第12話 社会双六

 想像力を奪うということが、人間にとってどれほどの悪徳であることか。

 それは人間の尊厳にも等しい、手放してはいけないものでもあるはずだ。


 創作論の光と闇をお互いに話し、少ししんみりしてしまったように感じて、私は努めて明るく彼女に話しかけた。

「まぁ、私の本は気が向いたら読んでみてください。それより────」


 先日確認した彼女の持ち物の中に、すこし気になっていた物があった。

 日記帳のような、少し厚い帳面。題名が無いことから、白紙の記入帳なのだろう。


「──ロアンさんは、なにか自分で書いたりしないのですか?」

 

 自分の著作を見られたことで蛮勇が湧いたわけではなかったが、彼女にも同じ匂いを感じていた。たぶん、何かしら書いているだろうと目星をつけてのことだ。


「え、ええ……一応は。でも、とても人に見せられるようなものでは────」


「いいじゃありませんか、ぜひ見せてください。誰かに読んでもらうことで、書は一層輝きを増します。誰かの目に触れる機会があるのでしたら、生かすべきですよ」


 そう言いながら、自分に都合の良いことを宣っているとも思ってもいた。

 何のことはない、自分で書いた作品を読んでもらうための交換条件のようなもののつもりであったからだ。だが、純粋に彼女の書いたものを読んでみたいという好奇心もある。異国の地で育まれた文化性というものが、創作においてどのように作用するのか。それを間近に見てみたいという思いもあったのだ。


「で、では……明日にでも。なんだか……どきどきしますね、誰かに読んでもらえるというのは」


 そう。

 自作を誰かに見せる瞬間というのは、幾つになっても心が沸き立つものだ。


「──リカルドこそ、今も何か書いているのですか」

 照れ隠しのつもりなのだろう。今度は彼女の方から水を向けてきた。

 言いながら、私の机を目ざとく見つけてぐいぐいと迫ってくる。


「あぁ、これは……」


 今描いていたのは、「書」というのとはまた違う……私の趣味を凝縮したようなものだった。著作を見られるのとはまた違った恥ずかしさ、どきどき感を感じてしまう。

 

「これは……?」


 彼女は不思議そうな顔をして、その見たこともないであろう形態の書き物を見ていた。


 私は、描いていたものを手に取り、彼女に差し出す。


「これは、劇画というものです」

「ゲキガ……?」


 映像作品の製作の際に書かれる絵コンテストーリーボードのようなもので、コマ割りされたシーンの絵に台詞となる文章を充てて、見るものに脳内で映像を再現させることができる特殊な表現作品だ。これであれば、映像機材を持たない者であっても脳内に容易に場面を想像でき、本の形であるため何処にでも持っていける。そして、小説と違って読みやすいために子供でも容易に理解できるものだ。これであれば、たとえ言語が違ったとしても──文字が読めない者であっても伝わるものがあるだろう。


 それに……

 創作というのは貧富の壁を超えられるものであってほしいと私は願っている。映像機材はもちろんのこと、ちゃんとした書籍というのは今ではそれなりに値が張る。貧しい者は買うことはおろか、文字を習うことすらも出来ない。……だが、創作によって生まれた物語というのはそんな人達にこそ必要とされているものだ。

 この作品は、そんな私の思いが形になった様なものだとも思っていた。


「これは、帝国発祥の文化ですよ」


 そう言って、劇画という表現手法について彼女に語って聞かせた。彼の国では、一般的な小説以上に、劇画というものが広く流通しているという。帝国内で独自に発展を遂げた文化であったのだが、近年ではその魅力が広く伝わり、諸外国にも輸出されているという。


 そんな説明を聞きながら、彼女は食い入るように下書きに目を這わせて──

「あら……この台詞──これって」

 やはり、気付いたようだ。


「はい。これは『星の海の女神』を、劇画に描き起こしたものなのです。こうすれば、どんな国の子供であっても、この書に触れることができると思いまして……」


「素晴らしい考えですわ!」


 彼女は、その下書きを持って興奮している。

「あの本は、もっともっと世界に広がらなければいけない書物です。こうして劇画にすれば、きっと多くの人の目に付くでしょう──」


 そう言って、描きかけの劇画を捲っては感嘆の吐息を漏らしていた。

 


 ……………………………………………………



 彼女が私との議論を盛んに所望するようになってからというもの、私の夜の時間はその殆どを彼女に費やすようになっていた。もっとも、私自身そんな彼女との議論はとても興味深く……有り体に言って「楽しい時間」でもあった。

 彼女との議論は夕飯後に始まり就寝の時間まで──毎晩行われていた。


 最初は、島で生活していて感じたこと、ラジオや書物や私の書いた本を読んで彼女が疑問を感じたことに私が答えていく、という形式だったのだが……やがて彼女の興味の幅が広がり、それに付随して彼女自身の話す華国の文化というものに私が興味を惹かれるようにもなっていった。

 他にも、やはり娯楽の無いこの島でなにか彼女が楽しめるものを、という事情も加味し、やがて二人の議論の時間は一つの遊戯レクリエーションとして形作られていくことになった。


 ……彼女の国で子供の遊びとして行われている『双六すごろく』という物があるという。我が国の『P&P(進歩と貧困progress and poverty)』というゲームに似ており、サイコロを振って出た目の数だけ自分の駒を進めるものだという。

 その双六を応用したゲームの形式にて、私達は夜な夜なに興じているのである。だが、双六のようにゴールを目指すのが目的ではない。


 駒を進めるマス目には、二人それぞれが持ち寄った『テーマ』が書き込まれている。

 その数多くのテーマの中には……

 ・幼少期からの全国民義務教育制度

 ・自家用車

 ・公衆トイレ

 ・国民皆保険

 ・鉄道

 ・アイスクリーム

 ・禁酒法

 ・作業服

 ・旅行

 ・散髪

 ・参政権

 ……などなど


 自分の国では当たり前だと思っている「モノ」や「コト」、その中でも特に灯台島での日々の暮らしの中では得難い内容のものを無作為に羅列しておき、サイコロを振って自分の駒が止まったマスに書かれているテーマについてお互いがどのように感じるのかを提示し合うのである。そして自国の事情について解説し合い、その後で議論を持つのである────


 そして今宵……双六ボード上にある私の駒は、先程振った賽の目に従い『アイスクリーム』と書かれたマスに止まった。


「……じゃあ、いい?」

「いいですよ」


 目配せし合ったあと、お互い膝の上に伏せてあるプラカード三枚のうちの一枚を選んで、手に取る。そして……


「「せーの……!」」

 

 ばっ!

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