第2話 チュートリアルは早い方がいいですから!


 西奈さんというハロワの美人職員に突然手を引かれ、連れられたのは東京都港区。

 都内一ビルが多いと言われている土地だ。


 ちなみにここまではどうやって来たのか?

 ハロワ駐車場に停まっていた黒のセダンが止まっていて、それに乗ってやってきた。


 そして今ちょうど目的地らしきところに到着したらしく、このイカつい車は会社前の道路端にハザードをつけて停車している。


「さ、戸波さん着きましたよっ! 降りましょう」


「えっと……そうですね、はい」


 一応移動中に軽く説明は受けている。

 俺達が到着したのは、求人にも記載あったレベルアップコーポレーションという会社。

 どうやらここで『冒険者』とやらになるらしいのだが、その細かい内容は説明を受けていない。


 大丈夫?

 もしかして解剖とかされちゃったり? 


「ふふ、戸波さん不安ですか? 大丈夫ですよ! 我が社の職員は優しい人ばかりなので」


「いや、そんなことは心配してないんですけどね。どっちかと言うと冒険者になる工程が怖いというか」


「工程……あぁ、それは着いてからのお楽しみってさっきから言ってるじゃないですかぁ」


 西奈さんは嬉しそうにそう言うが、俺からすると、恐怖以外の何者でもないのだ。


 そしてそれだけではなくこの運転手、さっきから一言も話さない。

 見た目に関してもスーツにサングラスの男性で、そんな男が黙っている絵面は最早ただのホラーである。


「……とにかく、早く行きましょうっ!」


 バタッ――


 それから西奈さんはドアを開け早々に車から出ていったため、俺もその後に続いていった。


「このビルですか?」


「はいっ! 立派でしょ?」


 自慢げに西奈さんは胸を張っている。

 その姿、一生拝んでおきたい。

 いやきっとそれは無理なので今のうちに目に焼き付けておく。


「スゴい高層ビルですねほんとに」


 傍から見るとなんの会社か分からないようなビルだが、何せ高い、大きい、そんな感想が出てくる。


「さぁ、入りますよ!」

 

 中に入った西奈さんはまず1番に受付へ向かった。


「あの……人事部鑑定科の西奈です。今からジェネティックカプセルを使いたいのですが、枠は空いてますか?」


「はい、少々お待ちください」


 ジェネ……なんとかカプセル、そんなワードが耳に入ったが、すでにチンプンカンプンな俺は彼女身を任せる他、選択肢がない。


 しかしこの会社、人の出入りがやたらと多いな。

 スーツを着た人達から俺のようにラフな格好の大人まで、年齢層は20代から40代と比較的若い人が多い印象。


 俺はできる限り人の流れを邪魔せぬよう、少し離れたところで西奈さんを待つことにした。


 ……にも関わらずまっすぐ俺を見つめる男がいる。

 明らかにこちらへ歩みを進めて来る感じ、気のせいではなさそうだ。


 今見える範囲の人で唯一の金髪、ヘアスタイルもミディアムで、手入れがよく行き届いている。

 スーツに黒のチェスターコートを冬でもないのに羽織っている彼は、俺にニッコリと笑みを向けてきた。


 まさに余裕のある洋風イケメン、って感じだ。

 彼は俺の前まで足を運び、軽快に手を挙げる。

 

「……やぁ」


「えっと、どーも?」


「うんうん、いい返事だ」


「……何か用で?」


「いいや、なんだか美味し……じゃなくて強そうな気配がしたんで、声をかけとこうかとね」


 どう考えたら美味しいと強いを言い間違えるのかは置いておいて、どうも冒険者関係の人っぽい気がする。


「いや、実はまだ冒険者じゃないんですよ」


「うんうん、そうみたいだねぇ」


 イケメン特有の甘いボイスを放ちながら、彼は当然の如く首を縦に振る。


「……なんで分かるんですか?」


「あぁ、こので見ればねっ」


 そう言って自分の目を指差す。


 まぁ冒険者が本当にいるのであれば、冒険者か否かを見分ける力があっても不思議ではない。


「おっと、そろそろタイムリミットのようだ。僕はこの辺で失礼するよ。じゃあね、戸波海成くん」


「……え、ちょっとなんで俺の名前知って」


「戸波さん、お任せしましたっ! ってどうしたんですか?」


 ちょうどタイミング良く西奈さんが戻ってきた。

 

