縫い姫

「お前さえ、お前さえいなければあああ!」


 鬼のような形相だ。否、本当に鬼となっている。般若とは女が化けた姿なのだから。角が生え、血の涙を流している。


「どうします?」

「俺がやる」


 省吾は刀を抜いた。廃刀令の中でも帯刀を許されているのは八ノ宮家のみ。


「化け物殺しは俺の仕事だ」


 人ならざるモノを、殺す為に許されている。日ノ本の化け物は、刀でなければ殺せないが故に。


「じゃ、お願いしますね。私はどうしましょうねえ」


 女が一気に距離を詰めた。そよ目がけてつっこんでくるが、省吾が刀で腕を切り落とす。


「ぎゃああ!」


 それでも女はそよだけに狙いを定める。私は可愛いっていってくれてた、お嫁さんにしてくれるって、と叫びながら。


「埒が明かんな。これでは首を切っても生き返る」

「そうなんですか?」

「一つの事に執着しているモノは己が死していることに気付かん。永遠にお前を狙う」

「それはそれは」


 ふ、とそよが笑う。姫のように美しい笑顔。


「大層面倒だこと」


 恐ろしいほどに美しい、その笑顔。


「きいいいいい!!」

「では、私は歌を紡ぐとしましょうか。――姫思ひ」


 省吾が般若の両足を一閃する。切り落としたものの、すぐにくっついてしまった。


「鮮やぐ指先」


 そよが右手を目の前にかざし、ちょいっと指を動かすと般若の動きが止まる。体中に、真っ赤な糸が巻き付いている。

 その糸の繋がる先は、そよの人差し指。そこだけ爪が真っ赤に染まっており、そこから糸が何十本も伸びていた。

 そしてその中の一本は、あの絵に繋がっている。


「爪紅に」

「ぎ!? ひいいいいい!?」


 苦しみだす般若。みるみる腹が膨れ、そして。バヂン! と大きな音を立てて弾けた。

 爪紅は、鳳仙花の別名。鳳仙花のように、弾けたのだ。


「濃ひ匂ひ舞う そよ風の元」


 生臭い血の匂い。治っても治っても弾け続ける。血を溢れさせ続ける。凄まじい激痛が全身を駆け巡る。


「ぎゃああああ!!」


 のたうち回る般若の前に、そよは近づいてしゃがんだ。返り血で顔が染まろうとも気にした様子もない。


「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の香に にほひける」


 心地よい声で朗らかに読み上げる。


「あなたの心は分かりませんが、故郷の花の香りは変わらぬままという歌。百人一首よ、どうせ知らないだろうけど」


 ぜえぜえと息を荒くしながらも。体がぐちゃぐちゃになりながらも、般若は憎しみの表情でそよを睨む。引き裂こうと右手を伸ばす。


「信じる、などと。ふふふ、とても便利な言葉ですこと。己の都合のいいように考えていればいいのだから、これほど楽なことはないわ」


 やれやれ、と嘲笑う。色恋沙汰で「相手を信じる」など、なんの意味もないというのに。


「先人たちはちゃんと学びある言葉を歌にしているのに。どうして学べないのかしらね。これだから学がない者はいやあね」

「化け物おおおおおお!」

「あなたのことでしょ?」


 ざく、と音を立てて首が斬り落とされる。省吾が刀を一振りして血を落とし、コロコロと転がる頭を足で止める。髪を掴んで頭を持ち上げた。

 そして先程の布に放り投げると頭も体も消えてしまう。そよの爪から伸びる糸が勢いよく布に吸い込まれていく。すべて吸い込まれると、そこには赤い糸で雁字搦めとなった男女が描かれていた。


「良かったじゃない、運命の糸で結ばれて。ふふふ」

「今度こそ終わりだ」

「はい」


 丁寧に布をたたむと省吾に手渡す。そよはやれやれ、といった様子だ。


「寺子屋などではなく。国が学びの根底を作らなければ、日ノ本は馬鹿だけになってしまいそうです」

「今その話を七ノ宮が進めている。学び舎を五か所着手したそうだ」

「良き事です」


 さて、と言ってそよは部屋に戻る。他の依頼をこなすために。


ちくちく、ちくちく。


「あら嫌だ。そういえば私学がないということになっていたわ。講釈を垂れてしまったわね、うっかりうっかり」


 くすりと笑って、ぱちんと玉どめをして糸を切った。百人一首をすべて縫った宮家の至宝。資料も見ずに完璧に仕上げ終わったのだった。


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歌紡ぎ aqri @rala37564

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