3話 魔法の訓練と果物探し

 そのサターシャ先生は何故か、俺がカリムに魔法を使ったことを知っていて、少し怒っているようだった。

 もしかしてあの場にいたのか?


「はぁ。私は部下から報告を受けて現場を確認しただけです。……良いですか? クラウ坊ちゃまはまだ子供です。自衛できる程度には鍛えましたが、自分から荒事に首を突っ込まないでください」

「いやーとっさに体が動いてたんだよね。そもそも治安良くないのが悪いじゃん」

「はぁ」


 二度も溜息をつかれた。

 自分でも反省はしている。

 俺がアミルを助けるために飛び出したのは、目の前でアミルが殴られるのを見たくなかっただけの後先考えない行動だ。

 相手が俺より強かったら、アミルも俺も二人共やられるという事態の悪化につながっただろう。

 俺は相手を傷つける勇気も、助けを求めている人を見捨てる勇気もなかった。


「大人に助けを求めることも可能だったはずです。今回は結果的に良かったかもしれませんが、決して正しい行いだったと思わないでください。今後、こういうことがないように然るべきところへ根回しをしておきましたので、同じようなことは少なくなるはずです」

「何それ、怖い。というかサターシャ先生は何者なの?」


 サターシャ先生に魔法を教えてもらって二年近くになるが、何者なのかいまだにわからない。

 本人は隠す気もないが、自分から教える気もないといった感じだ。

 俺も深く聞いても良いことはなさそうなので、聞かないようにしている。


「それはそれとして、氷魔法で虫を作って相手を戦闘不能にしたそうですね」

「……全部知ってますやん」

「はい。旦那様にも伝えてありますので、後で大人しく叱られてください」

「………」

「初の実戦はどうでしたか?」

「うーん、やっぱ俺に戦いは向いてないと思う。敵意を向けられても相手を傷つけようとは思えなかったし、結局いたずらみたいな魔法しか使えなかった。相手が魔法を使えない一般人だっていうのもあるかもしれないけど……。いや、魔法が使えても攻撃はできなかった気がする」


 俺は戦って感じたことをそのままサターシャ先生に伝えた。


「私もクラウ坊ちゃまは戦闘に向いていないと思います。クラウ坊ちゃまの使う魔法はどれも相手を傷つけない配慮が透けて見える。ですが、これだけは頭に入れておいてください。戦わなければ理不尽に、一方的に自分自身や自分の大切な人が殺されてしまうこともあります。戦う力が、守る力があなたにはある。大いなる力には大いなる責任が伴います」

「……はい」


 争いが頻繁に起こるこの世界で生き抜くには、俺の考え方を変えなければいけないのだろうか。家族が危険な目に合えば、俺は人を殺してしまうのだろうか。

 もちろん、戦わないで済むならそれに越したことはないが、いつどこで戦争が起こるか分からない世界だ。最悪のことも想像してしまう。

 この世界で前を向いて生きていくことを決めたとはいえ、悩むことばかりだ。


「とはいえ、あなたはまだ子供で学ぶ身。先ほども言ったように危ないことに首を突っ込むには早すぎる。それでは、今日は逃げる魔法と時間を稼ぐ魔法を学んでいきましょう。最終的には生き残ることが何よりも大事です」

「はい!」



 ―――サターシャ視点―――



 私はサターシャ。

 訳あって今は、魔法を指導している。


「これが氷虫:騎乗型だよ。6本足で安定性も抜群。体の中に椅子があるし、固定もできるから振り落とされる心配もないよ」


 今、目の前に氷でできた馬サイズの虫を見せびらかしているのが、私の教え子クラウ・ローゼンだ。

 とある御仁に命を受けた時にはそこまで期待していなかったが、出会ってすぐにクラウ坊ちゃまは才能に満ち溢れていることに気づいた。

 魔法が使えるようになって間もないというのに、自由に氷の形を変え、しかも同時に何個も操っていたのは驚いた。


 それはそれとして、職業柄、感情を表情に出すことはないのだが、私は虫が大の苦手だ。

 できることなら見せないでいただきたい。


「これだけ巨大だと良い的になってしまいます。見たところ強度も速度もなさそうなので、逃走用としてはそこまで役に立たないですね」

「そっか、面白いと思ったんだけどなぁ。何かいい案あるかな?」

「氷で霧を作って相手の視界を遮っている間に逃げるとかですかね」

「確かに、目に細かい氷が入ったら痛そう。でも、面白さが足りないんだよね」


 私の教え子はこういうところがある。

 扱える魔素量は上位貴族の魔法使いと比べたら少ないが、それを補う発想力と器用さを持っている。

 実際に、クラウ坊ちゃまの考えた「氷虫」は有用だ。相手の行動の阻害に特化していて、下からこっそりよじ登り、触れたところを凍らせていくというのは気持ち悪いし、氷でできているため見にくいのも相まって厄介だ。

