2話 ドキドキわくわく市場調査?(戦闘あり)
うーん、かき氷といえばシロップが必要だよな。
残念なことに、アブドラハは乾燥帯で降水量が少なく、砂糖の原料となる植物は育たない。
交易が盛んであるため、手に入れることはできるが、貴重品である砂糖は高価だ。
なるべくなら安く仕入れられるものをシロップ代わりにしたいところ。
何か良いものがないか商店街を散策しているが、俺の知識にはない食べ物も多く、どんな味がするのか分からない。
店の人に聞こうにも、人通りの多いこの時間では客足も多いため、邪魔になってしまう。
思わぬところで躓き落胆した俺は、商店街を外れたところで休もうと移動したときだった。
「……離してよ! これは渡せない」
「こっちが先に目をつけていたんだぜ。お金は払うから早く渡せよ」
「だから嫌だって」
人目がつかない建物の隙間の奥のほうからそんな声が聞こえてきた。
トラブル発生か? と思い様子を見てみると、恰幅の良い少年に細身な少年が腕をつかまれて、逃げられないようにしている。恰幅の良い少年の後ろには二人の腰ぎんちゃくっぽい少年がニタニタと笑っている。
細身な少年のほうは、その手を振り払おうと必死にもがいているが、年も上であろう恰幅の良い少年の力には敵わず、振りほどけない様子だ。
うわー、路地裏でこれは典型的なカツアゲの現場ですわー。
「さっさと渡しやがれ!」
こういった荒事に遭遇するのは初めてなので、いったん落ち着いて助けを呼びに行こうとした時、体格のいい少年が細身な少年を殴りかかった。
「やめろっ!」
危ないッと思った瞬間、体が勝手に動き、俺は魔法を発動していた。
素早く地面を凍らせ、二人の間に氷の壁を形成し、引きはがした。
「ッ……だ、誰だ!?」
「え……ええ?」
突然の出来事に二人も困惑といった感じだ。
いや、俺も困惑してるよ。まあ、体が動いちまったんだから仕方がない。
俺は驚いている二人のもとに近づいた。
「なんだ、このガキ? いや、待てよ。氷ってことは、お前ローゼン家だな」
うわー、身元バレてますやん。
そっか、氷魔法を使ったらそりゃバレるに決まってるか。
魔法はもっと慎重に使うようにしよう。
こういう経験から学ぶことも大事だよね……。
一人現実逃避しても、関わってしまったのだからもう遅い。
「ああ、俺はクラウ・ローゼン。ローゼン家の長男だ」
「ほら、やっぱりな。ローゼン家は落ち目だと父上がおっしゃっていた。そんな落ち目の家の息子が何の用だ?」
へぇー。このデブの親はやり手の商人らしい。子供の育て方間違えてますけど。
ローゼン家が落ち目なのは事実ではあるが、よそから言われると少し腹が立つな。
内心ビクビクしていたが、怒りのおかげで恐怖心はなくなった。
「その子が嫌がってるみたいだからやめろって言ってんだよ」
「よそ者が口を突っ込むんじゃねえ。いくら魔法使いとはいえ、相手はただのガキ一人だ。お前らやれ」
デブがそういうと、後ろの腰ぎんちゃく二人がゆっくり近づいてきた。
こいつら、魔法使いを舐めすぎではなかろうか。
この世界の魔法は絶対的な力だ。魔法使いに一般人が束になっても勝てるわけがない。魔法使いに喧嘩を売れば、ひどい目に合うというのは子供のころから教えられているはずだ。
とはいえ、俺も暴力を受けたわけではないし、少しお灸を据えるくらいでいいか。
「氷虫」
「ひうっ! 冷てぇ」
「うわっ、なんだこれ」
俺は即座に腰ぎんちゃくの足元から小さな氷の虫を魔法で生成し、彼らのトーブの中に這い回らせた。
二人とも良いリアクションで慌てふためいている。
自分から離れるほど特定の場所に魔法を発動するのは難しくなる。
実は、さっき作った氷の壁からさらに彼らの足元まで氷を伸ばしておいた。
魔法の延長戦上なので、別の魔法もつなげやすいってわけだ。
対策もせず魔法使いの作るフィールドに踏み入るってことは、無防備な状態で喉元に剣を突き立てられているのと同義だ。
「おい、何してやがっ……ひっ」
当然、デブの足元にも氷は伸ばしており、同様に氷虫を這い回らせた。
氷虫を出そうとベルトを外してもがいているが、それは逆効果だ。
氷虫は虫のように動き回らせているから下半身だけでなく体全体を動き回るだろう。
アブドラハの特有の服装も相まって、取り出すのには時間がかかりそうだ。
