第25話

テュオが俺の家に戻ってきて数か月がたった。それに合わせて、獣人たちも徐々に普段の生活に戻っていった。とはいえ、状況が変わったので今までと同じというわけではないが。


獣人族たちが地上に戻ってすぐ、獣人族たちは獣王国として独立、奈落……獣人に言わせれば魔境周辺を領土とした。元は一つの民族として森の中でひっそり生活していた種族だが、最近になって他国からちょっかいをかけられたことで、国として対等に関わっていく必要性を感じたらしい。

ひとまず主張したのは森の一区画なので、北も西も南もまだ魔境が続いている。関係のありそうな国はほぼ東のカルカン王国のみで、そこのトップがテュオや俺と顔見知りなこともあり、すんなりと話が通った。

カルカン王国内では多少の反対があったらしいが、『管理できるならしてみろ』の一言でほとんどが黙り、黙らなかった残りの者たちも魔境を無理に手中に抑えようとして死んだ。いや、獣人に反撃されたとかではなく、ウサギに蹂躙されて。おもしろ……可哀想に。


カルカン王国との関係はそこそこ良好。これも王子のおかげである。謎の蛮族と対等どころか弱気な関係を続けていることに腹を立てた貴族が一時騒いでいたが、王子が騎士団に命令して鎮圧させた。件の奈落への進軍で消耗したはずの騎士団ではあったが、その人員自体は殺害ではなく拘束にとどまったため軽微、明確な被害と言えば奈落に住む魔物にちょっかいをかけられて数人怪我した程度だ。

王国の富裕層に物珍しさで買われていた獣人たちもごくわずかいたらしいが、生きていた者は全て帰って来たらしい。それはテュオがダンジョンを下り始める前に仲間を集めるために行った話らしく、テュオが何かやったらしい。彼女は濁していたがだいたい予想はつく。推察するにあの時点でテュオの強さはカルカン王国の誰よりも強かったからな、適度に脅したのだろう。別にそれを知ったところで今更テュオを嫌いになるなんてことはないが、彼女もわざわざ血生臭い行為を言いたくもなかったんだろう。気持ちは分からないでもないので追及はしていない。

王国の魔術師による実験で亡くなった獣人たちも葬儀を行ったようだ。ちなみに、それをやらかした魔術師たちは物理的に首を落とされていた。その時点では認められていたはずの行為で罰せられるのはどうなんだろうなぁ……と思ったが、問題はそこではなく、王を騙して国の金を使ったのが重く見られたらしい。うーん妥当。


色々と関係が悪くなりそうな出来事がありつつもカルカン王国との関係が悪くなっていないのは、ここで輸出している様々なものが向こうにも利益をもたらしているからだろう。なにせ今まで完全に未開拓だったダンジョンが急に攻略されたのだ、珍しい物、貴重な物がざくざく出てくる。と言っても、騎士団の無茶な運用と盗賊の悪事の割を食った民の飢えを解決するため、当面は食べられるものの輸出が大半だそうだ。ここは肉も野菜も、それどころか水のある階層からは魚も獲れるので、輸出するものには困らない。中層当たりの鉱石を使って宝飾品を作るのを趣味にしている獣人がしょんぼりしていた。めげずに頑張れ。

獣王国側からのカルカンへの印象はさほど良くはないものの、そこはテュオが上手い事操縦しているらしい。大怪我をした獣人たちを治療した俺がちょっとだけ協力したのも効果があった、と思う。


獣人たちは住み慣れた場所を好み、また転移でどこへでも気軽に行けることもあって、今も彼らの生活の中心は地上である。その文明レベルはテュオ主導で俺の家に近づけられており、カルカン王国よりはるかに進んだものになっている。以前までの関係もあってその進捗は早いものではないが、適当な観光施設を作って一儲けする計画も進められている。


全部を乱暴にまとめてしまえば、万事丸く収まった、という訳である。






「ここも平和になりましたね」

「そうだな」


挨拶してくる国民たちに挨拶を帰しながら、整備された道を歩く。


ここは獣人一族の住む村から一つの国となった。当然国となったならばそのトップは必要で、当然テュオがそのトップに立った。元々は『大将』なんて呼ばれていたらしいがそれも昔の話、今や一国の主となったので肩書も女王である。

