TS転生したら聖剣を護る一族の狐娘でした。家計のために勇者と共にダンジョン配信を行う。

浜彦

いなり、こんこん、配信する

「お前は噂の門番か?」


 この世界に転生してから既に十年以上が経った。好きでなくとも、多くのことに慣れてしまった。


 しかし、殺気というものだけは、どれだけ経験しても耐え難いものがある。


「はあ。」


 ほうきで落ち葉を一箇所に集める作業を止め、大きくため息をついた。


 鳥居をくぐり、階段を上がって来たのは、悪意を漂わせる「鬼」だった。


 頭に生えた大きな角、錆びた鎧、ボロボロのマント、血の付いた金棒を手に持っている。特に知性を持っているように見えることが、さらに厄介だ。


 鬼は目を動かして周囲を観察した。


「この霧は……なるほど。ワレは既にお前の術の中にいるわけか。面白い。」


「厳密には私の術じゃなくて、ババ様の術だが……そのまま引き返せば、見なかったことにする。どう?」


「はっ。」


 鬼は獰猛な笑顔を見せ、金棒を肩に担ぎ、突進の準備をした。


「お前一人くらい、ワレ一人で十分だ。」


「話が噛み合わないな……だから鬼は嫌いだ。」


 再びため息をつき、ほうきを置いて、目の前の鬼と向き合う。


 山の朝特有の冷たい空気が、風と霧と共に私の体を撫でた。


 先に動いたのは鬼だった。


 足元の石畳を踏み砕き、鬼の巨体が突進してきた。高く持ち上げた金棒が私の頭を目掛けて振り下ろされる。


 死を意味する質量が一瞬で迫った。


 まあ、甘い。


 私は軽く一歩滑り出し、金棒の攻撃範囲を前に出て逃れ、同時に鬼の胸元に飛び込んだ。力の流れに沿って、相手の肘に手のひらを軽く置いた。


 パチン。


 鬼の両手が関節の逆方向にねじれた。


「なっ」


「だから言っただろう。後悔すると。」


 鬼が反応する前に、私の手刀が相手の喉を切り裂いた。金棒が地面に落ちる音が鳴ったと同時に、肘打ちで鬼を階段から飛ばす。


「はあ。これはどうすればいいんだろう。」


 踏み砕かれた石畳を見て、私は大きくため息をついた。



 ☆


「ただいま。」


「ご苦労であった。さてはや、朝餉をいただくのじゃ。」


 ドアを開けると、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている幼女があった。ふわふわした尾を九本と、尖った耳。


「今日は焼きカエルがあるんですね。」


「うむ。本日は運も良く、明け方の罠で早々と蛙を捕らえることができた。」


 ババ様は小さな身体を軽やかに動かして椅子に座った。


「よくぞ鬼を退けた。温かいうちに召し上がれ。」


「はい。いただきます。」


 私は食べながら、ババ様に話しかけた。


「今日、参道の石畳が鬼に踏み壊されたんですが、修理は可能ですか?」


 ババ様の顔に苦笑いが浮かんだ。


「無理じゃろう。金はないのじゃ。」


「……私はもっと注意していれば。」


「よい。そんな枝葉末節しようまっせつのことに気を取られて傷を負う方がよほど問題じゃ。」


 そう言いながらも、ババ様の耳は垂れ、尾は力なく下がり、全身から哀愁が漂っていた。


「この時代に至っては、何をするにも金が要るのじゃ。昔、カッパを修繕に呼びたければ、妖力を秘めた宝石を渡せば充分であった。今や、奴らも普通の人間同様にお金を求める。」


