とりあえず氷売りから始めます~希少な氷魔法使いは厳しい異世界で成り上がる~

雨幽あさ

氷業確立編

1話 とりあえず氷売りから始めます

 結論から言おう。俺は日本で死んだあと、異世界に転生した。


 死因は……気になる? あんま言いたくないけど事故死だ。


 車で走っていたら、反対から来たトラックが急に曲がって来てドーンだ。

 朦朧とした意識の中、「死にたくない、まだ生きたい」と強く思いながら死んだからか、気づいたら赤ん坊として生まれ変わっていて、日本にいた頃の記憶とか知識とか前世の記憶を持ったままだった。

 結婚して子供をつくったり、自分の家を持ったり、やりたいことなんて山ほどあった。

 まさか自分が二十代半ばで死ぬなんて思いもしなかったよ。


 生まれてからは何度も死んだ時を思い出して暴れたり、泣いたりして両親を困らせた。

 元は大人のくせに情けないなんて言うなよ。

 前世の記憶を持っているってだけで、俺自体は子供なんだよ。

 好奇心とか悲しさとか感情が溢れ出したら理性では抑えられないのだ。


 さて、そんなわけでやってきた異世界だが、日本とは違い「魔法」がある。

 他にも二足歩行で歩く獣のような見た目の「獣人」や見たことはないが森に住む「森人エルフ」などいろんな種族がいるファンタジー盛り盛りな世界だ。


 終わってるよ、マジで……。


 そりゃゲームで遊んだり、小説で読んだりする分にはファンタジーの世界は好きだよ。でも、実際に住むってなったら話は別だ。

 しかも、俺の住んでいる国は軍事貴族国家で、上層部は国家のために命を賭して戦うぞって意気込んでやがる。現代日本の教育を受けて育った記憶を持つ俺には無理です。


 こんな酷い異世界に生まれるんなら前世の記憶なんて受け継ぎたくなかった。

 高いところから落ちたらこの記憶も忘れるかなーと思って、高いところをよじ登って怒られたこともあったな。

 その時の母さんが怖すぎたので、もう二度とやらないけど。


 ゲームみたいに敵を倒せばレベルが上がるわけでもないし、敵を余裕で圧倒するチート能力もない。

 一応、平民でありながら珍しい氷魔法は使えるが、魔法を使うのに扱える魔素量は平凡らしい。

 まあ、チート能力を持っていても平和な価値観を持っている俺に人を殺す度胸なんてないけどね。

 というか、上位貴族は天候まで変えてしまうというチートぶりだ。不公平すぎる。


 転生させるならもっと平和な世界にしてくれよ!


 こんな感じで、たまに現実逃避したくなることもあるが、一度死んだことも前世の記憶を持っていることもハードな世界で生まれたことも受け入れた。

 そうしたら、俺の中で新たな目標ができた。


 それはこの世界で生き抜くことだ。


 理不尽に死んで、今度は国のために死ねってか? 嫌だね。

 だからと言って、ただ生きるために生きるっていうのも違う。

 この世界で、前世ではできなかったことを全部やって後悔なく死ぬ。


 そんな決意を胸に、この俺、クラウ・ローゼンは八歳の誕生日を迎えた。


 今は自分の部屋で大きな問題に頭を悩ませているところだ。




 *****




 俺が生まれたローゼン家は、中央から遠く離れた辺境アブドラハにある。

 辺境とはいえ交易が盛んで、人通りも多い大きな街だ。少し南のほうは砂漠地帯が広がっており、この街に住む人は前世で言うところのアラビア風衣装を身にまとっている。


 希少な氷魔法を使えるローゼン家の家長、つまり、俺の今世の父であるジョゼフ・ローゼンはそこで氷室の管理を任されている。

 他にも、アブドラハには領地を持たない名誉貴族や準貴族が住んでおり、そういった金持ちの家と契約を結び、定期的に氷魔法を使って食料保存を行うことで、高額な報酬を受け取っている。

 冷蔵庫のない世界で、しかも、暑い気候によって食料が腐りやすいアブドラハでは氷魔法はより重宝されているってわけだ。


 そんな感じで氷魔法によって収入を得ているわけだが、その収入源が無くなろうとしている。

 その原因となるのが、「冷魔庫」という冷蔵庫の代わりになる魔道具の発明だ。


 冷蔵庫さえあれば、氷魔法なんかより手軽に食料を保存出来て、保存するたびにお金がかかるなんてこともない。

 ジョゼフ父さんと契約している家が冷魔庫を手に入れてしまえば、ジョゼフ父さんは職を失ってしまうってわけだ。


 幸いなことに、国は戦争兵器としての利用を目的に魔道具の研究・開発を進めており、中央の王族やそれに連なる上位の貴族、軍の主要拠点などから優先に導入されることや冷魔庫が高価なものであることから市場に出回るのはまだまだ先だと考えられるが、あと数年すればそれなりに普及しているはずだ。




 *****




 そういうわけで、俺は家族が路頭に迷わないよう解決策を考えてるってわけ。


(うーん、どうしようか。父さんには伝えてみたけど……)