よその国ほどに王が尊い存在ではなく、気軽に話しかけるだけで無礼討ちなんて制度はない。とはいえ大人から子供までこうやって敬意をもって接してくるので、その実態がまるきり嘘だなんてこともない。なにせ彼女は獣人の地位も武力も一人でぶち上げた豪傑である、敬意を持たない方がおかしいのだ。


その相方もそうだとは限らないが。


「おりゃー!くらえー!」

「何すんだてめー」


後ろから木の棒で殴りかかってきた子供を殴り飛ばすと、子供が空高く打ちあがっていく。そこらの木の高さぐらいには撃ちあがったあとそれなりに硬い地面に着地したが、身体強化はみんな使えるのでこれでも大したダメージはない。あの子供もアトラクション程度にしか考えていないだろう。

案の定、地面に音もなく着地した子供はケラケラ笑いながら立ち上がる。夕方で徐々に視界も悪くなっているというのにその足さばきには迷いがなく、声をかける間もなく走り去っていった。うーん、遊ばれている。その程度で子供相手に腹を立てたりはしないが。


何が言いたいかというと、女王の横にいるよく分からん人間に、そこまで高い地位はないという事だ。獣人たちに強く尊敬されているのは、自身の力一つで種族の窮地を救ったテュオだけであり、そうあるべきだ。無駄に威張らずに大人しくするとしよう。


「尊敬されてないなんてことは無いですよ」

「そうか?」


テュオが言うならそうなんだろうか。俺には分からん。


「獣人は力を重んじる種族です。私たち全員と対等に戦ったのですから、その力はみんなが認めています。今はまだ、距離の近い所にいる人間にちょっと戸惑っているだけです」

「そういうもんか。もっと仲良くなれるといいんだけどね」

「時間が解決してくれますよ、きっと」


はしゃぎながら去っていった少年に釣られて、他の子供たちも集まってきた。仕方ないので全員適度に吹っ飛ばしておく。


普通の子供と違って、ここの子供たちは力加減をミスっても平気な顔をしているから安心だな。たまに強く飛ばしすぎたりするんだが、周りで見ている大人たちに気にした様子はない。彼らの教育というか共通の価値観として、『痛いのが嫌なら強くなれ』みたいな精神をしているから、全体がそれに影響されたようだ。どうにも言動の端々から脳筋っぽさの漂う種族だ。俺も気質は同じなのでありがたい。


「おい、遊んでないで早く来い。主賓がいないと始められんだろう」

「ああ、すまん」


子供たちと戯れている間に、テュオの父が声をかけてきた。ここでいう主賓はテュオの事だ。少し遅れたので呼びに来てくれたのだろう。


そう、今日はテュオの誕生日である。

元々の彼らの文化としては一つの家庭の中でささやかに祝うというものだったらしいが、テュオは今この国のトップ、女王の立場である。それならば大きな祭りを開催しよう、ということになった。だからテュオと俺も地上に出てきたわけだ。

本音はただ酒を飲む機会が欲しいというだけな気もするが、主賓を待つ理性が残っているなら十分か。


「行きましょうか、リットさん」

「ああ」






「賑やかでしたね」

「そうだな。昔よりも飯がうまくなってて良かったな」


祭りが終わり、参加者が帰っていくのに合わせて俺たちも家に戻った。

以前も彼らの祭りというものには参加したことがあったが、あれはテュオたちが盗賊を倒したあとに開催されたものだ。あの時は食材の種類も質も乏しく、それに加えて調理法も多くはなかった。食材の調達先は地上だけだし、魔法もテュオしか使えないのだから当たり前だ。それが今やダンジョン内のすべての食材と多種多様の調理法だからなぁ。聞けば、ダンジョンを下っている最中にも調理法を研究していた料理好きなんてのもいたらしい。


「お酒もおいしかったですねぇ。ありがとうございます」


テュオは上機嫌に微笑んでいる。獣人のしきたりで、一定の年齢に達した者が酒を飲むというものがあり、テュオが今日その年齢に達したため祝いに一杯やってきたという流れだ。