「時代が変わったから。」


「かつて、この国の王となった初代勇者と結んだ契約には、年間千金の補助金が含まれておった。だが、その金は現代においては足りんのじゃ……」


「遠い昔では1000Gは大金だったけど、インフレしてしまってね。」


「汝の兄弟たちは、金を稼ぐために此処を離れたのじゃ。汝も成長した、離れる時が来るかもしれぬ。我々一族の使命はこの時代に終わりを告げるのじゃ。」


「ババ様……」


 ババ様は小さな手を伸ばして私の頭を撫でた。その顔には少しの寂しさと、ある種の開き直りのような表情が見えた。


「聖剣を守ると約束したのは、若かった妾の執念に過ぎん。今が、汝らを解放する時かもしれん。」


「それなら、聖剣はどうするんですか?」


「何とかなるじゃろう。王へ贈るのも一つの手。」


「……嫌です。」


「マヨイ?」


「その剣は、ババ様の思い出でしょう。」


「う、うむ。じゃが」


「初代勇者には実は腹が立っているんですよ。聖剣をババ様に押し付けて、自分は姫と結婚して行ってしまいなんて。納得がいきません。」


「まっ、まあ。あの人にも自分なりの事情があったのじゃ……」


「明日、この時代の勇者が聖剣の儀を試みに来るんですよね。奴にしっかり言ってやります。もっと支援金を出すように。契約を更新させます。」


「マヨイ……」


「大丈夫です。交渉は得意ですから、私。」


 腕を曲げて、二頭筋を作るポーズを取りながら、私はババ様にウインクした。


「……そうか。立派に成長したものじゃな。なら、汝に任せた。妾は神社の周りの結界を強化してくる。」


「ええ、私にお任せください。」


「うむ。」


 ババ様は満足そうに頷き、一瞬の煙の後に姿を消した。


「勇者から神社の修繕や、ババ様に美味しい料理を食べさせるためのお金をしっかりと引き出さねば……ん?」


 気合を入れて決意を固めたその時、私は何かが結界に衝突したのを感じた。


「また何か厄介な奴が」


 手を組んで、私は自分を神社の門前へと転送した。


「っ!」


 毎日丹精込めて手入れをしていた花壇は容赦なく破壊されていた。何らかの生物の臓器が散乱し、折れた剣が無造作に地面に刺さっている。美しかった鳥居には、不明の緑色の液体が飛び散り、明らかな傷跡がいくつも付いていた。


 目眩がした。この惨状を片付けるために必要な労力だけでなく、私たちでは修復できない損害によっても。


 修繕費を早急に計算した。


 ……もうダメだ。


 背筋が冷えるのを感じた。震えていると、爽やかで銀鈴のような声が響いた。


「あれ?狐耳の巫女さんだ!」


 まるで錆びついたロボットのように、私は音のする方へとぎこちなく首を向けた。


 声の主は少女だった。ライオンのたてがみのように長く、赤い髪は大きなポニーテールに結ばれており、エメラルドのように輝く緑の瞳。手には折れた剣の半分を持っている。


 魔物の死体が山となり、少女はその山の上に堂々と立っていた。少女は手に持った剣を振り、その上の緑の液体を道路脇の看板に向かって振り払った。


 パチン、と。汚れた看板を見て、私は明らかに頭の中で何かが壊れたのを感じた。


「あなたがこの神社の守護者でしょう!初めまして、私は……」


「死ねや、ボケ!」


「え?」


 私の鉄山靠てつざんこうは、目の前で間抜けな声を発した少女に炸裂した。



 ☆


「いきなり何を!?」


「ちっ、殺せなかったか。」


「怖い!」


 攻撃が当たらなかった。どうやら少女は手にしていた半分の剣で防ぎ、その勢いで後ろに跳ねていたようだ。


 しかし、その剣は私の攻撃に耐えられずに砕け散った。少女は慌て剣を投げ捨てた。



 <コメント>

『速い!一瞬で目の前に!』

『アカネの反応速度もなかなか。さすがは最年少でAランクに昇格したね』

『凛々しい巫女さんだ。いいね』

『巫女さん、かなり怒ってるけど。どうして?』

『神社が破壊されたからじゃない?アカネ、戦ってる時は周りを全然気にしないからな』

『早く謝れよ、バカネ』

『謝れ、バカネ!』



「ええっ!みんなひどい!」


 少女は自分の周りに浮かんでいる球体に向かって抗議した。その球体からはテキストが投影されている。しかし、その装置は戦いには影響しなさそうで、私は無視することにした。


