転生した瞬間初夜の最中だった私は場を引き延ばし若き王と愛を語らう

藤 ゆみ子

第1話

 

 ステラ姫は無言でルーカス王を見上げている。


「ステラ、ステラ……」

「……」


 金髪碧眼の美しい若き王に組敷かれ名前呼ばれても、黙ったままただその行為を受け入れていた。



 私は今、ベッドに仰向けに寝転び、スマホで電子漫画を読んでいる。


『囚われの星姫』


 田舎の小国アトリアが隣の大国クライモアとの争いに敗れ、アトリアの姫が実質人質としてクライモア王に嫁入りするお話。

 というあらすじが気になりこの漫画を読み始めたが、現在アトリアの第一王女ステラがクライモアの国王ルーカスと初夜を迎えているシーンだ。


 この「……」ステラは何を考えてるんだろう。

 優しくしてください、とか? もしかして気持ちい――ではないか。

 この三点リーダーが、私の妄そ、想像を膨らませる。


「助けて」


 んっ? どこからか声が聞こえる。


「お願い助けて」


 そう聞こえた瞬間、手に持っていたスマホが目を開けていられないほど強く光り出す。

 私は咄嗟に目を閉じた。


 目を閉じていても感じるほどだった強い光が収まっていくのを感じる。

 私はゆっくりと目を開く。


 すると目の前には金髪碧眼の美しい、裸の男性がいた。

 そんな彼に組敷かれている私も裸だ。彼の右手は私の顔の横にあり、左手は内腿を撫でている。

 そのリアルで生々しい感覚に体が跳ねる。


 ひぃっ!!!!


 声にならない声をあげ、私は急いで彼の腕の中から抜け出しシーツを掴むと体を隠す。


「ステラ?」

 

 彼が私のことをそう呼ぶ。

 ステラ……? ステラ……。そうだ、私はさっきまで『囚われの星姫』を読んでいた。そして今目の前にいる金髪碧眼はのクライモアの王ルーカス様だ。

 どういうこと? 何が起こった? もしかしてこれが、物語によくある転生というやつなの?!

 ということは私はステラに転生したということ?!


 いやそれよりもこの状況。いくらちょうど読んでいたとはいえ、いきなり初夜の最中に転生するなんて!


 挙動不審な私にルーカス様は手を伸ばしてくる。


「ステラ、さっきまで何も言わずに僕を受け入れてくれていたのに」


 私はその強い力に抗うことができず、またルーカス様に組敷かれてしまった。

 シーツを剥ぎ取られ温かな手が柔らかな膨らみに触れる。


 ひっ!!!!


 思わず声が出そうになる。本当のステラはこんなことをされて無表情で黙っていたなんて信じられない。

 そう言えばあの時「助けて」という声が聞こえた。あれはステラの声だったのだろうか。

 確かに、自国を滅ぼされ人質として連れて来られた国の王と、だなんて受け入れがたいものがある。

 何も言わずに受け入れていたのではない、声をあげることもできず、苦しんでいたんだ。

 彼女の心の叫びが、私が転生した理由なのかもしれない。

 だとしたらやるべきことは――。


「あのっ! ちょっと待ってください!」


 なんとかして行為を中断しないと。

 私はルーカス様の腕を掴みそっと体から離す。


「どうしたの?!」

「その……少し、お話しませんか?」

「お話?」


 ルーカス様はひどく驚いている様子だ。それもそう、ステラはクライモア王国に来てから一度も言葉を発していない。


「だめ、でしょうか?」

「いや、そんなわけないよ。話をしよう」


 ルーカス様はあっさり提案を受け入れてくれた。

 そして意外だったのはルーカス様が穏やかで優しい顔を向けてくるということ。

 ここまでの話はアトリアとクライモアの争いを描いていて、ルーカス様はアトリアの王を冷徹非道に断罪する。

 まるで恐ろしい人物のように描かれていたが、今目の前にいる彼は嬉しそうに敵国の姫である私に笑いかけている。


「さて、なんの話をしようか?」


 服を着ることはせずベッドに並んで横になり、ルーカス様はこちらを向いている。


「えっと……なにを話しましょうか?」


 話をしようと言ったものの話すことは特にない。

 とにかく行為を中断しなければと思っただけだ。


「僕はステラの可愛い声が聞けて嬉しいよ」


 ルーカス様は甘い言葉をかけてくる。こんなキャラだったなんて聞いてない。

 私は思わず聞いてしまった。


「ルーカス様は私なんかを妻に迎えてよろしかったのですか?」

「ステラ……」


 ルーカス様は悲しそうな表情になる。そして話をしようと横になっていたのにまた私に覆い被さってきた。


「えっ、いやルーカス様!」

「何もしない。抱きしめるだけ」


 そう言って私をぎゅっと抱きしめる。その後は抱きしめられるだけで本当に何もなかった。

 私はその素肌の温かさに包まれ、経験したのことのない安らぎを感じながら気が付くと眠っていた。



 目を覚ますと、ふかふかのベッドに高い天井、服を着ていない自分に昨日のことが夢ではなかったのだと告げている。

 ベッドにルーカス様はいない。私は起き上がると姿見の前に立つ。

 シルバーブルーの長い髪、赤い瞳はアトリア国特有の色で漫画で見たステラそのものだ。


「私、これからステラとしてどうしていけばいいのだろう」


 『囚われの星姫』は生粋の少女漫画である。主人公ステラがルーカス様と結婚してからの物語がメインだが、この先のお話は読んでいないので知らない。

 けど、物語の主人公なのだから悪いようにはならないだろう。何よりルーカス様がすごく優しかった。

 

