第3話


 私は、店の奥で俯いて新聞を読んでいる、つややかな黒髪を小粋モダンな束髪に結い上げている女のところに黄色の風鈴を提げていき、「この風鈴にはなにかいわれとかあるんですか?」と、思い切って尋ねて、自分の不可思議な体験を打ち明けた。


「ああ…」女は、銀縁眼鏡の奥の、涼しげな大きな目をしばたかせて、ちょっと微笑んだ。


「あんまりにも、風鈴の神秘な”美”に魅せられて、凝っと眺めすぎたんですね。風鈴の高周波数の音が触媒になって、あなたのスピリットが、離魂病みたいに、異空間に攫われてしまったんです。それで、時空間の軸に乱れが生じて、エアポケットから不意に現れるみたいにあなたの主観がタイムリープしたんですね」


「えーまさかそんな荒唐無稽なこと?ありえますか?この風鈴を作ったのはどういう人なんですか?」


 私は、怪談話でも聞いたように、ぞわっと肌に粟を生じている感じになった。つまり、慄然としたのだ。


「これを持ってきた人はね、人間とは思えないくらいに”異形”でした。気が付くと不意に私の前に立っていて、お金を受け取ると、さっと掻き消えたんです。本当にぞっとしたわ」


「へーそりゃ完全にオバケですね。持ってきたのは風鈴だけですか?」

「虹の数の7つの色の風鈴と…よくわからない昔の言葉で書かれてる、説明書というんかな、注意書き?みたいなものがついていたわ。結局ほとんどわからなかったけど…あんまり見つめすぎないように、とか壊したりすると何が起こるかわからないぞ、みたいな警告みたいだった… で、私も、真紅の風鈴が綺麗だから、よく眺めていたのよ。で、やっぱり、時空間を移動するような、イロイロ変なことが起きて…あのトリセツみたいなのを細かく読み直してみたら、単なる風鈴じゃなくて、さっきみたいな原理のなにからしくて…でもね、もう気味が悪いし、手放してしまおうって思って、今日店先に吊るしたところだったんです」


「ふうん…結局その人って、誰だったんでしょうね?」


「だから、時空間を移動できるような、異次元の超文明から紛れ込んできたのかな?

で、行動原理とか発想も異質で、わたしたちの理解を絶しているのかな?」


… …


 風鈴の話が縁で、話し込んでいた私たちは、そのうちに、お互い同士がすごく相性が良くて、唯一無二の存在であることに気が付いていた。

 私たちは結ばれ、私はその古道具屋の店主になった。


… …


 その後、その注意書きを、私は、苦労して逐一すべて解読して、7つの風鈴が一種の”時空間移動装置”であることを突き止めたのだ…だが、瑠璃色の風鈴が壊れてしまった今、完全な動作は不可能だった。


 その全部は、7つをまとめて、「華麗なる色彩と珠玉の音色の夢幻のハーモニー」というような商品名のついている、どうやらその別世界の、幼児用のおもちゃらしいのだった…


<Fin>

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掌編・『風鈴』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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