 ジョゼフ父さんは穏和な性格で人当たりも良いが、商人向きではない。

 利益よりも情を大切にする人間だ。

 冷魔庫によって起きる可能性の話を伝えてみても、あまり危機感を感じておらず、考えすぎではないかといった反応だった。


 考えてみれば当たり前の話だ。

 俺は日本で育ち、技術が人の仕事を奪ってきた事実と冷蔵庫の便利さを知っているからこそ、「冷魔庫」に脅威を感じているわけで、技術革新の一歩前といった世界の住人が危機感を持つのは難しい。しかも、魔法という特別な力を持っているならなおさらだ。


 ジョゼフ父さんもまさか魔道具に自分の仕事を取られるなんて夢にも思わないだろう。

 むしろ、そんなわけないと一蹴せずに「分かった。少し考えておくよ」というあたり、ジョゼフ父さんらしい。


 俺の目標は後悔なく死ねるよう生きることだ。

 この世界に生まれて、転生した事実に絶望して自暴自棄になっても、前を向いて生きていこうと思えたのは、間違いなくこの世界の両親の家族のおかげだ。

 前世では、ろくに親孝行することもできなかった分、今の両親には恩を返したいし、家族を大切にしていきたい。

 俺が家族を守って見せる。


 ウンウンうなりながら夜遅くにエリーラ母さんに見つかって怒られるまで解決策を考えた結果、天才的なアイデアをひらめいた。




 とりあえず、氷売りから始めます。




 *****




「……おはよぉ。母さん、リト」

「まったく、昨日夜遅くまで起きているから! もうジョゼフは朝ごはん食べて仕事に行ってしまったわよ。今日は早くご飯食べてしまいなさい。」

「クラウにぃ、おはよー。ねぼすけさんだね」


 起きてすぐ居間へ行くと、すでにエリーラ母さんと弟のリトが食事を終えていた。

 俺は寝ぼけ眼のままテーブルに座り、少し冷めてしまった朝食を食べ始める。

 寝る子は育つなんて言うが、ここまで睡眠不足がつらいとは思わなかった。

 やっぱ睡眠は大事だなと思いながら、昨日考えた解決策を思い返してみる。


 まず、選択肢として挙げられるのは、軍に所属することだ。

 この国は常に戦力を求めており、魔法使いなら年齢に関係なく軍に所属できる。

 貴重な魔法使いへの手当は厚く、戦果をあげたり、貢献したりすれば褒賞ももらえると聞く。

 氷魔法を使える俺なら入ることはできるはず……だが、これは却下だ。


 理由は簡単、普通に死ぬ。


 同様の理由で騎士団に所属したり、魔物を狩ったり、一攫千金を求めて迷宮探索するとか戦闘全般はなしだ。


 ちなみに、軍と騎士団の違いはその役割だ。

 軍は他の国を侵略することが目的の集団で、功績をあげれば平民から貴族にだってなることができる。

 一方で、騎士団は自分が仕える貴族を守る親衛隊みたいなものだ。

 貴族の護衛だけでなく、貴族の住む領地なんかを守ることもあるみたいだが。


 ……うん、平和的に行こう。


 そうなってくると、やはり商売が一番平和的で良い。

 しかし、日本より劣っているとはいえ、この世界の文明をバカにしてはいけない。

 生活に必要な薬、道具、農業技術、etc……。俺が思い浮かぶようなものは結構存在している。

 一番需要がありそうな、この世界にない武器を開発して売るとかもアイデアとしてはあるが、それについてはやりたくない。

 じゃあ何を売るかって?


 決まってるだろ、氷だよ。


 昨日、これを思いつくのにどれだけ苦労したか。

 売れそうなものはないか思い浮かんだものを書いては作り方が分からないといったように、ひらめいては諦めを繰り返していた。

 時間を忘れてそんなことをやっていたらエリーラ母さんが鬼の形相で部屋の入口に立っていることに気づいて、時が凍り付いたように止まった瞬間ひらめいた。


 これまでは貴族を対象に氷を卸したり、食料保存をしたりすることでお金を得ていた。そんな貴重な氷だが、冷魔庫が普及してしまえば、その価値は大幅に下がる。

 市場を独占できる今のうちにしてしまおうというのが俺の考えだ。


 ただの氷売りだけでも多少は売れると思うが、それでは結局、冷魔庫が普及した瞬間終わってしまうので意味がないし、氷売りとして特別な印象付けが欲しい。


 なので、この世界で初のかき氷屋を開く。

 氷を食べるという文化が定着していないため不安はあるが、前世ではかき氷は夏の風物詩だった。

 厳しい暑さが続くアブドラハなら成功する……と思う。


 という訳で、かき氷屋をやりつつ氷売りもやっていく感じだ。

 ジョゼフ父さんは貴族や氷室の管理で忙しくて、商会に卸せるほど余裕がない。

 俺から氷を買えると宣伝しつつ、氷の利用価値を知らしめるためにも、かき氷屋の成功が大事になってくる。


 この世界の料理は戦争に力を入れているということもあってか、食事の文化は停滞気味で特に甘味が少ない。

 普通に食事自体はおいしいが、日本の進んだ食文化には敵わず、少し物足りない感じもする。


 ラーメン、牛丼、カレー、寿司。記憶にあるあの味をできることなら今世でも味わいたいぜ……。

 前世の知識を活用して、食文化を発展させていくっていうのは面白そうだ。


 そうと決まれば話は早い。まずはドキドキわくわく市場調査だ。

 俺は食べ終わった食器を片付けると、外に出かける準備を始めた。

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