く味見したいという無言の圧がかかってきた。

 なんだ、エリーラ母さんもなんだかんだ未知の食べ物に興味深々じゃん。


 とりあえず、命の実を4分割し、その一部を切り取って食べてみることにした。


「……アレ? 甘いけど、スイカじゃない……メロンか?」


 めちゃくちゃ甘い。甘いんだが、想像していた味と違ったため、味覚の処理が追い付かなかった。

 もう一度食べてみようと一部を切り取ったところで…


「クラウ」


 はいはい、エリーラお母様分かっております。どうぞこちらをお納めください。

 この世界の女性も甘いものが好きなのは共通なのね。

 気を取り直して、もう一切れ切り取って、今度はメロンだと思って食べてみた。


「うん、これは美味いぞ」


 命の実はメロン味のスイカだ。果肉が赤色なので紛らわしいが、そういう認識で大丈夫だと思う。

 ただそうなってくると、どう調理するか。

 先ほどのレモレとは違い、さわやかな甘さというよりは、糖を凝縮したような甘さがある。少し俺にはくどいと感じた。

 命の実そのままの味でも、十分にシロップの代わりになるくらいには甘い。



 悩んだ末、命の実は何かと混ぜたりせず、そのまま実を食感が残る程度に潰して、それを氷にかけることにした。

 さすがに一玉では多すぎるので、半玉はそのまま家族で分けて食べよう。

 食べやすいようカットして、皿の上に盛り付けた。


「クラウ、この後はどうするの?」


 実はまだエリーラ母さんに何を作るのかは伝えていない。

 俺は、自分の部屋に行き、用意していたある物を持ってきた。


「じゃーん! これ見てよ」


 俺は台の上にかき氷機を置いた。

 そう、かき氷機だ。

 実は、かき氷を売ることに決め、アミルを助けた日の夜にジョゼフ父さんに知り合いの鍛冶職人に作ってもらえないか聞いてみた。

 頼んでまだそんなに日も経っていないのに、数日で試作機ができたと持ってきてくれたのだから驚きだ。

「クラウがやっと誕生日に欲しいものを言ってくれたのがうれしくて」とのことだが、張り切りすぎではないだろうか。本当に感謝してもしきれない。

 鍛冶職人さんが俺に会って使ってみた感想を聞きたいそうなので、今日使ってみて、お礼と一緒に伝えようと思う。

 

「これはどうやって使うの?」

「まあ、待っててよ」


 俺は井戸から汲んできた水をかき氷機と一緒に作ってもらった正方形の木の入れ物の中に入れ、氷魔法によって凍らせた。

 氷魔法で氷を出すこともできるけど、それを食べるのは衛生的に嫌な気がする。

 それに、いつも使っているアブドラハの地下水脈の水は結構おいしい。

 手押しポンプで水を出せるようになっているので、簡単に水を扱える。

 数秒で凍らせすぎないように調節した氷を入れ物から出し、台座の上に乗せて、上から氷押さえを調節して固定した。

 氷押さえには小さな釘がついており、それによって氷を固定できる。ハンドルを回すだけで上下を調整でき、その動きもスムーズだ。

 

「このハンドルを回して、氷を削るんだ」


 円状の台座には刃がついており、氷を削るためのハンドルを回すと歯車が回り、それによって氷押さえが回転することで氷も開店し、削られていく仕組みだ。


 ゴリゴリ……ゴリゴリ……

 

 うん、大雑把な設計図だったと思うけど、職人さんがうまく要望に応えてくれたみたいだな。

 台座の下に置いておいた皿の上には、すでに削られた氷の山ができている。


 ゴリゴリ……ゴリゴリ……

 

(強いて言うなら、氷押さえがもう少し大きいほうが安定するな。それと、刃の長さを微調整できるように設計してもらうのと、もっと平行にしてもらおう。それと……)


 ゴリッ……ガガガ……


 試作機の感想と要望を頭の中で考えながら、氷を削りまくった。


 ガガガ……ガガガ……


「……ウ、……クラウ! ちょっと聞いてる?」

「へ?」

「もうとっくに削る氷がなくなってるわよ!」


 おっといかん、いかん。あまりの単純作業にぼーっとしてしまった。

 まあ、脳死で削れるくらいには作業しやすいってことで、すごく腕の良い職人さんのようだ。

 2つの皿に削った氷の山を作り、その上にレモレの蜂蜜煮と、命の実を潰しただけのソースをかけてかき氷の完成だ。

 

 さっそくジョゼフ父さんとリトを呼びテーブルに出来上がったかき氷と命の実をカットしたものを運んだ。


「クラウはこれを作りたかったんだね」

「うん、そうだよ」

「ジョゼフ。あの機械はいつの間に作ったのかしら?」

「あはは、そんなことよりエリーラ、座ったらどうだい。せっかくの氷が溶けてしまうよ」


 そういえば、かき氷機を受け取ったとき、「エリーラには内緒にしておくんだよ」って言っていた気がする。

 やっぱりオーダーメイドのかき氷機は高かったのかも。

 ジョゼフ父さんは涼しい顔をして、顎のあたりを触っている。


「そ、そうだよ。母さんも座って座って。早く食べよう!」

「きれいだねー。はやくたべてみたいな」


 俺とリトの援護もあり、エリーラ母さんも矛を収めて大人しく座った。


「氷を削ってどうするのかと思ったけど、きれいね。氷を食べるなんて想像したことなかったけど、味はどうかしら」

「うん、僕も仕事で氷を卸すこともあるけど、氷を食べるために買う人には会ったことがないな」


 かき氷がこの世界で受け入れられるのか、俺はドキドキしながら感想を待った。


「あら、このレモレのかき氷はすごくすっきりした味でおいしいわね。レモレの風味と甘酸っぱさを氷のシャリシャリした食感と一緒に感じることができて、癖になるわ。体も一緒に冷えて、迎夏の日にぴったりなデザートね」

「命の実のかき氷もおいしいよ。命の実はちょっと甘すぎるから、そんなに好んで食べたいと思わなかったんだけど、氷と合わせることでちょうどいい甘さになってるね。昔から命の実は好みが分かれる果物だったから、こういう食べ方なら受け入れられるかも」

「どっちもおいしいね。ぼくはいのちのみそのままでもすきだよ」


 ローゼン家ではかき氷は好評だったようだ。

 かき氷の山は速いスピードでなくなり、自信につながった。

 

 いよいよ、俺の氷売りとしての第一歩が始まるぜ!

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2024年12月12日 19:19
2024年12月13日 20:22
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とりあえず氷売りから始めます~希少な氷魔法使いは厳しい異世界で成り上がる~ 雨幽あさ @uyuasa

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