つけられた羽は天からのものではなく

釣ール

作り話の神話はときに的をいる

 もう何年前だろう。

 子どもの頃からぬけだしたかった家で産まれ、それから資金しきんをためて出ていった。


 都会の無関心さは思ったよりもきゅうくつに感じることはなく過ごしていた。


 最初はつきあっていた彼女から言われたことが気になっていた。


『強い力があって背中に羽もある。それってまるで天使みたい』


 上京前の彼女は俺の背中にあるものが本物の羽だと知らずにせっしてくれた。


 男子高校生だったからかそれだけでこの世は捨てたものじゃないとかんちがいした俺はデート用に借りていた部屋でいつも過ごし、コロナ前を等身大とうしんだいの高校生として過ごす。


 羽はコスプレ趣味しゅみだとうそをついていたのもつかの間。


 本物とバレた後の彼女は俺をはれ物にさわるように気をつかった後に自然消滅しぜんしょうめつした。


 それからというものの、俺は羽が生えた自分たち一族をのろった。


 今まで隠して過ごしていたのに彼女が出来てから調子にのってしばらく隠し方を忘れてしまった。

 なんてバカな話だ。


 久しぶりに羽を隠してから高校を卒業後に都会へと住む。


 都会に住んでやることもなかった俺は他にも似た連中れんちゅうがいないかさがし続ける毎日を送る。

 素直に孤独こどくはつらい。

 SNSで拡散かくさんさせないように元カノをおどして卒業までチェックするストレスフルな毎日がただただ精神を弱らせていた。


 でも高校では隠し通せず、タチの悪いいじめもあった。

 神話の天使ってガタイがいいだろ?

 俺もそうなんだよ。


 だから俺は人間じゃないと思っていじめの首謀者しゅぼうしゃ達と戦った。


 よく問題にならなかった。

 規則が厳しくなるご時世でもあった2019年にしては上手く立ち回れたと変な自信も出来てしまったからなあ。

 その後のコロナで考えさせられる期間もあったのだが。


 都会で暮らしてもフィクションみたいな多様性たようせいあふれる最高の居場所なんてものはなく、たがいの不幸自慢ふこうじまん遺産いさんの分配やら家庭不和かていふわばかり。


 俺は適当に相槌あいずちをうってその場を去っていく。


『もしかしたら人間じゃない一族で良かったかもな』


 この世界の人間がイメージする天使の姿に近い筋肉質の羽の生えた青年にもうひとりの自分がささやく。


 人間は頭の中の声を天使と悪魔にわけるそうだ。

 誘惑ゆうわくって便利な言葉があるのだからそれを使えばいいのに。


 俺にも誘惑ゆうわくの声が脳内でひびくからふりはらうように都会を歩いた。


 羽を隠すのも上手くなって仕事にも支障ししょうはきたしていない。


 人間も他の誰かもたよれない生活を続けていくうちにひとつだけ結論が出た。


『このままでいいんじゃないか?』


 産まれていいことなんて何もなかっただけ。

 それはこれからも続く。


 