 少女は私に向かって手を合わせ、深く頭を下げた。


「ごめんね!ここを汚しちゃって。てへっ☆。」


「は?」


 片目を閉じ舌を出す少女の姿に、私の額に青筋が浮かぶのが分かった。



 <コメント>

『あ』

『あ』

『あ』

『本気で謝る気あるのか、アカネ』

『ああ、油を注いでるな』

『目が完全に氷点下だ。これはまずい』

『死ぬぞ』

『真剣に謝れ!』



 ようやく私の不機嫌さを察したのか、少女は慌てて手を振り始めた。


「え、ええっと?実はこれには、海よりも深い理由があるんです!」


「御託はいい。」


 私は力を抜いて一瞬で踏み込み、縮地を使って少女の前に現れた。


「っ!」


「散れ。イチジク流、華鬨ハナトキ。」


「ファランクス!」


 少女は焦る表情を見せつつも、間一髪で防御魔法を展開した。


 まあ、その程度の防御魔法では無意味だが。


 青い狐火を纏った私の掌打が少女の魔法の防壁に命中し、防壁は蜘蛛の巣のようにひび割れた。掌を捻じるように力を込め、轟音ごうおんと共に防壁は粉々に砕け、魔法の残骸が花弁のように宙に舞った。


 吹き飛ばされた少女は地面を数回転してから跳ね起き、衝撃を受け流し立ち上がった。額から流れる血を拭いながら、再び戦闘態勢を取った。


「さっきのは何!?」



 <コメント>

『あぶねー!』

『瞬間、体をひねって直撃を避けたか、よくやったアカネ』

『これはちょっとまずいんじゃ』

『ああ、血が出てる』

『前にアカネが血を流したのはレッサードラゴンと戦った時だったな』

『ダンジョン配信者の中でも頭の硬さと耐久力でトップクラスのアカネが血を流してる……』

『アカネの血も赤いんだな…ゴブリンみたいに緑だと思ってた』

『つまり、今目の前の巫女さんは少なくともレッサードラゴン級?』

『まずいな。アカネの武器が全部壊れちゃった』

『早くちゃんと謝れよ、バカネ!』



「謝りたいんだけどさ!でも!」


「戦いながら周りを気にする余裕があるとは。私も甘く見られたものだな。」


 少女の隙をついて、私は彼女の周りに浮かんでいた球体を掴んだ。


「あっ!みんな!」


「そもそもこれは一体何だ……ん?」



 <コメント>

『うわあああ!』

『捕まっちゃった!』

『距離が近い。あ、巫女さんのまつ毛が長い。』

『ガチ恋距離だね。』

『本当にごめん、うちのバカが迷惑かけて。』

『配信ドローンを知らないみたい。ちょと世間知らずかも。』

『マジ美少女。』

『かわいい巫女さん。』

『あ、ゴミを見るような目になった。』

『我々の業界ではご褒美です。』



「……」


 球体から次々に投影されるテキストを見て、私は知らず知らずのうちにそれを握る手に力を込めた。



 <コメント>

『おっと、視界が歪んできたぞ。』

『ノイズが増えてる!これはもしや!』

『潰される!』

『狐耳巫女さんのおててで潰される……最高。』

『 >10,000 G 巫女さんのおててに感謝。』

『これはアカネのチャンネルだから、巫女さんには届かないよw』



「ごめんなさい!!!」


 少女が大声で叫び、私は思わず頭を向けた。少女は華麗に空中回転しながら土下座のポーズをとり、震える声で叫んだ。


「私、勇崎アカネです!聖剣の儀に参加するために来たんです!道中で魔物を見つけて、つい!周りを気にせずに破壊してしまって本当に申し訳ありません!」


「……」


「その、その…!こちらで弁償しますから、どうか許してください!」


「……勇崎?」


 ああ、この子は……明日、聖剣の儀式に参加する予定の、勇者だった。



 ☆


