第3話 灯台守
私自身は職業軍人でもなんでも無い、一般市民と同じ兵役を済ませただけの予備役扱いだが──私の父親という人物は、軍の上級将校だそうだ。その人物が愛人に産ませた子が……この私、というわけである。
尤も、その父親だという人物には幼少期に何度か会ったことがあるだけで、学生になってからは殆ど顔を合わせることも無かった。それでも、養育費はきっちり与えられており、私自身もそれほど不自由した記憶は無い。戦争の気配だけが漂う不景気なこのご時世にあっては、むしろ恵まれていた方であろう。
父親不在ということで学生の時分は幾らか周囲から浮いていた事もあったが、生来の性格もあり別段不満にも思わなかった。むしろ、余計な人間関係を構築せずにいられたということが、今の自分にとって多大に益しているということでもある。
まさか父は、これを見越して私をこういう境遇に育てたわけではなかろうが……。
そういった理由もあって、私自身は父親という人物に不満を持ったことは無かった。母親の方は、滅多に顔を見せない夫に時々愚痴のようなものをこぼすこともあったが、それでも女手ひとつで母子お互い捻くれもせずにここまで育ててくれたのだから、私にとっては良い母親であった。
そもそも、学生時代は全寮生活であまり接点が無い家族関係でもあったため、母親自身も深く私に関わってくることは無かった。私が寮生活を始めてからは、母親も人並みに仕事なんぞを探して自分のために使える小銭を稼いではそれなりに楽しく暮らしていたらしい。
私が周囲と潤滑に馴染めず、いっそ人のいない土地で働ける仕事はないだろうかとあれこれ職を探している時に、珍しく母親が助言してくれたのがこの仕事だった。愛人関係とはいえ家族という意識もあったのだろう。父親が、この仕事の担い手を探しているらしいと母が言うので、私はそれに名乗りを上げてみたのだ。もちろん、父親のことは軍には伏せて志願した。父親本人に口止めされたわけではなかったが、まぁ……進んで
私の性格と境遇はこの仕事に最適だったらしく、審査はすんなりと通過し、一ヶ月後には島行きの飛行機に乗せられていた。
世が世なら『島流し』とでも言われそうな沙汰だが、私はむしろ高揚感さえあった。どんな島かは聞いていたが、とにかく温暖で物資は潤沢に用意されており、生活に困ることはないだろうという。
唯一の泣き所が娯楽の欠如と孤独、その点に尽きるということだった。
島に着いてから一週間程度、灯台管理官の現場での業務説明を受け研修期間を終えると、私の上司でもある軍の担当将校殿はさっさと島間連絡機を呼び寄せて島を去っていってしまった。わからないことがあったら、いくらでも無線で質問して構わないと言い残して。
そういえばその時、肝心の前任灯台守の姿は最後まで見当たらなかったのだが……今になって思えば、「逃げ出した灯台守がいたらしい」というのは私の前任の事だったのではなかろうか。
それらを含め、随分いい加減な引き継ぎだと思ったものだが、なにしろやることが少ない上に問題になるのは業務ではなく孤独との戦いであるから、実際にやらせてみなければわからないということなのだろう。
────早い者なら一週間、長くても一ヶ月は持たずに助けを求めて来るのが定番だったらしく……三ヶ月の定期便の日を迎えるまで音沙汰一つ寄越さない私に、逆に将校殿の方が心配になったと見えて、頼みもしないのにわざわざ本人が見舞いに来てくれたことがあった。いつもより少し大きめの水上機で……こともあろうに、精神科医まで連れて。
島を訪れた将校殿とその部下、そして同乗していた医師を、私は島で釣った魚で作った干物と彼自身が餞別に置いていったワインでもてなした。灯台のボイラー室につながる通路は風通しが良く、毎日決まった時間にだけ日が差すので干物作りに最適だったのだ。
島での暮らしを満喫している様子の私を見て、呆気にとられていた将校たちだったが、精神に異常を来していた所見も見られなかったため、そのまま業務を続けて良いことになった。
つまりは、ここの灯台守としての『合格』を貰えたということなのだろう。
彼らが一様に、毎日の定時連絡や設備管理、航行船舶の監視など本命の業務の方を一切気にもしていない様子だった事が、私には酷く可笑しかった。まぁ、実際難しい仕事でもない。これができないようならそもそも社会不適格者ということであろうから。
以来十年にもわたって、私はこの島で灯台守を務めていたことになる。
もちろん任期継続期間は、歴代最長を更新中だという。
………………………………
夏になると、いささか天気の荒れる日が多くなる。
天気が荒れると、外に出るのも難しい。
絶海というほどではないが孤島のため、風を遮るものは何も無い。島の長い歴史の中で一応の生態系のようなものもできており、樹木などは適度に生い茂っていたが、風に絶えず煽られるためか、背の高い樹などは自生していなかった。小さな昆虫と、たまに訪れる海鳥たちが、数少ない島の住民である。
時に風速50mにもなる嵐が吹き荒れることがあるのだが、先人たちが作ったこの灯台はとにかく頑丈だった。それに、灯台の基部には堡塁のような構造の管理棟が併設されており天候で不安になることなど一度たりともなかった。吹き付ける風雨の中、それでも何事もなかったように光を放つガス灯の光は、夜の闇の中でも頼もしかった。灯台の建っている場所が直接波を被るような場所ではなかった事も安心材料だった。これが一日中荒波にさらされるような波打ち際であったなら、さすがの私も平静ではいられなかっただろう。
風浪が強い日は、灯台の基部にある地下室に籠もって嵐をやり過ごす。そこは地中にあるため、外界とは隔絶された静けさだった。どんな嵐の日でも、何の不安もなく過ごせたことは幸いであっただろう。
しかし、日中の監視業務では少々困ることもあった。
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