 自分が広げた氷からならどこでも生成出来て、その動きを自分で操作できるというのも強い。

 そもそも氷魔法自体が魔法の中でも強いので、それを器用さと発想の天才であるクラウ坊ちゃまが扱ったら厄介極まりない。


 なぜそこまで器用に魔法を扱えるか聞いたことがある。

 そうしたら、「うーん、おもちゃとして遊んでいるからかな」と言われた。

 それこそがクラウ坊ちゃまが魔法に面白さを求める原因で、強さなのかもしれない。

 ただ、遊び心が強すぎるところもあるが……。


「あっ、いいこと思いついた。これならいいんじゃないかな」


 そういってクラウ坊ちゃまが出したのは、大きな氷の蛇だ。


「この氷蛇に飲み込んでもらって、地面を凍らせて滑りつつ、ジグザクに避けて逃げるんだ。お腹の中で氷越しに攻撃が被弾しそうなのが見えたら僕が魔法で防げばいい」


 私の教え子はこういうところがある。

 別に蛇に飲み込まれなくても、自分で地面を凍らせて滑って逃げればいい。

 私が今日教えるつもりだったのも、そういう自分の足で移動する類の魔法だった。

 あまり顔には出さないが、私は蛇も大の苦手だ。できることなら、蛇も虫も私に見せないでほしい。


 そんなことを考えながら今日も魔法の指導を行っていく。




 *****




 訓練が終わり、私はクラウ坊ちゃまの指導を命じたとある御仁へ報告をする。


「クラウの様子はどうだ?」

「はっ! さすが、閣下のご令孫。魔素量は突出しているわけではありませんが、その発想力と器用さは天賦の才でございます。」

「そうか! さすが儂の孫。それは嬉しい知らせじゃ」


 とある御仁はそういって笑う。


「ですが、過剰なほど人を傷つけることに抵抗を感じているご様子」

「ふむ、ジョゼフの性格を継いだか。報告では民間人に向けて魔法を使ったとあったが?」

「使用したのはあくまで戦意を奪うことを目的としたもので、傷つける意思はないものと思われます」

「そうか、今はまだ様子を見るとしよう。これからも面倒を見てやってくれ」

「はっ! 全力を尽くしてお支えいたします」


 これで指導役サターシャとしての任務は終わりだ。

 今からはサターシャ・スロウとして普段の業務に取り掛かる。

 私は将来、騎士としてお仕えするかもしれない坊ちゃまが正しく育つよう、この命を懸けて与えられた使命を全うする所存だ。



 ―――クラウ視点―――



 サターシャ先生の訓練が終わった後、ジョゼフ父さんにしこたま怒られた。

 最近怒られること続いてない? 俺、前世ではそれなりに大人だったんだけどなぁ。

 まぁ、心配しているからこその説教なので、むず痒い感じだ。

 心配させないように反省しよう。


 気持ちを入れ替えて、今日は約束していた通り、アミルに色々と教えてもらう日だ。

 朝ご飯を食べた後、すぐに家を出てアミルの家まで迎えに行き、商店街までやってきた。


「クラウはどんな植物のことを知りたいの?」

「植物っていうより、甘い果物を探してるんだよ。植物に詳しいなら知ってると思って」

「うん、知ってるけど甘い果物? 誰かにプレゼントするの?」

「いや、新しいスイーツをつくって商売しようと思ってるんだ。完成したら食べさせてあげるよ」


 かき氷の上に乗せるシロップは、正直それこそが本体といっても過言ではない。

シロップが味を決め、シロップがかき氷の評判を左右するのだ!


「うわぁ、それは楽しみにしてるね! うーん、甘いってなるとこの命の実とかかな。アブドラハの命の実は特産品として有名なんだよ。あと、このレモレはそのままだと酸っぱいけど、蜂蜜と合わせて煮ると甘くなるんだ。蜂蜜漬けにするなら時間はかかるけど、酸味と甘みを味わえるよ」


 命の実は丸く、ボーリング玉くらいの大きさだ。皮は黒色で、指ではじいてみるとコンコンッと音がするほど硬い皮で、割ってみないと分からない。

 特産品という割にローゼン家の食卓に上ったことがない気がする。

 こんなの食べたことあったか?


 一方、レモレは多分レモンだ。名前が分かりやすくて助かるな。

 形状は同じでも色が緑色なのは異世界ならではだ。こっちはエリーラ母さんが蜂蜜漬けを作ってくれるので知っていた。

 この後もアミルからおすすめの果物を聞き、結局この二つが果物の中なら比較的安く、この時期の人気の果物ということで命の実を一つとレモレを数個購入した。

 いくつか候補はあったけど、レパートリーは上手くいってから増やせばいいからね。




 予定より早く決めることができたので、アミルの家に行くことになった。

 果物のことはもちろんだが、純粋にこの世界の薬草についても気になっていたので、かなり楽しみだ。


「どうぞ、どうぞ。上がってください」


 出迎えてくれたのは、アミルの父親だった。

 病気は大丈夫なのか? と思ったが、


「おかげさまで、薬を作ることができて、飲んだらすぐに元気になりました。それより、アミルのことを助けてもらったようでありがとうございます」


 そういって、アミルの父親は仕事に戻っていった。基本的に魔法使いは敬われるか畏れられるかのどちらかしかない。

 アミルの話を聞いていたからか、怖がられなくてよかったな。


「僕の家でも少し薬草を育てているんだ」


 アミルの家にも小さいが、薬草を育てている畑があるらしく、そこを見せてもらうことにした。


「これがうちの畑だよ。この植物は切るとドロドロしたのが出てくるんだけど、保湿とか火傷の傷薬とかにも使うね」


 アロエもあるんだ。アミルの畑には、俺が見たことある植物もあった。ミントみたいなハーブもある。


「この植物の種は消化促進とか腹痛に効果があって、こっちの植物は喉の痛みとか構内の炎症に効く薬に使われるんだよ。あと、この植物の実は集中力を高めてくれる効果があるね。焙煎すると香りも良くなって、他の薬草と混ぜたハーブティーは苦いけど、慣れるとおいしいよ」

「コーヒーじゃん」


 どこかで見た形の実だなと思って、アミルの説明を聞いていたらピンときた。

 これはコーヒー豆だ。


「よく知ってるね! このコフの実から名前をとって、ハーブティーはコーヒーっていう名前になったらしいよ」


 コフの実でコーヒーね。

 うん、分かりやすくていいよね。

 そのあともアミルの薬草講座は続き、日が落ちそうになる頃に俺は家に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る