「はぁ。」


 自称勇崎アカネの少女と彼女の配信ドローンを連れて神社の道を歩きながら、私はため息をつかずにはいられなかった。破壊を引き起こしたが、相手は勇者だ。賠償を約束していることを考えれば、殺意を抑えて案内するしかなかった。


 勇崎アカネ本人は既に自分がしたことを忘れてしまったらしく、興奮して見て回っていた。


「わあ!ここ、すごく綺麗!」



 <コメント>

『この霧、濃いな。』

『これが伝説の聖剣を祀る神社か』

『千本鳥居って言うのかな。壮観だ』

『アカネ、完全に観光モードに入ってるな。神経が太い』

『さっきまで巫女さんと死闘しているのに』

『まあ、切り替えが早いのも一流の冒険者の資質かもな』



「勇崎アカネ。」


「はい!何でしよ?」


「以前の連絡では明日来るという話でしたが、なぜ今日来たのですか?」


「それは……聖剣だよ!伝説の先祖さまの武器だよ!わくわくして、待ちきれなくて早く来ちゃった!」


「ふーん。あなたの時間感覚は素晴らしいですね。」


「えへへ!」


 目の前の勇者少女が私の皮肉をヒマワリのような無邪気な笑顔で受け止める。


「…ちっ。」



 <コメント>

『結局、約束は明日だったのか!』

『ああ、皮肉が全く伝わってないな…』

『巫女さんの好感度、完全にマイナスだな。』

『あ。舌打ちした。』

『アカネって、一応王位継承権があるお姫様だろ……時間感覚こんなにルーズで大丈夫か、この国は?』

『まあ、天然ボケもアカネの魅力の一つが、こんな状況でも確かにイラっとくるけどな』



「あの、ここ撮影してもいいですか!」


「はぁ。あなたは既に、何だっけ、配信ドローンで撮影していますよね。もうどうでもいいです、勝手にしてください。ここには人に見せられないものはありませんから。」


「ありがとう!」


 勇者が喜んで飛び跳ねる横で、私は怒りを超えて完全に諦めに変わっていた。


「それより、門の修繕費はちゃんと払えますか?」


「あ、はい。大丈夫です。見た目によらず、ちょっとお金持ってるんですから!」


「あっそ。払えなかったら、その命、貰い受ける。」


「ええっ!?」



 <コメント>

『>500 G うちのバカが迷惑かけて申し訳ない』

『巫女さん、冗談じゃなさそうだ』

『>1000 G  すみませんでした』

『>500 G』

『>10000 G 賠償費用です』

『>10000 G 巫女さんの冷たい視線に乾杯』

『なぜこんなに変態が混ざってるんだ』



「ここです。」


 勇者と彼女の配信ドローンを連れて、目的地に到着した。


 目の前に現れたのは、白い光を放ち、魔力に満ちた池だった。中央には、質素ながら実用性を重視した古の剣が刺さっていた。見た目は平凡だが、剣からは明らかに魔力の波動を感じ取ることができる。周囲の魔力が光線となり、池水を通じて剣へと吸い込まれていく。


「これが、聖剣?すごく綺麗……」



 <コメント>

『これが伝説の初代勇者が魔王を討ち取った聖剣か』

『思ったより質素だな。もっと派手な剣かと思ってた』

『魔力が収束している』

『これからどうなるんだ?』



「あの!これから儀式を行うんですか?」


「ええ、儀式と言っても簡単です。この池に入り、聖剣を抜くだけです。ただし。」


 私は興奮している勇者を制止しながら、目を細め、彼女に注意深く警告した。


「聖剣が不適切な者と判断した場合、池に足を踏み入れただけで魔力の火傷を負います。無理に進むと、剣に触れた瞬間に焼き尽くされる可能性がある。思い上がった武者がこの儀式で命を落とした例もあります。それでも試みますか?」


