第6話 聴取
彼女はそう、意外なことも付け加えた。
……?
つまり、当面どこへも知らせるな、ということか。
承諾するしないは別として、これは些か判断に迷う要望だ。
しばらくは行動を起こさず、この島に滞在するつもり、ということだろうか──。
家出少女、というには少々大人びすぎているが、御婦人と呼ぶにはまだ若い。
私自身、不埒なことを考えていたわけでは無いが、こんな孤島に男女二人で過ごすことに抵抗は無いのだろうか。若い娘なら、一刻も早くこんな状況からは立ち去りたいと思うはず……。
亡命が必要となるほどの身の危険や切迫感は感じないが、やむにやまれず取った行動であることは伺える。
先程まで、面倒ごとは早々に身柄ごと軍に引き渡してしまおう、と思っていたのだが────些か、彼女に興味が湧いてきていた。
我ながら珍しいことだと思う。
こんな得体の知れない、自分とは明らかに生活水準の違う小娘と言っていいような彼女に、知的な関心が芽生えたのだから。
おそらく……今まで自分の周りにはいないタイプの人間だったからだろう。
直情的で幼稚で、自分勝手。そこまでならよく見たものだが、そこに青臭く真っ直ぐな、謂わば若き純粋さのようなものも感じ取れた。もちろん、それも珍しいわけではない。しかしそれは、単純に若さ故の世間知らずが生んだ拙い人間の一面でもあるだろう。
私が興味を惹かれたのは、かの独裁国家の上流階級にあって、ここまで真っ当な無知さを守っていられるものだろうか、ということだった。
彼の国の具体的な内情は、私も通り一遍の情報でしか知り得ていない。自分とは違う文化と風土に育まれた、混じり気のない未知の女性というものに、私は秘蔵書に抱くような好奇心を持ってしまっていたのだ。
「……わかりました。事情を話していただけるなら、お力になれることもあるはずです。連絡云々は一旦後回しにして、まずはお話を伺うことにしましょうか」
私はそう言って、運搬車から降りやすいように踏み台を用意してから、荷台上の彼女に手を差し出す。
「さあ、降りましょうか。とりあえず部屋に案内します。一応ですが、調書を取らないといけませんから…………あと、それも──」
そういって、拳銃を返すように促す。
彼女も、これ以上抵抗する意思も元気も無いのであろう。思い出したように、握りしめていた拳銃に目を落とし、それから素直に頷いてそれを手渡してきた。
────ちなみに、この拳銃には最初から弾を入れていなかった。
私の技術では急所を避けて上手に当てるのは難しく、脅し程度にしか使えないためだ。背負っている小銃の方の弾は持ってきていたが、こちらも装填はしていない。
そもそも、そんな荒事は御免だったしこれで誰かを傷つけるつもりもない。仮に相手が実力に訴えるような人間だったなら、私は潔く諦めるつもりでいた。
彼女を連れて、宿房と言う名の隔離部屋へと入る。
この灯台の基部はちょっとした基地のような作りになっており、こういった部屋も用意されている。軍でよく見る留置場よりは文化的な作りだが、設備的には大差ない。ラジオと、書き物などができる机、あとはベッドとトイレくらいしか設置されていない部屋だ。窓も小さいが付いている、無論格子付きではあるが。
一応、緊急時用の酸素吸入装置など最低限の医療器材も備えてはあるが、私の知識ではそれらをうまく運用することはできない。あくまでも気休め程度のものだった。
一番の特徴は、隣の小部屋から強化ガラス越しに対面する接見用の席と会話用のマイクが用意されていることだろうか。
この島は場所柄、穏やかではない侵入をされることも想定される。こちらの安全を確保した上で取り調べをしないといけない場合もあるので、そのためのものだ。……尤も、そんな相手をこの部屋にうまい具合に収容できれば、の話ではあるが。
幸いにして私がこの任に就いてから、そういったシリアスな出来事は起こっていなかった。せいぜい、航行不能になった船の乗組員が停泊を申し出た事があったくらいである。
そして今回、そんな場合が遂に起こったわけであるが──。
先程までの印象から、杓子定規な取り調べをしても真実を話してくれそうな雰囲気では無かった。ここは、変に高圧的にせずに関係性を構築して自分から話してもらう方が得策だろう。そのために、ガラス越しの別室ではなく敢えて同室に入り対面で質問することにしたのだ。
どうにもならなかったら、すぐに軍に連絡して引き取ってもらうこともできる。まあ、やれるだけやってみようと思ったのだ。
部屋の扉を施錠してから、彼女と斜めに向き合う形で席につく。
取り調べなら机を挟んで正対するのが普通だが、尋問しているように受け取られるのはよろしくない。変則的ではあるが、少し距離感を詰めた形で話させてもらうことにする。
聞き取りにあたっては、
「まず……」
名前を尋ねない訳にはいかないだろう。
「改めまして……私は、この島で連合王国の灯台管理官をしております。名は、コノリーと申します、リカルド・コノリー。リカルドでもリックでも、コノリーでも好きな呼びかたで呼んでください」
「……」
ほんの少しだけ、彼女が不満を覗かせたのが分かった。恐らく、名を尋ねるならまず自分から名乗れ、などと返答をする準備をしていたのだろう。明らかに、予定が狂ったような表情をしていた。先程までは殊勝な態度を見せていたが、改めて私と向かい合って……自身が上級国民である事を再び思い出したのだろうか。
上流階級とは謂わば資本家階級、支配者階級でもある。
自身と一族の権勢を維持するため、周りの人間を如何に従わせ如何にして利用するのか。そのための手練手管を幼少期から刷り込まれていることだろう。
身なりを見て、私を労働者階級の人間……格下の相手だと判断したのかもしれない。そしてその解釈は正しいが、彼女の脳裏に浮かんだ対応はあまりいいものではなさそうだった。
……仮に、取り調べ中に抵抗されたとしても制圧するのは容易いが、あまり手荒にすると関係性の構築に支障を来す。ここは彼女の好きにさせつつ、小出しにでも情報を引き出していくのが吉だろう。
私は、彼女に質問を始めた。
「では最初に、あなたの年齢ですが──」
「な、なんで……!? まず名前から尋ねなさいよ! いきなり年齢を聞くなんておかしくない?!」
半ば予想通りというか、いきなり不躾な質問をされて困惑していた。
「おや、これは失礼。では……お名前を、お聞かせくださいますか?」
彼女は、ぐっ……、と表情を渋くした。
自分が、手玉に取られてしまったことに気づいたのだろう。だが、抵抗は無駄だと察してくれたようで、彼女はため息を付き渋々ながら答えてくれた。
「……ロアン、──ロアン・ギルマンよ」
「では、ギルマンさんとお呼びしますね──」
すると彼女は首を横に振った。
「ロアンでいいわ……。家を捨てた私に、その
家を捨てた────
これは一つ、押さえておくべき重要な点であろう。
調書に名前を書き込んでおく。
取調べ中の音声は録音しているので、あくまでメモ書き程度のものだ。
「では……ロアンさんと」
「ええ」
……彼女は、自分について話し始めた。
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