第2話
「ステラ様、とてもお綺麗ですよ」
私は今、マーサさんの手によってとんでもなく豪勢に着飾られている。純白のドレスにダイヤがふんだんにあしらわれたネックレスとティアラ。さすが国王の妻、という感じだ。
今日、ルーカス様と私の結婚披露パレードが行われる。国王が結婚したのだからお披露目するのは当たり前だが、かなり不安だ。
なにせ私は数ヶ月前までこの国と戦っていた敗戦国の姫なのだから。国民からよく思われていないかもしれない。この王宮にいる人たちは皆よくしてくれているが、それは仕事としてだろう。
この国に来てから初めて公の場に出る私はかなり緊張していた。
アトリア国とクライモア王国はクライモアの前王の時代までは友好的な関係を築いていた。
だが前王が亡くなりルーカス様が王になると、アトリアとの長年に渡る違法貿易、不当廉売、人身売買など様々な問題が明るみになり、アトリア国へ改善命令を出した。そしてそれをはねのけたアトリア国はあろうことかクライモア王国へ戦をしかけた。
アトリアがクライモアに勝てるはずもなく、国王であった父は処刑され、私はルーカス様と結婚したのだ。
私はルーカス様と一際大きな儀装馬車に乗り、周りを騎士たちに囲まれながら城を出発した。視界の先には既にたくさんの人だかりが出来ている。
「緊張してる?」
「はい」
「大丈夫だよ。ステラの心配することはなにもないよ」
大丈夫だと言いきるルーカス様に、どこからそんな自信が湧いてくるのか疑問に思いながらも馬車はどんどん進んで行き、あっという間に街のメインストリートに出た。
沿道に溢れかえる人たちは皆笑顔でこちらに手を振っている。
「ステラ、笑って」
ルーカス様に言われ、にこりと微笑む。そして胸元で控え目に手を振ると大きな歓声が上がった。
「ルーカス様、ステラ様、ご結婚おめでとうございます!」
「お幸せに!」
口々に聞こえる声に国民全員が私のことを歓迎してくれているようだ。
思ってもみなかった待遇に自然と頬が緩んでいくのを感じた。
その日の夜も、私とルーカス様はベッドの上で語り合っていた。
「私、あんなに歓迎されているとは思っていませんでした」
「この国の人たちは皆僕が幼い頃からステラを好きなことを知っているからね。やっと想いが実ったのだと喜んでくれているんだよ」
「幼い頃から好き?」
それは初耳だ。『囚われの星姫』で私が読んだところまでに二人の幼少期のことは描かれていなかった。
「ステラは僕たちが出会った時のことを忘れてるんだね」
忘れているというか、私は知らない。ルーカス様の寂しそうな顔になんだか申し訳なくなる。
「すみません」
「ううん。僕たちが出会ったのは僕が父について初めてアトリアに行った時だよ」
ルーカス様はその時のことを話してくれた。
◇ ◇ ◇
ルーカスが十歳、ステラが五歳の時、クライモアとアトリアの国家交流として当時のクライモア国王と王子のルーカスがアトリアの王宮を訪問していた。
ルーカスとステラは互いに紹介された後、子どもは子ども同士何処かで遊んでいなさいと言う父たちの言葉通り二人で王宮内を歩いた。
「王族ってほんとめんどくさいと思いません?」
さっきまで大人しかったステラが急にそんな悪態をつく。
「まあ確かに大変だとは思うけど」
「この国では王族は王宮で教育を受けることになっていて学園へ通うことも出来ないのです。ここから出ることも出来ないしお友達だってできない。私はもっと自由に生きたいのです」
ルーカスは自由に生きたいと言う五歳の少女に、その強い眼差しに見惚れていた。
「どうせろくに恋も出来ずにお父様に言われた人と政略結婚して好きでもない人と一生を過ごすのです」
自由に生きたいって恋がしたいってことか。可愛いな。
拗ねたように口を尖らせるステラに、ルーカスはそんなことを思った。
「僕がいつか君を自由にするよ」
「え、どうやって?」
「僕が迎えに来るよ。ここから、この国から連れ出してあげる」
「それは凄く楽しみですわ! 待っています」
それが幼い頃ルーカスとステラが交わした会話だった。
◇ ◇ ◇
「僕はステラをお嫁さんにしてあの国から連れ出すつもりだった」
そんな頃から妻にするつもりだったとは驚いたが、きっとステラはそうは思っていなかったのだろう。国から連れ出してくれることと結婚することはイコールではない。
「十二歳になって学園に入学する時、代表挨拶で『アトリアのステラ姫を妻に迎え立派な国王になります』て言ったんだ。父は呆れていたけどそれで国民には僕がステラに想いを寄せているって周知されたんだよね」
「そうだったのですね」
「こんな形だけど、ステラと結婚できて僕は幸せなんだ。ただ、君の父上を殺めてしまったことは申し訳ないと思ってる。でも、そうしないと君の命が危なかったんだ」
「私の命が?」
父はルーカス様が私に想いを寄せていることを知っていた。戦には勝てないとわかっていた父は私の命と引き換えに降参することを要求していたのだ。
降参しなければ私を殺すと。それでルーカス様は父を捕らえ直ぐに処刑したのだそうだ。
「これが本当にステラのためだったかはわからない。でも、僕は今こうして僕の側にいてくれる君をこれから幸せにしたいと思ってる。君を、愛してるんだ」
「あ、りがとうございます……」
ルーカス様の一途な想いが嬉しかった。でも、それ以上に虚しくなった。ルーカス様はステラのことが好きなんだ。私じゃなくて本当のステラのことが。
目頭が熱くなるのを感じぎゅっと目を瞑る。
ねぇステラ、どこにいるの? 戻っておいでよ。ルーカス様はあなたのことを愛しているし、必ず幸せにしてくれる。だから、戻っておいで。
心の中で呼び掛けても返事はない。
そうしているうちに涙が次々と溢れ出す。
「ステラ? どうしたの?」
「ルーカス様、私はあなたの好きなステラではありません。あなたに愛される資格などないのです」
ルーカス様は声を震わせる私の頬にそっと親指を這わせ涙を拭う。
それでも次々溢れる涙で滲んだ先のルーカス様は、どんな表情をしているかわからない。
「確かに君は以前のステラではないのかもしれない。でも君は僕の好きなステラだよ。今、僕が愛しているステラだ」
「ルーカス様……」
「今のステラは僕のことどう思ってる?」
私は、私の気持ちを告げてもいいのだろうか。
ねぇステラ、私があなたの代わりに幸せになってもいいのかな。私が愛されてもいいかな。
窓の外の木々がそよいだ。私の中にいるステラが笑った気がした。
「っ私も、ルーカス様を愛しています」
ルーカス様は嬉しそうに微笑む。
そして私の頬を優しく包みこみ、そっとキスをした。
転生した瞬間初夜の最中だった私は場を引き延ばし若き王と愛を語らう 藤 ゆみ子 @ban77
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