「やります!」


 勇者少女は即座に答え、池に足を踏み入れた。


「だって、私!勇者だもん!」


 アカネが池に入った瞬間、まるで大気が震えるかのようだった。


 聖剣を中心に、池の水が揺れ、大きな波紋を作った。


 少女の魔力に応えるように、剣身に集中していた魔力が赤色に変化した。


 アカネは何の障害もなく池を渡り、聖剣の柄を握り、剣を抜いた。


 瞬間、火花が聖剣から噴出し、朱雀のような模様が若き勇者を取り囲んだ。


「すごい!この子なら、全力を出せる気がする!」


 勇崎アカネは聖剣を高く掲げ、数回振ってみると、剣から放たれる光が周囲の濃霧を追い払った。



 <コメント>

『おお、すごい』

『心臓が飛び出そうだった』

『池が赤くなったとき、拒絶反応かと思ってドキッとした』

『良かった良かった。これで使用者として認められたのかな?』

『美しい魔力だ。あの魔力で作られた朱雀は何?』

『今のアカネは真の勇者になったってこと?』

『真の勇者の誕生だ!』



「よし!今すぐダンジョンに行って、この子の力を試してみよう!」


「悪いけど、その聖剣は持ち出し禁止。」


 私は興奮している勇者から聖剣を取り上げた。


「え?」


 勇者が剣を高く掲げていた姿勢のまま固まり、配信ドローンのテキストも急速にスクロールした。



 <コメント>

『え?』

『あ』

『え』

『奪い取ったのか?』

『剣の柄に触れたら灰になるんじゃないの?』

『ちょっと、巫女さん、なぜ池の中に平然と立ってる?』

『まさか!』



「勇者一族は千年前に既に聖剣の所有権を放棄しています。聖剣の儀は使用資格を確認するためのものであり、聖剣を所有できるという意味ではありません。」


 私が話す間にも、私の足元の池の水は揺れ、元々満ちていた赤い水が、徐々に私のものである青に染められていった。


 聖剣が自分の心臓と共鳴するのを感じながら、私は剣にわずかに力を加えた。


 青の火花が剣から噴き出し、最終的には狐の形を成していた。火花で形作られた狐が空中を数周した後、すぐに分裂して花びらのように降り注いだ。


 落ちる花びらの中、私はぼんやりと私を見つめる勇者を横目に、剣身を青に変えた聖剣を池の中央に戻した。手を剣柄から離すと、剣身はすぐに平凡な鉄灰色に戻った。


「儀式はこれで終わりです。帰ってください。その前に、修理費を支払ってください。これが見積もりです。」


「あ、はい。高い!いや、それは置いといて!」



 <コメント>

『いやいやいやいや!』

『つまり、巫女さんも適合者?』

『事態が早すぎてついていけない』

『そして、何食わぬ顔で見積もりを出してくる』

『> 1000 G とりあえず冷静になろうと金を投じる』

『こんな状況で金を投じるのは冷静ではないよ』



「……巫女さん、聖剣に触れても大丈夫?」


「当然です。さもなければ、どうやって普段この剣の世話をすると思いう?それより、支払いは可能ですか?これ以上話を逸らそうとしても無駄ですよ。」


 私が少しイライラしながら答えると、勇者の目が何か宝物を見つけたかのように輝き、私の両手をしっかりと握った。


「決めた!巫女さん!私と一緒に配信者になろう!」


「は?」


 この人は、いきなり何を言い出すんだ?