「あ、いやさっき金髪のイケメンが……」


「……!? もしかして煌坂悠真きらさかゆうま


「えっと、誰ですかそれ?」


「……本部直属のB級冒険者です。冒険者としては頼りになるんですが、誰も彼の素性を知らない。それにあまりいいウワサも聞かないですし。ま、関わらないのが一番ですよ!」


 大事な話な気がするけど、西奈さんはサラッと話を終わらせて社内の案内をし始めた。



 それから俺達は会社の11階へ移動した。

 そして「こちらです」と案内された部屋に入る。


「うわ、すげぇ」 


 俺はまるで近未来の研究室、と言わんばかりの真っ白な部屋と数人の研究員、いくつか並ぶ大きな機器に思わず感嘆の声を漏らす。


「西奈さん、お疲れ様です。装置の準備出来てますが、どうされますか?」


「そうですね。さっそく始めちゃいましょうか」


 入室してすぐ、西奈さんに声をかける白衣の男。

 彼女へ何かの許可をとったところ、了承がおりたことで何やら他の研究員に指示をし始めた。


「……西奈さん、これ何するんですか?」


「戸波さんは彼の案内に従ってくださいね」


 そう言ってニッコリ微笑む西奈さん。


「戸波様、どうぞこちらです」


 さっそくやってきた白衣の男に俺は、案内されるがままについて行く。


 そして向かった先にあったのは横向き筒型形状のマシン、パッと見、酸素カプセルか日焼けマシンかと思うような見た目だ。

 人ひとり入れるかな、くらいの容量か。


「えーっと、入るんだよね?」


「はいっ!」


 懐疑心いっぱいの心で確認したが、満面の笑みで返された。

 うーん、まぁここまで来たら入るしか選択肢はないんだけど、今のところ怪しさしかない。

 しかしそんな中、俺が信じられるものが現状ただひとつだけ存在する。


 西奈さんだ。

 彼女とは出会ってまだ数時間、だけど俺は西奈さんの浮かべる屈託ない笑みに嘘があるとは思えない。

 そう、彼女は本気で俺を冒険者として迎え入れようとしているのだ。


 西奈さんが本気で向き合ってくれているのなら、俺はそれに全力で応えるべきだろう。


 男を見せろ、戸波海成っ!

 謎のカプセルごときに恐れを成すな!

 ちょーっと中に入るだけだろうが!


 ……とまぁ心の準備が出来たところで、俺はこのジェネティックカプセルとやらに体を入れる。


 入ってしまえば意外と普通だった。

 中はちょっと青白く発色してるくらいで、少し気味悪いくらい静かな空間。

 あまりの静寂さに眠気すら襲ってくるほど。


 どれくらい中にいたのか、ここが夢なのか現実なのか分からなくなるくらい頭がボーッとしてきた時、突然プシューッと空気が吹き出すような音がしたと思えば、ゆっくりとカプセルの扉が開いた。


 そして白衣の男が顔を覗かせる。 


「戸波様、お疲れ様です。もう出ても大丈夫ですよ」


「あ、はい」


 俺はボーッとした頭でそう返事し、俺は外へ足を踏み出した。 


 そして外には笑顔の西奈さん。


「ご気分は?」


「いや、ご気分はって特に変わりは……」


《職業:武闘家になりました》


「……え、なんか聞こえたんだけど。って何これ目の前に文字が」


「ふふ、だいぶ調子もよろしそうで」


「いやいや、笑ってないで説明してくれよ」


「えっと、そうですね〜。戸波さんの職業は武闘家で、これから人類の希望となる男って感じですっ! これでいいですか?」


「いや……いいですかって、余計分からんのですけど」


 すると業務用パソコンを覗き込んでいる職員が少しざわつき始めたので、西奈さんも騒ぎの方へ急いで駆けつける。


「どうしました?」


「どうやら近くにE級ダンジョンのゲートが現れたようです!」


 その言葉を聞いた西奈さんは今日1番の笑みを浮かべ、俺に目を向ける。


「戸波さん、さっそく力試しできそうですね!」


「力試しって……西奈さん、もしかしてそのダンジョンとやらに行こうとしてる?」


「ええ、それが?」


 そんな可愛く首を傾げられても。

 まだ冒険者になるなんて決めてないし。


「戸波さん、早く行きましょう! チュートリアルは早い方がいいですから!」


 そう言って彼女は、嬉しそうに俺の手を引くのであった。

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ハローワークで見つけた冒険者業が天職だった件〜ハズレ職業である武闘家から始まった冒険者人生、最上位職のマジックブレイカーに転職したので駆け上がっていきます〜 甲賀流 @kouga0208

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