第3話 メインヒロイン「四季桜」たち

「それで今日も遅刻寸前って、本当にどうしようもないわね。小春はあんたのママじゃないのよ?」


 昼休み、ギリギリで教室に滑り込んだ俺を初手から正論パンチで殴りつけてきたのは、茶髪をツインテールに結わえた、切れ長の吊り目が活発的な印象を与える美少女──西條さいじょう千夏ちなつだった。

 例によってこいつも俺こと𣜿葉京介がクソボケ鈍感ムーブをかましているうちに真の主人公である真中一季にNTRされる運命にある女だ。

 それはともかく、初手から人を正論で殴りつけるのはどうなんだ。


「耳が痛い」


 遅刻しそうになったのは百パーセント俺が悪いとはいえ、有史以来正論が人を幸せにしたことはないんだぞ。


「ふんっ、当然よ。小春もなんか言ってやったら?」


 俺の隣に座って弁当を広げている小春を一瞥して、千夏はわざとらしく細い肩を竦めた。


「えー? 京介のことを起こしに行くのって半分ぐらいわたしの日課みたいなもんだし……今更気にすることもないじゃん?」

「気にしなさいよ! 普通は年頃の女の子が男子の家に上がり込むのって、こう……とにかく気にすべきことなのよ!」


 途端に顔を真っ赤にして、千夏はボキャ貧全開で叫ぶ。

 耳年増なところがある勝気な女の子、という造形通りのリアクションだ。

 どこ吹く風といった様子で箸を手に取る小春に対して千夏は、頬を赤らめたまま、ふんっ、とこれまたテンプレなリアクションと共に目を背けた。


「そう怒らないでくれよ、千夏。小春も善意でやってくれてることだしさ、これでも感謝してるんだ」

「……は? 感謝?」


 俺の口から飛び出した言葉が予想外だったのか、千夏はきょとんと目を丸くして小首を傾げる。


「キョースケが感謝するって、今日はなに? 雪でも降るの?」

「残念だが今日の天気は終日晴れだよ」


 スマホの天気予報を見せつけて、俺は目を白黒させている千夏へと現実を突きつけた。

 つい今朝も似たような反応されたばかりなんだよなあ。それに、四月の真っ只中に雪なんか降ってたまるか。

 そもそもどれだけ愛想がなかったんだよ、俺は。だからNTRされたのだといえば、それまでだけどもさ。


「なんか気持ち悪いわね」

「当たり前のことを当たり前だと思わないようにするって決めたからな」

「ふーん……殊勝な心がけじゃない」

「それとも小春の代わりに千夏が起こしにくるか?」


 ははは、とわざとらしく肩を竦めて煽りを入れると、瞬間湯沸かし器のように再び顔を真っ赤にして、千夏がそのツインテールを逆立てる。


「ば、バッカじゃないの!? あたしはあんたのママでもなんでもないんだから、そもそも自分で起きれるようになりなさいよ!」

「それはそうだな」

「えー? 京介が自分で起きれるようになったらわたしは朝になにすればいいのさ」

「もー!」


 小春は意外とモーニングコールを届けにくることには乗り気だったらしい。

 ちょっと不機嫌そうに唇を尖らせて、千夏に文句を語っている。

 こんな幼馴染に毎朝起こしてもらって感謝の一つもしてこなかった主人公がいるらしいな? ひどいやつだ、俺のことだけど。


「はろーやーやー、きみたちは今日も仲がいいね。ところでぼくも机をくっつけてもいいかい?」


 千夏と小春との間で盛り上がっていると、どこか飄々とした口調で、弁当を乗せた勉強机を持った、天然のウェーブがかかった赤毛に、ハイライトが消失している金色の瞳というこれまた美少女が近寄ってくる。