 ☆


「皆さん、マヨイちゃんの初配信に拍手を!イェーイ!パチパチパチパチ!」


「はあ……いちじくマヨイです。よろしく。」



 <コメント>

『温度差www』

『よろしくね!マヨイちゃん!』

『おっ、狐耳の巫女!新人?』

『かわいい』

『 >5,000 G 祝い』



「というわけで!マヨイちゃんは正式に私の仲間になりました!これからは二人で活動していきますので、皆さんよろしくお願いします!それでは、マヨイちゃん、自己紹介をお願い!」


「ここってダンジョンですよね?こんなに緊張感がなくて大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ!マヨイちゃんはもっとテンションを上げて!これは貴重な初配信なんだから!さあ、もっと話して、元気いっぱいの姿を見せて!新人にとって大切なことだから、先輩の私の言うことを聞いて、しっかり挨拶しなきゃ!イェーイ!」


「は、はあ。イェ、イェーイ?」


「よくできました!マヨイちゃんは、神社の修繕費を稼ぐためにダンジョン配信者になったんだ!みんな、応援しようね!」



 <コメント>

『よろしく!』

『イェーイ!』

『イェーイ!』

『おお、神社を修理するために稼ぐのか』

『金欠巫女www』

『 >7,500 G お賽銭』

『 >1,500 G 僕も少しお賽銭を』

『 >750 G お賽銭』



「スパチャありがとうございます!今日も元気いっぱいにダンジョンを攻略しよう!」


「勇崎さん。そろそろ本題に入りましょうか。」


「アカネでいいよ、マヨイちゃん!」


「勇崎さん。」


「うう……私たち、仲間じゃないの?もっと親しく呼び合おうよ!」


「そう?私たちはただの仕事だけの関係ではないですか?」


「澄んだ目でそんな冷たいことを……!もっと好感度を上げないと!ぐぬぬ!」


 アカネの歯ぎしりを無視して、私は周囲を見渡した。


「これがダンジョンか。初めて来たけど、なかなか興味深いね。」


「うん!ここは『結晶の聖域』と呼ばれているよ!」


「へえ、なるほど。その名前がつくのも納得の美しさだね……ん?」


 壁からゆっくりと巨大な何かが這い出してくるのに気がついた。


 その何かは石でできた身体を持ち、結晶で覆われていた。太く短い脚と巨大な手を持つその姿は、子供が無造作に作った人形のようだった。


 結晶でできた人形が両腕を振りながらゆっくりとこちらに向かってきた。


「ふーん。ゴーレムか。友好的ではなさそうだ。」


「あれ?ちょっと変だね、本来ならクリスタルゴーレムはもっと下の層で出現するはずのモンスターだけど……まあ!マヨイちゃんは強いから!ほら、そのゴーレムにあなたの強さを見せつけて!アタック!」


