第2話

 あの依頼が終わって数日が経った。


「カイ、次の依頼はどうする?」


 私は片肘をつきながら酒場のテーブルで尋ねた。


「ああ、次はもっと高報酬のやつを狙うつもりだ。俺たちの実力なら余裕だろ」


 カイが自信満々に笑う。

 横に座るリナもまた、穏やかに微笑みながら「このまま順調に行けば、すぐに上位ランクのパーティになれるわね」と答えた。


 ああ、もはやすぐそこだ。


「ふははっ」


 そう遠くない未来を想像しながら、私は笑いながら杯をあおった。


「まああいつが足手まといにならなけりゃ、もう少し早くここまで来られたんだけどな」


「ちょっとカイ、それは言いすぎよ」


 リナがたしなめるような声を出したが、彼女の表情に本気で非難する様子はなかった。


「ああ、そうだな。だけど事実だろ? リオンがいなくなってから、どれだけ楽になったか」

 エルンは鼻で笑うと、もう一杯酒を注文した。


 カイも軽く肩をすくめながら言う。


「まあな。それに、リオンがいたらこの依頼も成功してなかっただろうし、仕方ないって話だ」


 そう言って三人で笑い合った。

 私もそうだが、もはや誰もあんなグズのことを悼むどころか思い出すことさえありはしない。

 何も出来ない役立たずに役目を与えたんだ、奴も満足だろうさ。


 それからも私達は、まるで奴が最初からいなかったかのように語り合った。



 その夜、私は一人で宿へ帰る道を歩いていた。


「ふぅ、流石に飲み過ぎたか……」


 少し足がふらつくな。

 他の二人が宿へ戻った後も、一人で飲み続けた結果だ。酒が美味いのが悪い。


 月明かりが街路を照らし、離れた酒場での喧騒が遠くから聞こえてくる。

 この街はまだ眠りそうも無いな。


 私は酔った足取りで、しかしは頭は満ち足りた気分に浸っていた。



 ……ふと気づいた。周囲が異様なほど静かだということに。


「……なんだ?」


 おかしい。普段なら夜道を行き交う人の姿がちらほら見える時間帯、それが今日はどこを見ても人影がない。


 思えばさっきまで聞こえてきた喧騒すら、今は虫の鳴き声すらも聞こえて来ない。


 寒気は感じたが、気のせいと自分を奮い立たせた。


「バカらしい……酔っ払ってるだけだ」


 やっぱり今日は飲み過ぎたな。そう判断して再び帰路へとついた。


「……っ」


 だが次の瞬間、冷たい風が頬を撫でた。

 まるで誰かが自分の背後に立っているかのようなツゥとした感覚。

 振り返ったが……そこには誰もいない。


「……酒を少し控えた方がいいか」


 言い聞かせた直後、耳元でか細い声が聞こえた。


「……どうして……」


 流石におかしいと思い、反射的に振り向いた。だがやはり誰もいない。


「だ、誰だ!?」


 声を張り上げても答えはなかった。

 ただ、どこからか声は続いている。


「どうして……どうして……」


 最初はか細かったその声は、徐々に大きく、明瞭になっていく。

 まるで、声の主が徐々に近づいてくるかのように。


(な、なんだ!? 何が起きている!!?)


 胸の奥がざわざわと騒ぎ始める。


 恐怖。


 冒険者として数多の戦場を潜り抜けてきた。だからこれが恐怖だと判断するのに時間は掛からなかった。


 久方ぶりに感じる感覚。


「ふ、ふざけるなよ……! 誰かが悪戯してるんだろう? 出て来い!!」


 思っていた以上に声を張ってしまった。だが、そして自分でも気づく程その声も震えていた。


(馬鹿な! この私が何を恐れているというんだ……!)


 誰が居るか知らんが、この場に何時までも居るわけにはいかない。

 立ち去ろうと足を踏み出した瞬間、気づいた。


「な……なんで……?」


 足が……まったく動かない……!


 額に汗が滲む。

 この意識に問題はない、なのに足が石のように固まって動かない。


 いや、足だけじゃなかった。

 足から胴体、そして腕。最後には喉。


「……ぁ……っ!?」


 まともに発声する事も出来ず、息すら苦しい。

 汗が止まらない、過去にこんな経験をした事がない。


 直ぐに脳裏に浮かんだ言葉。それは――死。


(こ、このままじゃ死ぬ……! なにもわからずに殺されるのか、この私が!?)


 相手が誰かも……いや、本当にその誰かすら居るかもわからない状況で、指一つ動かす事も出来ずに死を迎え始めている。

 その状況が恐怖そのものであり、同時に私がこれまで積み上げてきた冒険者としての実績が何も役に立っていないという事実にあまりに惨めだった。


 恐怖に染まりつつ、思考だけはどこまでも止まらない状況に途方も無い焦りを感じた。

 そして次の瞬間、冷たい風が首筋を撫でる。


「どうして……あの時……」


 声がすぐ耳元に響く。


 視界の隅に何かが映った。ゆっくりと、それが全身に広がっていく――暗くおぞましい影。


「ぁ……ぁっ……!」


 次に目の前に現れたのは――青白い素肌、血の垂れた口、どこまでも暗く濁った瞳。


 どこか見覚えがあった。そんなはずは無いと思いながらも、その名前を思い浮かべずにはどうにもいられなかった。



「……オン……っ」



 その名を口にした途端、視界がぐるりと暗転した。





 翌朝、一つの遺体が発見された。

 道端で見つかった女性の遺体は、立ったまま目を見開き、恐怖に染まった表情のまま硬直していたという。

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2024年12月17日 07:06

信じていた仲間達に無理矢理囮にされ、動けなくされた上に魔物の群れの前に放置されてしまった。絶望と共に深い恨みを抱いた時、復讐の物語は始まる こまの ととと @nanashio

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