「ああ、秋穂か。構わないけど」

「ふふっ、それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうとするかな」


 白衣が似合いそうな、どこかミステリアスな雰囲気を纏っているこの美少女こと南野みなみの秋穂あきほもまた、当然の権利のように一季にNTRされるヒロインの一人だ。

 確か廃部寸前の天文部を巡ってのトラブルで、俺は秋穂に愛想を尽かされるんだったか。

 あの辺は正直プレイしていてつらかったな。


 小春と千夏に愛想を尽かされ、余裕をなくしていたときなのもあって、京介は冷静に物事が見られない状態だったのだから。


「誰が仲良しよ!」

「きみと𣜿葉くんだが?」

「そ、そんなんじゃないわよ、あたしとキョースケは!」

「へえ?」

「なによそのニヤケ顔!」

「へー?」

「小春まで悪ノリすんな!」


 全方位に渡って弄り甲斐の塊みたいな千夏は、小春と秋穂に翻弄されてもう耳まで真っ赤だった。

 流石に可哀想になってきたな。

 ちょっと仲裁してやるか、と弁当を食べる手を止めようとしたときだった。


「……ち、千夏おねえちゃんを、い、いじめないで……ください……」


 今にも消え入りそうな、ぼそぼそとした囁き声が、千夏の背後から聞こえてくる。

 おずおずと顔を半分だけ出してびくびくとしている、雪色の髪をした翠色の目が美しい、この小柄な女の子もまた、「君に咲く四季」のヒロイン──北見きたみ真冬まふゆだった。

 小柄でありながらも出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいて、気弱で引っ込み思案。庇護欲をこれでも唆る設定だ。


 まあ、例によってこの守護まもらねばならぬ、と多くのプレイヤーを公園最強の男にしてきた真冬もまた、一季にNTRされる運命なんですけどね。人の心とかねえのか。


「ごめんごめん、千夏っていちいちリアクションが面白いからさぁ」

「そうだね、小春の言う通りだ。まるで万華鏡だよ」

「褒めてるようでそれ思いっきり馬鹿にしてるわよね、秋穂?」

「あ、あぅ……喧嘩……しないで、ください……真冬が、謝りますから……」

「いや、真冬が謝る必要はないんじゃないか?」


 特に悪くないのに謝罪を申し出るネガティブな性格も一部のファンの心を掴んで離さないのが北見真冬というヒロインだったが、この子に対して俺は強引に関係を迫った結果、拒絶されてNTRされるんだ。

 余裕をなくした末の行為だとはいえ、擁護する余地が全くない。

 今世じゃそんなことが起きないよう、真っ当に生きねばという決意が一層固くなったね。


「……あ、ありがとう、ございます。𣜿葉さん……え、えと。その。真冬も、一緒に……」

「ランチなら大歓迎だ、千夏の隣、空いてるぞ?」

「……はい、っ……!」


 俺の前に腰掛けている千夏の隣は、いつも真冬の指定席になっている。

 ぱあっと笑顔の花を咲かせて、ちょこんと着席するその姿は、まるで小動物が巣穴に収まるかのようだった。

 やっぱり、俺が守護まもらねばならぬ──恋愛関係なんて一季に任せようと決めたのに、そんなことを考えてしまうぐらいには。


「今日も𣜿葉のやつ、『四季桜』に囲まれてて羨ましいなぁ……」

「ちくしょう、前世でどんな徳を積んだらあんな……!」

「許せねえ、許せねえよ……!」


 ふと教室の隅っこに目を向けると、そんな怨嗟が聞こえてきた。

 まあ、踏み台とはいえ仮にも主人公だからな……と、説明したところでわかってもらえるとも思えないから聞こえなかったことにする。

 ちなみに「四季桜」というのは小春、千夏、秋穂、真冬を引っくるめてのあだ名みたいなものだ。


「ふふ……今はそうやってぬくぬくとしていればいいさ、𣜿葉京介……!」


 怨嗟響どよめく教室の隅で、怪しく目を光らせている男がいた。

 だが俺は、そいつも意識の外に追いやっていたことで、忘れていた。

 そいつこそがこの「君に咲く四季」の真の主人公、真中一季なのだと。

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NTR鬱ゲーの噛ませ犬に転生した俺、普通に生きてただけなのに、陽キャ・ツンデレ・ミステリアス・清楚系なヒロインたちから激重感情を向けられています 守次 奏 @kanade_mrtg

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