第13話 上流と庶民
「「せーの……!」」
ばっ!
お互い同時に掲げたプラカード。
私の上げた札は『
対して、彼女の勢いよく掲げた札は『
「──はぁっ!?」
私の上げた札を見た彼女はあからさまに困惑の表情を浮かべている。
「ふぅむ……?」
対する私は、そういうものかという思いで僅かに口をへの字に曲げた。
「上級華族でも、めったに口にできない物ですよ!?」
そう言って彼女は『
「こっちでもいいくらいよ? 私の国では──」
そう言って彼女は、自国に於いてアイスクリームという物が如何に得難く高級で、魅惑の食べ物であるかを力説していた。
……ちなみにこのプラカードは彼女とゲームをするにあたって、堡塁の補修資材の中に含まれていたボール紙の余った切れ端を使って作ったものだった。
札の文字に関しては、双方の共用語で「贅沢」「庶民的」「ありえない」……と書けば良さそうなものではあるが──。わかり易い言葉だと、逆に直線的すぎる解釈で思考を狭めてしまう恐れがある。どちらでもない第三国の言葉を使い、敢えて直接的ではない表記にすることで解釈に幅を持たせ積極的に議論を深めるために、わざわざこうしているのだ。
彼女の言は理解できるが、我が国においてアイスクリームは極々一般的なものだった。その事を彼女に説明していく。
「……私の国では、どこの家庭でも冷凍庫に常備しているくらい一般的です。全く珍しいものではありませんし、無論それほど高価なものでもありません」
「じゃあ……ここにもあるの!?」
彼女は、がたっと音を立てて立ち上がり、私ににじり寄ってきた。
「い、いえ……流石に、ここには常備されてはおりませんが────」
私が両手を向けて押し留めそう答えると、彼女はあからさまにがっかりした顔をして再び腰を下ろした。
「そうなの……」
……どうやら、アイスクリームが食べたかったようだ。
「ですが、材料があれば私でも作ることはできます。今度の定期便が来る時に補給物資の希望リストに加えて…………あ────」
続きを言いかけて、私は思いとどまった。
次の定期便が来るまでには、彼女の処遇を決めておかなければならないのだ。彼女には……次など無いのである。
「はぁ、残念……。でも、あなたの国に行けばいつでも食べられるのね?」
「えぇ、まぁ……」
だが彼女は、別段気にした風でもなくそう答えて、それから自国事情の説明を続けた。
「私の国では、基本的に任地で生産できる材料でしか食料は製造できません。他は別な地方からの取り寄せになってしまいますし、舶来品だとなおさら────ええと……『
諸外国との取引に制限の多い彼女の国では、アイスクリーム一つ作るにも多大な費用と労力が必要なのだろう。地域によっては乳製品そのものが手に入りにくいのかもしれない。
そうして……ひとしきり議論を終えると、今度は彼女が賽を振る。
出た目に従って彼女が自分の駒を進めていく。とまったマスには……。
「「兵役」」
二人の声が重なった。
う~ん……これは、難しいな。
これがProletariatとかBourgeoisieという観点で論ずるものなのかは意見が分かれるだろうが、もっと広い意味で考え敢えてそこに当てはめるとして……。
見ると彼女も自分の
「……決まりましたか?」
「ええ、いいわ」
じゃあ、
「「せ~のっ……」
ばっ
彼女が挙げた札は、意外にも『
対して、私が挙げた札は『
……ここに帝国人がいたら『
というのも、帝国には兵役というものが無いらしく、海外から兵役逃れのために帝国に渡ってきて国籍を取得する者さえいるという。
「ブルジョワ……ですか」
確かに、彼女の立場から見れば軍というのは高級将校などの印象のほうが強いのかもしれないが────
だが、彼女の考えはそれとは少し違うようだった。
「……解釈が少し違うのかもしれませんけど、兵役らしい兵役を課せる国というのはかなり進んだ国だと思うのです。リカルドのお話だと、王国では全国民一様に兵役が課されるのでしたね?」
「はい、ある程度配属先は選べますが、基本的には全員がこれに服します」
我が国では原則として最低二年間は、全国民とも何れかの軍務に服し基本的な規範と行動、知識と経験を積ませられる。
私自身も、後方ではあるが国境警備隊の補給科に所属していた経験がある。拳銃などの扱いや体術はそこで身につけたものだ。
全国民が一様であることから、私はこれを
一方の彼女は、自身の国の事情について語った。
「……私の国では、全国民一様ということは基本的に不可能なのです。国土も広いですし、地方によっては使っている言語まで差異があります。もちろん、中央政府は平等と言い張っていますけど……。教育水準は地方によってバラバラですし、貧しい家の者は読み書きすらまともにできない者もいます。──よって、平民の長男と次男……くらいまでは勉学を受けさせられることが多いのですが、それは職業軍人にするための教育でもあるのです。教育の受けられなかった三男以降や女子などは……兵役ではなく徴用工として役務に服す方が多いのです──」
「なるほど……」
私は、顎に手を当てて黙考する。
我が国では、兵役期間のあとも続けて軍務に服す者も稀にいるが、どちらかと言うとそれは貧民層に多いケースだ。多くの場合は、兵役期間を終えると民間企業に職を求めそちらに就くことを選ぶ。確かに、学力の偏在がそれに影響しているという面もあるだろうが、そこまで顕著なものではないはずだ。
それらを踏まえると、たしかにこれは彼女の言う通り『
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