人魚姫は日本酒がお好き
石動なつめ
人魚姫は日本酒がお好き
この世界には、いわゆるファンタジーの世界の住人達が存在する。
何年か前に異世界から移住して来た彼らは、最初こそお互いに戸惑っていたものの、今ではすっかりと馴染んでいた。
例えば、リザードマンだ。
商店街の一角に店を構え、異世界から持って来た道具や、こちらで作った道具を売っている。
例えば、コボルトだ。
僕が知っているのは小学校の用務員になったコボルトだが、その容姿から子供達に大人気だ。
しかも異世界はこちらよりも危険が多いらしく、先日現れた不審者を難なく撃退して新聞に載っていた。
他にも、エルフやバードマン、ドワーフ等、様々な種族がやって来ている。
僕もゲームは良くやっていたので、初めて見た時に、相手が何の種族なのかは分かったが、それでもやはり驚いた。
そんな僕の会社にも、そう言ったファンタジー世界の住人が働いている。
僕の会社は海や川のレジャーグッズの開発と製造、販売をしている。
その同僚にいるのが、人魚だった。
人魚と聞いてテンションが上がったのは、きっと僕だけではないはずだ。
儚げな容姿に、露出の多い服装、煌びやかな鱗の足。
どんな人魚と一緒に働けるのだろうかと、僕はワクワクした。
そして出来ればお近づきになれたらいいなとも思ったものだ。
――まさかその人魚の女性と、彼女のヤケ酒に付き合うような仲になるとは、その時は思いもしなかった。
「生臭いって! 生臭いってえええええちくしょおおおおおおお!」
人魚の島田さんはびちびちと魚の足をばたつかせた。
その度にタライの水が跳ねて僕に飛んでくる。
これが冬だったら、きっと僕の足は氷柱になっていた。
島田さんは女性の人魚である。
ふわふわした金髪を後ろで一つにまとめており、大きな目は深い海の色を宿している。
服装はスーツを着ているが、それでも良く似合っていた。
彼女は僕と同じ商品開発部に所属している。
人魚の視点から見た意見は、人間の視点では考え付かないようなアイデアも多かった。
人魚と人間の意見を合わせて、遊び心と安全面、かゆい所に手が届くようなレジャーグッズとして出来上がり、お子さんを持つ主婦の皆様に好評だ。
おかげで最近の業績は鰻登りである。
美人で仕事もできる。これはさぞかしモテるのだろうと僕は思っていたのだが、どうにも彼女はその真逆のようだった。
「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」
「ちくしょー! ちくしょー! だって人魚なんだもん! 人魚なんだもん! これでも香水いっぱいかけていったのにいいいい!」
生臭いって言われた原因ってそれじゃないだろうか。
そうは思ったが、僕は口を閉じた。
余計な事は言わないのが、長い長いサラリーマン生活で僕が身に着けた処世術だ。
そもそも人魚の女性相手に生臭いなんて言う男は、付き合わなくて良かったんじゃないかとも思うけれど。
島田さんはモテる事はモテるのだが、付き合ってはフラれるというよりも、その前に何度か食事をしたり遊びに行ったりする段階で、外見と中身のギャップに男の方がショックを受けて離れて行ってしまうらしい。
まぁ、それは見た目だけで夢を見た男が悪いのだが、島田さんも島田さんで、出会って直ぐに「これが運命の人だ!」と張り切り過ぎてしまうのも、問題なのではないかなと思った。
日本酒をぐいと煽ると、島田さんは真っ赤な顔でべえべえ泣きながらテーブルに突っ伏した。
ふと気が付けば、日本酒の徳利がすでに10本目に突入している。
…………やべぇ、財布へのダメージがマッハだ。
飲みに行くときは基本的に割り勘である。
僕もお酒は飲むけれど、それでもせいぜいグラスに4、5杯程度だ。
そして飲みながら時々思うのだ。
お酒は飲んだ分は別会計でお願いします、と。
こうなれば、僕がやる事は一つしかない。
島田さんを何とかなだめて、早々に店を出る事だけだ。
「島田さん、人魚の彼氏とかはダメなんですか?」
「2人が人魚だと、働き口の問題で経済的に厳しい」
「ソウデスカ……」
僕が尋ねると、島田さんは真顔になって答えてくれた。
確かにそうだ。
人魚は水から離れられない種族である。
海辺の町ならば漁師として生活すれば良いが、そこから離れた都会の町だと、なかなかそうも言っていられない。
引っ越すにもお金がいるし、なかなかどうして、上手く行かないものだ。
「それに、やっぱり好きになった人と一緒になりたいもの……」
そう言って島田さんは目を伏せた。
うるうると青色の目が涙で揺れる。
正直、こういう姿は僕でもどきっとする。
何せ島田さんの容姿は、小さい頃に読んだお伽話の人魚姫ととても良く似ているのだ。
儚げなその表情を見てしまうと、思わず「僕でどうですか!」と言ってしまいたくなるのだが、割と直ぐにその気持ちは砕かれる。
「ちくしょおおおおおおおお日本酒もっと持ってこおおおおおおおい!」
これである。
生臭さよりも何よりも、島田さんはお酒の量を何とかした方が良いと思った夜。
軽くなった財布と、酔っぱらって眠った島田さんを背負い、水を捨てたタライを手に持った僕が居酒屋を出たのは、閉店ギリギリの時間だった。
大体いつもこのパターンで飲みに行った日は終わる。
ぐでんとした島田さんに苦笑しながら、僕もいつも通りの一言を島田さんの寝顔に向けて言った。
「島田さん重いです」
びちびちと魚の尻尾で叩かれた。
島田さんが落ち着くまでこれが続くのかなと思いながら、それでも少し――本当にほんの少しだが――悪くはないかと思う自分もいるのだった。
人魚姫は日本酒がお好き 石動なつめ @natsume_isurugi
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