あなたの荷物が届いています

渡貫とゐち

8番レーンで受け取ってください


「ばあちゃん、前に頼んでた荷物が届いたみたいだから取ってくるね」

「置き配だったのかい?」

「置き配じゃないよ。それ、昔の話でしょ?」


 ばあちゃんが若い頃はそんなサービスもあったみたいだけど、今ではすっかりとなくなっている。玄関前に荷物を置いてくれるサービスだと言うけど、普通に考えて怖くないのかな……だって、盗まれるかもしれない。


 荷物に個人情報も載っているし、昔の人はよくもまあそんなサービスを平然と受け入れられたものだなと思うよ。受け取る側の危機感がなく、配達する側への配慮もなかったみたいだ。……配達員も今では珍しい。


 だって、荷物は各地に点在している大きな倉庫に集められ、受け取る側が”取りにいく”のが普通なのだ。家で待っていれば届けてくれる……便利だとは思うが、危険も多く、配達員のブラック化も進んでいくばかりだったのだ。


 当然ながら、配達員が次第に減っていき、人手不足を今いる人で埋めようとするから、さらに人がいなくなっていくという悪循環に、誰も気づけなかった。


 いいや、気づいていながら誰かが埋めてくれるだろうと期待して、見て見ぬフリをしていた。その結果、依頼だけが増加し、誰も荷物を配達しなくなった。


 時間厳守、数時間の遅れすら許さない客、さらには厳しい駐禁(家の前に停めるな! と叫ぶ家主など)の障害もあり、町を駆け回ることが馬鹿らしくなった配達業者は、一軒一軒には届けなくなった――

 広範囲の地区をカバーしている大きな倉庫に、配達員(ドライバー)は荷物を配達するのだ。


 そして、荷物が届いたという通知を受け取った側は、自分の足で倉庫へいき、荷物を探して持ち帰る……それが今の時代の普通である。


 ヘルメットを被って自転車を漕ぐ俺は、そこそこ遠い倉庫へ向かってペダルを漕ぐ。

 倉庫を中心として地図に円が描かれ、その範囲内の住所へ届けられる荷物が保管されている。一応、倉庫の近くの住宅地が対象なのだが、円の端っこに住む人たちは倉庫までそこそこ遠いのだ。さすがに、電車で二駅の距離があるわけではないけれど、一駅分の距離はあると言ってもいい。都内二十三区内なので駅と駅の距離は近いはずだ。


 地方となると、一駅でも長いみたいだから、大変だよなあ……とゾッとする。


 車と並走しながら自転車レーンを走り、ペダルを漕ぐこと十五分……倉庫に辿り着いた。


 人が混んでいたが、まあ回転は早い。待ち時間は短いだろう。

 受付で、スマホで表示したバーコードを読み取り、指定されたレーン番号が表示されるので移動する。まるで空港で荷物を回収するように、ベルトコンベアに乗って段ボールが流れてくる。

 ここは小~中くらいの荷物が対象だ。大型の荷物となるとまたレーンが変わる。大型だと持って帰るのが大変だなあ、と思うが、当然、車できているだろう。


 荷物を待ちながら、大型荷物のレーンを見ると、ガタイの良い男たちが家具を抱えて車に運んでいた。

 ばあちゃんの若い頃だったら、手間と労力をかけなくとも家に直接届けてくれていた……、らしいのだ。

 目の前を横切る小物ではなく、大型の荷物であっても例外なく、玄関まで。中には部屋の中まで運んで設置してくれる業者までいたみたいなのだ。

 至れり尽くせりだった。……が、それも今はもうやってくれない。誰もやりたがらないのだ。


 接客がストレスになって、どこのコンビニも無人レジになったみたいに。


 たとえ大型の荷物であっても、直接家までは届けてくれなくなった。人手不足であり――それ以上にモチベーション不足なのだろう。

 親切を不満と文句で上書きしてしまったようなものだ。

 配達員ファーストであったなら、今でも配達員は荷物を家まで届けてくれただろうに……。


 ただ、ひとつだけ、引っ越し業者だけは例外だ。

 ただし、近隣トラブルが起きた時の対処のために、警察が数人出動する必要があるが。……もちろん、配達員を守るためである。


 この場合は、駐禁はもちろん取られない。……はずだ。だよな? じゃないとなんのための警察なんだって話でもある。


「お、きたきた――これだな」


 ばあちゃんのために通販で買った、腰痛に効く道具だ。限定20個だけが安くなっていたから思わず買ってしまった。

 割引中は通販の方が発見しやすく、実店舗だとなかなか見つけるのは難しい。見つけたら既に売り切れていた、が多いのだ。やっぱり割引に敏感な主婦層には勝てないなあ……。


 ベルトコンベアに乗って近づいてくる段ボールを抱え、リュックに詰める。

 リュックを背負って、俺は倉庫を後にした。

 駐輪場に戻り、自転車に跨って――帰路へ。

 膨らんだリュックは、まるで昔に流行ったフードデリバリーの正方形のカバンみたいだった。


「ばあちゃんにメールを……『帰る』、と。これでよし」



 急がず、慌てず、車道の隅っこを走る。

 横を追い越していく車に注意をしながら、家まで向かっていると、途中で事故現場を見つけた。追突事故らしい。

 横転はしていないけど、後ろから突撃された車が、大きく凹んでいた。既に警察が集まっていて、ふたりの運転手に事情を聞いているらしい。

 そんな光景が、既に短い区間で三件もあった。自然と警察の数も多くなってくる。


 ……相変わらず事故が多いな。全国的にだ。別に、俺が住む地区の治安が悪いわけではない。いや、良いとも言えないのだが……。とにかく事故が多いのだ。


 死者数こそいないものの――だが、いずれ死者だって出るだろう。

 それとも発表していないだけで実は死者は多かったりして……。

 警察は……というか上の人たちは色々と隠すからなあ……全てを包み隠さず言う必要はないけれど、言わないことが多いのも事実だった。


 問題が積み重なっていくと、便利だったものがどんどんと規制されていくことになる……やがて、公道から自動車がいなくなるかもしれない。

 365日24時間歩行者天国になる未来があるのかも? もっと言えば、嘘を吐き続けた政府は解体されるかもしれないし、文句が多い日本は、アメリカと合併することになるかもしれない。

 独特の文化は毒とみなされ、蓋を閉められる。

 人の手と足で家まで届ける、という職業そのものが消え去ったように、過剰な文句と厳しい交通ルールは、文化を跡形もなく消してしまう。


 日本を。


 そしてこのままだと、人間さえも。


 ばあちゃんが話してくれた『理想』の昔は、もう二度と戻ってこないのかもしれない。



 …了

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あなたの荷物が届いています 渡貫とゐち @josho

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