呪文博士
鴇色 大葉
この機器の評価について
私は呪文を打っている。
呪文を書いているわけでも無く、描くでも無い。この感覚は打つというものに近い。
自身に眠る『魔法の音』を、頭に着けた機器が感知し、黒い粒子を
この技術は今まで想像してこなかった、まったく新しいアプローチである。『魔法の音』が聞こえなくても呪文の生成が可能になったということである。
かつて、大工という仕事があった。私の祖父が大工であった。
大工の仕事というのは生活に必要な物を個人、または複数人で作業を分担し、手作業で行われていた。
木材を削り、形を整え、組み立てる。その工程の中に釘を打つというのがあった。
少しだけ穴を開けておいて、そこに釘を差し込み、指で釘を支えながら槌を用いて資材に打ち込む。
この
魔法は、かの大戦以前はただ、『力』と呼ばれていた。
世界から生み出された、自然の恵みを圧縮した世界の欠片である。
それを見出した者や、受け継いでいた者が、今で言うところの『魔法使い』である。
その時代において、魔法は現在ほど生活に根差したものではなかった。
それは呪文という概念が存在せず、魔法を理解して制御する術がなかったからである。
儀式、伝統、伝説。それらの為に魔法が存在しており、人の為に魔法があるというわけではなかったのである。
しかし、魔界大戦の最中に呪文師という存在が誕生したことで、魔法の価値は変わった。
我々、呪文師は音を聴く。魔法が奏でる音、そして、魔法の所有者たる魔法使いの音を。
その音を聴き、描き、形にすることで呪文が生まれ、呪文によって魔法を制御することが出来るようになったのである。呪文師が調律師と呼ばれるのはそれが所以である。
かつて、火の魔法を代々受け継ぐ伝統がある雪国があった。
その国の、とある一族に生まれる女性は、火を両の手から生み出す魔法を身に備わって生まれることがある。
その国は年が暮れる頃、雪に閉ざされる。
その国の周辺を覆い、人の出入りを禁じる特殊な雪、『隣魔干渉』が発生するのである。故に火の魔法が備わった人間に自由は無かった。
だが、呪文が生まれ、魔法への理解が深まるとそのような伝統は無くなった。火の魔法はその一族特有のものでは無く、多くの人の中に宿る可能性があることが分かったのである。
呪文を使用して、適性があれば同じように手のひらから火を生み出すことが出来た。そして、それは様々な伝統や悪しき風習を過去のものにして、魔法を人々が制御するに至ったということである。
これが、『魔法革命』であり、魔界大戦の引き金になったと私は考える。
閑話休題。少し話が逸れてしまったが、君が発明したこの
第二の魔法革命は私が生み出した。『詠唱』という技術である。
それまでの呪文は、呪文師が魔法の音を絵や書物に描き、『印』や『術式』と呼ばれる技術で使用されていた。
これは魔法を別の形に置き換え、我々がその魔法について理解を深めることで魔法と繋がり、使用できるという構造となっている。元々世界に存在していた魔法を分解して、理解することで同じ魔法を使用できるということである。
これが、第一の魔法革命によって生まれた呪文である。
その呪文に対して私は言葉という形でアプローチを図った。
つまり、音から形にしたものをもう一度音に変換することで、新しく魔法を生み出す研究である。
そして、これは成功した。印や術式を言葉として解釈し、意味を与えて『詠唱』を行う。そうすることで既存の魔法は形を変えて様々なものに応用することが可能になった。
『詠唱』の技術により、人々の生活は一変した。
魔法が生活の基盤となり、新しい労働力となった。先述した大工という職業は趣味へと変わり、釘を打つことが出来る職人はもう居ないだろう。
そして、呪文師という職業は王宮が争奪しあう程にまで成長した。
私は長年、呪文師として王宮に仕えて呪文の作成に携わってきた。
魔法を運用するには呪文が必須である。それだけは、魔法をどれだけ探究していっても変わらないだろう。
我が友よ。これは大いなる発明だ。
この機器は呪文文化を象形に立ち返らせ、人のうちに眠る魔法の可能性を広げる素晴らしい機器であるのと同時に呪文師という文化を消滅させたのだ。
今になって、思い出した。
あの日、初めて私が生み出した魔法は、君の父上の仕事を奪ったのだな。
王宮に召し抱えられたあの時、君も隣にいた。
頭に取りつけるのはそういう意味か。
なればこそ、私も新たなものを構築して見せよう。
魔法を探求する者として、呪文文化を発展させるものとして、新たな技術を持って、君の魔法を変えて見せる。
呪文博士 鴇色 大葉 @yohchance
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