「はあ?いやです。」


「え?」


 アカネが行動を止め、私の拒否に驚いたように見えた。


「え?私たち、仲間でしょ!しかも、私がリーダーだよ!」


「仲間ではなく、仕事だけの関係です。それに、あなたに指示されるのは嫌です。」


「どうして!?」


「バカに指示されているような感じがするから。」


「ひどい!?」


「あ、すみません。勇崎さんはバカでしたね。」


「なんだと!バカはマヨイちゃんだ!バーカ!バーーーカ!ダンジョンではリーダーの指示に従うべきだよ!」


「そうですか?でも出発前にマネーさんから、自分を守るだけでいいと言われました。バカの指示には従わなくていいと。」


「マネーちゃんーー!!!」



 <コメント>

『笑ったww』

『アカネがマネージャーにも認められたバカだってww』

『威厳のないリーダー。』

『おお、勇者よ。パーティーメンバーを動かせないとは情けない。』

『お金を払ってみては?好感度が明らかにゼロの状態では、それしかない。』

『パーティーメンバーなのにお金を払って協力させるなんてwww』



「ええい!もういい!私が行く!勇崎アカネ、行くよ!オラオラ!」


 アカネが腰の剣を抜き、ゴーレムに向かって突撃し、大振りの姿勢をとった。


「これを食らえ!秘剣!勇者の一撃!」


「っ!」


 パチン、と。折れた剣の一部が私の方に飛んできた。


 慌てて頭を横に避けた。振り返ると、アカネがゴーレムの前で武器を振り下ろす姿勢を保ちながら、手には半分しかない剣を握っている。


「は、はああああ!?」


「あ、あれ?てへっ☆」



 <コメント>

『あ』

『あ』

『折れた』

『いやいやいや。なんで折れたの?』

『まあ、基本的にアカネの手に渡ったどんな武器も、失くされるかこのように壊れてしまう』

『だから以前、聖剣を追い求めたかったんだ…』

『ちょっと危ないんじゃない?』

『これはまずい状況かも?』



 ゴーレムが拳を高く挙げて、突然の事態に固まってしまったアカネに向かって振り下ろそうとしている。気がついたときには、私はすでに一歩を踏み出していた。


「ちっ。イチジク流、風柳カゼヤナギ。」


 手のひらでゴーレムの拳の軌道に迎え、力を導いて拳を一方にそらした。ゴーレムが攻撃が空振りしてよろめいたとき、私はしっかりと一歩踏み出し、拳をゴーレムの胸に当てた。


華鬨ハナトキ。」


 発勁に伴い、ゴーレムの胸に大穴が開き、電源が切れたようにゆっくりと後ろに倒れ込んだ。



 <コメント>

『強い!』

『ゴーレムを一撃で破壊したなんて。それはBランク上位の魔物だよ。』

『しかも、耐久力が高いことで知られているのに。』

『かっこいい。』

『さっきのは一体何の技だったの?』

『なるほど、巫女さんは武闘家なのか。』



「大丈夫?」


「え?あ、うん、うん!大丈夫!ありがとう!」


「……?」


 振り返ると、アカネはまるで夢から覚めたように見えた。彼女の顔にはわずかに赤みがさしている。目の前の勇者の態度に少し戸惑ったが、とりあえずそれを無視することにした。


 袖から探し物をして、見つけたものをアカネに渡した。


「これ、あげる。」


「これは?」


「見積もり。さっきあなたを守って、ついでにモンスターも倒したから。合計1,7500G。」


「高い!えっ、ちょっと!私たち仲間じゃないの!?」


「仕事だけの関係です。これもマネーさんとの合意事項。勇崎さんが何か無茶をして危険に陥り、私が手を出す必要があれば、請求できるってわけ。」


「何それ!?」


「支払えない場合は、来月勇崎さんに渡す小遣いから差し引かれることになる。」


「ぐぅ!」


「変なギャグ装備やお腹を壊す可能性のある霊薬にお金を使うより、私に投資した方が実用的だと。一石二鳥だって。」


「マネーちゃんーー!!!」


 アカネはムンクの叫びのような表情を見せた。



 <コメント>

『www』

『変なものを買うんじゃなくて、もっといい剣を買えば?』

『死ぬwww マネージャーもアカネの味方じゃないwww』

『件数ごとに請求か。アカネの普段の行動を考えると、すぐに来年までの借金が積み上がるね。』

『>5000G 悲しまないでアカネ、とりあえず少しの援助だ。』

『すぐに巫女さんのポケットに入るけどwww』

『まあ、でもこのお金の使い道は間違ってないと思う。確かにマネーちゃんが言う通り、これでアカネも少しは落ち着くかも。』



「う……うううっ……」


「まいどあり。」


 勇者から奪った金貨を慎重にしまい、心の中はぽかぽかと温かい気持ちになった。


 地面にひざまずいている勇者に向かって、自分の顔が生まれて初めての最も輝かしい笑顔を浮かべていることに気づいた。


「これからもよろしくね、勇者さん?」

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