信じていた仲間達に無理矢理囮にされ、動けなくされた上に魔物の群れの前に放置されてしまった。絶望と共に深い恨みを抱いた時、復讐の物語は始まる

こまの ととと

第1話

 僕の冒険者としての日々は、決して華々しいものじゃなかった。

 剣の扱いは中の下、魔法の才能はゼロ。

 手先が器用で雑用は得意だけど、それが戦場で役に立つわけでもない。


「リオンよぉ、そう気にするなって! お前はお前で、いてくれるだけで助かってるんだからさ」


 そう言って笑ってくれたのは幼馴染のカイだ。

 彼はこのパーティのリーダーで、頼れる剣士だった。昔からの憧れでもある。


 パーティにいる他のメンバーも、みんな優しかった。


 回復魔法を使えるリナは、僕がよく転んで怪我をするたびに「しっかりしてよね」と言いつつすぐに治療してくれた。


 弓使いのエルンは少し口が悪いけど、「お前、ちゃんと見張りの役ぐらいこなせよ」と僕に軽口を叩きながら笑ってくれた。


 そんなメンバーに囲まれて、僕はいつも「自分はここにいていいんだ」と思えていた。



 ある日、パーティは難易度の高い依頼を引き受けることになった。


「迷宮の奥にある魔法石を回収する」


 報酬は桁違いに大きく、成功すれば全員が裕福な生活を送れるという内容だった。


 正直に言えば、僕には不安しかなかった。


「大丈夫かな……僕が足を引っ張らないかな……」


 弱音を漏らす僕に、カイはにっこり笑って言った。


「心配するなよ、リオン。俺たちは仲間だ。お前のこと、ちゃんと守るからさ」


 その言葉に僕は胸が熱くなった。

 そうだ、信じられる仲間がいる限りきっと大丈夫だ。



 迷宮の中は薄暗く、そして冷たかった。

 魔物の気配が四方八方と何処からも感じられ、足音すらも飲み込むような静けさが続いていた。

 僕は緊張しすぎて、ついカイの背中に近づきすぎてしまった。


「リオン、ちょっと近すぎだぜ? そんななんじゃ、いざって時に俺達を守れなくなるぞ」


「ご、ごめん……!」


 カイに叱られて、僕は慌てて下がった。

 まったく、どうしていつもこうなんだろう……。


 途中でリナが振り返り、ふっと微笑んだ。


「大丈夫、リオン。私達だってあなたのそういうところには慣れてるんだから。焦らないでね」


 その一言に救われた気がした。

 僕は深呼吸して、一歩一歩を踏みしめるように進む足に力を込めた。



 迷宮の奥にたどり着いたとき、それは突然起こった。


「リオン」


 カイの声が鋭く響いた。


「どうにも、これは厄介だな。はっきり言ってこのままだと全滅しかねない」


「そ、そうかも……」


 気配が尋常じゃない。質、量共にここまで出会った魔物とは段違いだ。

 あの勇敢なカイが警戒するのも頷ける。


 だが、いつ襲ってくるかもわからないこの状況。戻るにしても厳しいだろう。

 でも、僕達全員の力が合わされば……。


「お前、ここで囮になってくれ」


「……え?」


 僕は言葉の意味が理解できなかった。

 彼が、リーダーのカイが、そんなことを言うはずがない。

 誰より勇敢で先頭を走っていた彼が、そんな酷い事を言うはずが……!


「な、何を言ってるの?」


 リナもエルンも、視線をこちらに向けている。

 そしてその目には、いつものような温かさは無い。どこまでも冷たく、それでいて嘲笑しているように見えた。


「わかるだろ? この状況で逃げ切れるの厳しい。でも確実な方法がある、それが囮だ。いいじゃないか、いつもみんなの役に立ちたいって言ってたろ? まさに今、その瞬間が巡ってきたってわけだ」


「ま、残念なのはそのカッコイイ最後を見る事が出来ないって事よね。可哀そう~」


「その頃には私達も全員迷宮を出ているだろうからな。仕方ないが、許してくれ」


「まあ、そういうことだ。ここで魔物を十分に引きつけておけ、俺たちはその隙に逃げる。あ、その前に魔法石を取らなきゃいかんから、その時間ぐらいは最低でも稼げよな」


 何かの冗談だと思いたかった。

 けれどカイはどこまでも哀れな物を蔑む目をしており、迷いが一切なかった。


「そんな……僕、仲間だって……」


「仲間だぜ? だったら、その仲間の為に命ぐらい捨てられるだろうが」


 絞り出すように言う僕の言葉を、カイは淡々と返し、その後に二人の笑い声が聞こえて来る。


「精々、私達の為に役立って見せるんだな」


「!? かはッ!」


 エルンは懐からナイフを取り出し、僕の太ももへ向かって投げて来たのだ。

 呆気に囚われ、回避行動すらとれずにまともに受けて膝をつく。傷口からは鮮血が溢れ始めていた。


「じゃあ行きましょう、時間がないわ」


 リナが促し、カイとエルンは一度もこちらを振り向く事なく立ち去る。


 足音が遠ざかる中、薄暗い迷宮のフロアに僕一人が残された。


 その後、目の前に現れたのは巨大な牙と鋭い爪を持つ魔物だった。

 この血の匂いに誘われたのだろう、去っていったみんなには目もくれず、僕だけに魔物達の視線が突き刺さる。


「助けて……誰か……!」


 叫んでも、答えは返ってこない。仲間だと思っていた人たちは、もうどこにもいなかった。


 肉体が裂かれ、意識が遠のいていく中で、僕は最後に呪いのような言葉を心の中でつぶやいた。


「許さない……絶対に許さない……!」


 やがて、僕の視界は完全に暗闇に覆われた。

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