テュオがお礼を言っているのは、その酒が俺が提供したものだからだ。初心者らしいので軽いものにしたが、テュオは酒には強い体質だったらしく顔色一つ変えていない。


「じゃあ、始めましょうか」

「……本当に、後悔はないんだな?」

「はい。永遠にって、言いましたから」


心の底から嬉しそうに笑うその表情に、テュオが帰ってきたあの日を思い出す。




***



「私は、あなたを逃がしませんからね。永遠に」


……永遠に逃がさない。常識的に考えれば、一生一緒だ、という宣言にも聞こえる。しかし、これからは一緒に暮らそう、とはすでにテュオと約束したことだ。ここでもう一度それを言う意味は一体何か。


「ふふ」

「……なに?」


テュオは笑いながら空中へと手を伸ばし、転移魔法を展開している。俺と同じ、転移を利用した倉庫へのアクセスだろう。


「これ、なんだと思いますか?」

「……え」


テュオの手に握られていたのは、小さな瓶。その中身は光り輝く黄金色の液体であり、まるで生きているように動き続けている。

とても既視感のある液体だ。しかしまさか、いやそんなはずは。俺だって作るのに50年ぐらいかかったんだぞ……と思いつつ、鑑定する。

出た結果は、予想が間違っていないことを示していた。


「……不老の秘薬、だね」

「はい、正解です」

「一体どうやって?」

「二回も見せてくれたじゃないですか」


……確かにそうだ。テュオの部屋を用意するときと、カルカンの前国王に見せたときの二回。しかし、液体を二回見れば作り方がわかるなんてそんなこと、あり得るのか?


「一回目に見せてくれた時に、危険な液体じゃないのは分かりましたから。あとは、二回目に見た時に瓶から発される魔力を頑張って覚えました。正解を覚えたので、あとは色々試すだけです」

「……なるほど。あの薬が本物だってのがバレてたからか」


しかし、それをどうするつもりだろうか。扱いによっては止めなきゃならないかもしれない。


「次の誕生日、私は成人するんですよ。獣人族にとっての大人と認められる年齢になるんです」


急に、テュオは話題を変えた。よく分からないが、獣人にも成人という概念はあるらしい。

だからなんだと──


「その時にこれを飲んで、私はあなたとずっと一緒に生きていきます。それまで、待っていてください」




***




小さな瓶の中身が、一気に飲み干されていく。


「──これで、永遠に一緒です」

「……そうだな。ありがとう」


本当に、比喩でもなく永遠だったわけだ。


他人が自分よりも先に死ぬ、ということを経験したくないがために引きこもっていたのも、テュオは分かっていたんだろう。だからこそ、永遠に共に生きることができる手段を作り上げた。

うーん、真っすぐで純粋な愛だ。俺にはもったいないぐらい。


……俺としても、準備する時間はあったわけだし、ここで言わないとな。


「テュオ」

「はい」

「結婚してくれ」

「はい」


指輪を取り出して箱を開けると、テュオは迷わず受け取ってくれた。迷った様子がないのは、以前から知っていたからだろう。自宅の倉庫はすでにテュオと共有しているし、別にサプライズをやろうとしたわけではないからな。倉庫から色々な素材が減っているのは分かっていたことだろう。


「付けてくれますか?」


お望みのままに、テュオの薬指へと指輪をはめる。

獣人族に左手の薬指に指輪をはめる文化はないが、以前話したことなので覚えてくれていたのだろう。自分のデザイン能力には一切の自信がないので、シンプルな銀の指輪に一つの宝石を付けただけのものだが、それでもテュオが身に着けるだけでひときわ輝いて見える。


「……綺麗ですね」

「喜んでくれたなら、よかったよ」

「リットさん」

「ん?」


「ずっと一緒ですよ」

「ああ。もちろん」


これからの人生は、もう少しにぎやかになりそうだ。






ご両親に挨拶に行った。


「テュオと結婚するなら、この俺を倒してからにしろ!」

「バカかテメェ父親だからって容赦すると思うなよ!?」


勝った。

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気まぐれに少女を育てたら、大変なことになった(改訂版) 焼き鍵 @cook_key

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