「あっ!  うっ」


 せまい道を歩いていると女の子を連れた男の子が囲まれていた。


 通り道で中学生くらいのカップルをいじめようとする人間達。


 そのまま無視むししても何も問題はない。

 いじめられた過去があったからか自分が何かをされた時のことしか考えていなかった。


 そうか。

 だから羽を隠し忘れてしまったんだ。


「火事だ!」


 俺達の方へ視線しせんがいっせいに集まる。

 そしてさりげなく羽を広げて中学生カップルをかこんでいた人間達をふきとばす。


 両肩りょうかたに穴の空いたタンクトップから一瞬いっしゅんだけ広げた羽の目撃者もくげきしゃは中学生カップルだけだった。


 ふきとばした人間達は警察が追いかけていった。


 帰ろう。

 寒い季節ではないが上着をはおって道を歩くと中学生カップルはこちらへ興味をもったのか近づいてきた。


「今のつばさ?」


 女の子はだまっていて男の子の方が話しかけてくる。

 中学生を男の子だの女の子だのとよぶのは変だと言われそうだが別に俺は気にしていないから。


「つばさか。そういえば羽って他にも呼ぶ方があったのを忘れていた」


 秘密ひみつを守ることを条件に中学生カップルの遊びにつきあった。


 上京してから特に趣味もなく不景気ふけいきな現代でそこそこの金があったからか、近年の中学生カップル達が楽しみそうなゲームやら遊園地やら連れて回っていた。


 金のない中学生カップルにいいように利用されている。

 彼らは秘密を守ってくれているからこれぐらいどうだっていい。


 二十代前半の羽の生えた男が子ども達を守っている。

 それじゃまるで神話の天使じゃないか。


 傲慢ごうまんで笑顔の下にはいつ相手にかみついてやろうかさくを考えて筋肉と武器で神のご機嫌きげんをうかがうしもべ。


 神なんてやつらよりも助けた中学生カップルのわがままにつきあう方がはるかに生きやすい。


 それから遊びに何度もつきあっていくと男の子の方があらわれなくなった。


 別に彼が彼女とトラブルにあったわけじゃないらしい。

 そういえばこの二人と初めて出会った時は誰かにかこまれていた。


 彼は彼女をひとりでも守ろうとしていた。

 俺はつきあってきた彼女とそんな深い関係にもならずに終わった。


 女の子はSNSにある彼のアカウントを俺に見せた。

 もちろん彼女専用の連絡先。


「いや見せなくていい。そういえばお前らいじめられっ子だろ?  なら彼がどこへいるか検討けんとうがつく」


 軽く見ただけだったが彼女のSNSには未読無視みどくむしではなく既読無視きどくむしがあった。


 見てはいる。

 おそらくこのビルの屋上か高いところを探しているのかもしれない。


 推理すいりにしては考えすぎだった。

 それなのに彼女は俺の感をたよりにしてくれている。


「しっかりつかまってろよ!」


 まさかこんなさずかりもので空を飛ぶときがくるなんて。


 俺も彼女をしっかりつかんで助走をつけ、人に見られないように飛んだ。


 緊急事態きんきゅうじたいではなるべくこの羽を使って遅刻ちこく回避かいひしたり逃げたりしたものだ。


 まさか人助けに使うなんて。

 彼のことだから彼女が目につきやすい高所に……見つけた!


 高いところから飛びおりようとした彼もつかみ地上へおりた。


「なんで……なんで助けたんだよ!」


 彼女は彼の元へ近よりだきしめた。

 俺にはきつい物言ものいいなのに彼女の前では生きてよかったといいたそうな笑顔をしていた。


「たのまれただけだ。しかも俺の勝手な推理すいりを信じてくれたから」


 二人は俺の羽について何も言わない。

 飛べることすら何も思っていないか。


 なるほど。

 二人も普通の人生に苦しめられているのか。


「ここから出たくなったらまた俺のところへ来い」


 羽の秘密があって誰にもうちあけられなかった。

 だから俺の連絡先なんて必要ないと思っていた。


 でもなんでかな。

 この二人にだけは伝えることにした。





「もう高校生になるんだろ?  俺の羽と筋肉じゃお前らかかえられねえ。そもそもあの時だってだいぶ力使ったんだけどなあ」


 あいかわらず受験生とは思えないくらいいつも通りにたよってくる。

 学校生活も上手くいったのかどうかは知らない。

 二人は現実に立ち向かうことにしたらしい。


 でも逃げ場や息抜いきぬきもないとやっていけないから俺は副業ふくぎょうをふやしてトレーニングまでやった。


「都会からはなれて住みやすい場所に行きたいって言うからどんな場所かと思ったら……ああ、いいよ。むしろ俺もそこが死に場所でいいと思ったから」


 生きづらい性格をしているわりに進路を決めるのがはやい子達だ。


 電話越でんわごしで話す相手として二十代前半だとあやしまれそうだったから兄妹きょうだいって設定でごまかしている。


 そうだ。

 彼らにはお礼を言わないと。


手配てはいはすんだ。あとは時間通りに。それと俺の羽をつばさって言ってくれてありがとう。礼がおくれた」


 もうここまでくれば羽なんて可愛いものじゃない。

 俺達が新しく住む場所も簡単な暮らしができるとはかぎらない。


 だからこそ羽をのばすのではなく〝翼を広げる〟。

 こんな世界だから。



【了】

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