「さっ、今のうちに逃げて」
「あ…う、うん」
何が何やらといった様子で呆然としていた細身の少年に声をかけると、少年は我に返ったように動き出した。
「俺はまだこいつらに用事あるから先に行ってて」
「うん、ありがとう」
細身の少年が路地裏から出たのを確認すると、いまだに氷虫と格闘中のデブとその取り巻きに話しかけた。
「次同じようなことをしたら……分かってるよな?」
「……ッうう、わ、分かったからこれをどうにかしろ」
そういうデブの目はまだ反抗的で、ここで魔法を解除してもやり返してくるのは目に見えている。
こういう時は反抗心をここで折るに限る。
「お前、反省してないだろ? 増殖」
「うわっ、増えやがった。なんでだよ! 冷てぇ」
好きでこういうのをやりたいわけじゃないが、恨みを買って危害を与えられてからじゃ遅い。
相手が恐怖で反抗しようと思わなくなるまで心を折る。
俺は臆病なんだよ……。
「さ、寒い。……悪かった、本当に頼むからやめてくれ」
「解除」
しばらく経って本当に懲りたような感じがしたので、魔法を解除し、氷虫は動きを止めた。
「次はないからな」
そういってにらむと、デブは青い顔のままうつむき、腰ぎんちゃく二人は顔をブンブン縦に振って頷いた。
いやー、やっぱ荒事は関わるもんじゃないなと思いながら路地を抜けると、さっき助けた少年が待ち構えていた。
「さっきは本当にありがとう。えっと、クラウ君だっけ?」
「クラウでいいよ。たまたま君の声が聞こえたんだ。君の名前は?」
「あっ、僕はアミル。僕の家は薬屋なんだ」
アミルを近くで見てみると、体は日に焼けて褐色で、少しやせていて優しいのが伝わる顔つきをしている。年齢も俺と同じ八歳とのことだ。
とりあえず、気になることを質問してみることにした。
「あいつらは一体何者なんだ?」
「えっ、知らないで助けてくれたの? 一番太っていたのがカリム。ザヒール商会っていう大きな商会の子で、他の商人の息子と悪さばかりしてるって噂だよ」
「最近まで一人で出かけることが少なかったから、そういう噂とか知らなくてさ」
アミルの話によると、アミルが商店街で珍しい薬草を購入したところ、それを見たあのデブ、カリムが「自分が先に目を付けた」と言いがかりをつけ、路地裏に無理やり連れていかれたらしい。
そんな悪さばかりしているため、評判も良くないみたいだ。
俺は最近までこの世界で生まれたことを受け入れられず、家に引きこもっていることが多かった。
知っている景色とは違う景色を見るだけで絶望が襲ってきて、自分が一度死んだ人間なんだっていうことを突きつけられた気がした。
そんなんだから、自分から外へ出ようとは思えなかった。
情けない話、外の世界が怖かったんだ。
「またカリムみたいなやつに絡まれると危ないから一人で出歩かないほうがいいんじゃないか?」
アブドラハの治安は前世に比べたら大分悪いようだ。
「今日みたいなのは僕も初めてだよ。僕のお父さんが病気になって、どうしてもこの薬草が欲しかったんだ」
アミルはそういって手に持っていた小袋の中身を見せてきた。中にあるのは、乾燥した植物の根っこのようなものだった。
「へぇー、こんなのをアイツも欲しがってたのか?」
「いやいや、これは本当に貴重で高いんだよ。今日は運が良くて安く買えたんだけど、それでもお店の人にお願いして、僕のお小遣いを全部使ってやっと買えたんだから」
「それでカリムに見つかったなら、運まで使い果たしたんだな」
薬屋の息子というだけあって、アミルは薬草の知識も豊富なようだ。
「アミルは植物のことも詳しかったりする?」
「うん、僕の目標はお父さんみたいな立派な薬屋になることだからね」
「じゃあ、また今度詳しく教えてよ。ちょっと興味があるんだ」
「今日助けてくれたお礼もしたいし、任せてよ」
最悪エリーラ母さんに色々教えてもらおうと思っていたが、せっかくなのでアミルにお願いした。
こうして、アミルを家まで送り届けて、今日の市場調査は終わりだ。
え、市場調査なんかしてないだろって?
まあ、今回は植物に詳しいアミルと仲良くなれたから細かいことは良しとしよう。
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