第17話 密談

 ……………………………………………………




 私は時計とこよみを確認する。

 ……担当将校殿は今日、平常勤務のはずだ。今の時間なら夜勤を終えて軍の自室で寛いでいることだろう。


 ────私は、自室に隠しておいた衛星電話を取り出した。


 これは緊急時にのみ使うことが許されている特別な連絡方法だった。軍の支給品ではなく将校殿が自前で用意したもので、軍組織にも秘密のものだ。無線を使っては、軍にもその交信内容が記録されてしまう。外交的に難しい判断を迫られる場合もあり、いたづらに軍を刺激しないためにも、必要があった時にはこれを使うようにと、彼から持たされていたものだ。

 それを使い、私はきっかり三回だけコールして通話を切る。


 ……数分後、向こうから呼び出しが入った。

 将校殿の側でも密談の準備ができた、ということだろう。無論、通話内容は暗号化されており外部に漏れる心配はない。私はひとつ息をついてから通話を繋いだ。

 これから伝えられる内容は……将校と私だけの秘密のやり取りとなる。


『全ては女神の思し召すままに……』

「この星の災禍無き行く末を願って……」


 二人で取り決めていた簡単な合言葉を伝えあって、お互いの真を確かめあう。


『……問題発生、という事かね?』

 小さな衛星電話から届く、聞き慣れた将校殿の声だ。


「はい。火急ではありませんが、内容的に難しい対処が求められる状況であると判断しました」


『ふむ……続け給え』


 ……付き合いの長い将校殿を謀っていたことに、今更ながら負い目を感じ心を重くするが、もう迷ってはいられない。意を決して、彼に打ち明けた。


「実は、二ヶ月ほど前……こちらで、漂流者と思しき一人の女性を保護しておりました」


『……そのような報告は受けていないが────つまり、君が秘匿していた……ということかね?』


「申し訳ありません、そのとおりです。……処分は、戻ってからお受けする覚悟であります」


『……まず、事情を聞こうか』

 将校殿は、それでも気にする様子もなく、そう促した。


「はい──。その匿った女性というのは、隣国の天華人民共和国の上級華族の三女に当たる人間です。本人が言うには、国と一族の思想に疑問を持つに至り、国を脱出してきたと」


『華国人か……なるほど。で、亡命を希望していると?』


「はい。……ですが、彼女自身には無用に事を荒立てたくないという希望もありました。聞くところによると、彼女は三女とはいえ家が政治的な要職にあるということで……亡命者が出たとなると、その一族にも累が及ぶことになるだろうと────」


『当然、そうなるだろうな』


「はい……。ですので、彼女の扱いは名目上『死亡した』という事にしてほしいのです」


 私の言葉の後、しばし間があった。


『…………お安くは無い、希望だな。上に受理されるかどうか……わからんぞ?』


「それは、彼女も理解しております。……対価の要求があるならば、ある程度は受け入れる覚悟だとも言っておりました。祖国の内情についての情報が欲しければ、可能な範囲で話す用意があると────」


 その言葉を聞いた将校殿は、疑問符とも取れる唸り声を微かに漏らした。


『積極的に祖国に背く、ということかね……? 俄には信じがたい話だな……。亡命が目的と言うが、現状……生活に困っていたわけでも命が狙われていた、というわけでもないのだろう? その女の真の目的は何だね? 私には、亡命を建前にした間者スパイのようにも思えるが────』


「その懸念は、もっともであります。私自身、疑わしい点が無いわけではありませんが……一方で、彼女にはこれ以上祖国に忠誠を誓う理由が無い……いえ、無くなったというのが、接見した私の結論なのです────」



 …………私は、彼女と出会ってからのことを、委細漏らさず彼に話した。



 私の話を聞き終わると、将校殿はどこか愉快そうな口調で話し始めた。


『……なるほど。君の気持ちは理解できるよ。彼の国の実態を知ってある程度の知見のある者なら、自ずとそう思わざるを得ないだろう。しかし大抵の場合は、これまでの経験と愛国心がそれを許さないものだ。が……その女性は、そうではなかったというわけか』


「はい。……決められていた結婚相手のこともあったのかもしれませんが、それを抜きにしても彼女の理由は納得できるものでした。なにより、彼の国を……いえ、世界を変える力があるとすれば、それは────」


『……踏み出す勇気を持ち得た者』


 私の言葉を待たずに、将校殿は答えを言った。


『──私も、例の本の愛読者だ。同好の士ともなれば、流石に見捨ててはおけないからねぇ。……まぁ、だからといって手放しで容認できる内容でもない、か……ふむ』


 それから暫くの間黙考していると思われる、彼の沈黙が続いた。


 ……時計の針が早朝に近い頃を指し示した時、彼は結論を導き出したように口を開いた。

『────やってみる価値は、あるだろう。……彼の国との関係は一筋縄ではいかないものだ。藁にも縋る思いというのは、外交関係者なら皆持っていることだろう。それを交渉材料に使えば、身分の一つくらい用意してもらえるだろう。死亡偽装に関しても──まぁ、得意な奴を知っている。頼んでみることにしよう』


 私は、その答えを聞いて、ほっとしていた。

「感謝いたします、少佐殿」


『なに、こちらにも益するものがあると思ったからだよ。しかし…………』

 そう言って彼は、少し砕けたような口調で言った。


『これでは……あの本は、ますます悪書扱いされてしまうだろうな、彼の国では』


 彼も共通の愛読書である『星の海の女神』……きっかけがそれと知れたら。


「心配せずとも、もう残ってはいないでしょう……例の焚書騒ぎで、あの国では一冊残らず燃やされてしまっているでしょうから」


 あるいは、彼女のように大切に隠し持っている者も少なからずいるのだろうか。

 もしいるのなら、守り抜いて欲しい。そして、読み継いで欲しいと願う。

 彼女のように、踏み出す勇気を持つ者を……導いて欲しい。


『……その女性の身柄は、直接私が引き取りに行こう。次の定期便に私が同行するという知らせを受けたなら、それがだ』


「分かりました。……ありがとうございます」


 段取りの手筈を整えて、私は長い通信を終えた。



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