 しばらく鏡の前で自分の姿を眺めていると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。すると返事をする間もなくドアが開いた。


「ステラ様、失礼いたします。身支度のお手伝いに参りました。」


 メイド服を着た中年の女性が頭を下げて入ってくる。


「はい。よろしくお願いします」


 私が返事をするとメイドは驚いた顔をする。そうだ、ステラは話さないんだった。だからノックの返事を待たずに入ってきたのか。

 でも、これから私がステラとして過ごす上で話さない訳にはいかない。ちゃんと話せるキャラに軌道修正しなければ。


「すみません、一度聞いたかもしれませんがお名前を伺ってもよろしいですか?」

「わたくし、マーサと申します」

「マーサさん、改めてよろしくお願いします」


 マーサさんは嬉しそうに微笑むと私にドレスを着せてくれる。


「ステラ様、ここに来てから随分気を張っていたご様子でしたが、昨晩ルーカス様と打ち解けられたようでマーサはとても嬉しいです」


 その言葉に私とルーカス様が昨日初夜を迎えたと勘違いしているだろうと思ったが、あえて訂正はしない。

 

 強く締められたドレスに窮屈さを感じながらも着替えを終え、朝食に行くように促される。

 

 マーサさんとダイニングへ行くとルーカス様はもう席に着いていた。


「ステラ、おはよう」

「おはようございます」


 席に着きながら返事をした私に、周りに控えていた使用人たちが驚いてる。

 マーサさんが使用人たちに何か耳打ちをしたあと、みんな微笑ましくこちらを見るのでなんだか恥ずかしくなったが、気にしないことにした。


 朝食は、朝食と思えないほど豪勢なメニューだった。

 並べられたカトラリーに、外側から使うことくらいしかわからないと一瞬戸惑ったが、持ってしまえばステラの体が覚えていたのか、手が勝手に動いてスムーズに食事を終えることができた。


 朝食の後、ルーカス様に庭を散歩しようと誘われた。断る理由もなく私は快諾した。


「ステラは僕と結婚するのは嫌だった?」

 

 庭を歩きながら唐突に聞いてくるルーカス様は不安そうな顔をしている。

 正直、今の私に嫌かどうかの判断なんてつかない。けれど、本当のステラは嫌だったのかもしれない。だから私がここにいるのだろう。


「わかりません。でも、私はここにいるべくしているのだと思います」

「ずっと、ここにいてくれるの?」

「私が他に行くところがありますか?」

「ないよ。ステラの居場所はここだけだ」


 そう言うルーカス様の顔はやっぱり優しい。人質に向けるような表情ではなかった。


 その日の夜、昨晩とはうってかわってルーカス様は私に触れてこようとはしない。

 

「話、しようか」


 そっと頭を撫でられ、ゆっくりと二人でベッドに寝転ぶ。


「昨日はちょっと焦っていたかもしれない。ステラがどこか消えていきそうで。早く僕のものにしたかった。怖い思いさせてごめんね」


 ルーカス様は私の頭を何度も優しく撫でる。まるでひどく愛されているような気がして、私が彼に溺れてしまいそうになる。

 ステラはなぜ、こんなに優しくて素敵な人から逃げ出したいと思ったのだろう。

 

「私は、ルーカス様のことを好きになると思います」

 

 気付けばそんなことを口にしていた。

 ルーカス様は撫でていた手を止め目を見開く。その瞳からは涙が滲んでくる。

 泣き顔を見られたくなかったのか私を胸の中に閉じ込めると、苦しいほどに抱きしめ震える肩を誤魔化していた。


 涙もろいところも可愛いなと思いながら、その日もルーカス様の腕の中で眠りについた。



 それから毎晩私たちはベッドの中で話をした。

 といっても私がステラとして話せることはほとんどない。

 ルーカス様の学園での話やマーサさんは乳母だったこと、乳兄弟だった親友は結婚して家庭があること、そんな話をたくさん聞いた。


「僕の話ばかりしてごめんね」と言うルーカス様に「ルーカス様のことを知れて嬉しいです」と言うと少し顔を赤らめぎゅっと抱きしめてくれる。


 そんな時間が楽しくて、心地よくて私は自然にルーカス様のことを好きになっていた――。






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