第5話

 現地は真夜中に差し掛かっていた。

 炎があちらこちらで上がり、そして火山は真っ赤に染まる火口から噴煙を上げている。電気がないために懐中電灯や自動車の灯などで光をとって住民や観光客はそれぞれが塊となって避難していた。海軍基地にもかなりの数の避難者で溢れており、軍医と衛生兵達がそこかしこで駆けずり回って施せるだけの治療を施していた。


「ママ、何か海の上に出たよ」

「あら、誰か来てくれたのかな?」


 毛布に包まった親子の小さな男の子が真っ暗な海を見つめ指差した。

 頬にはガーゼが張られている、両足は火山弾が至近距離に落ちて破裂したことにより重い火傷を負ってしまっている。

 ようやく容体と気持ちも落ち着いたところであった。

 母親は息子の言葉に海を見つめたがそこには闇が見えるだけで何一つ変わらないように思えた。

 息子の怪我は酷い、落ち着いたといっても強い痛み止め投与したことによる一時的なものだと軍医から説明を受けていた。

 もしかしたら幻覚でも見てしまったかもしれないと、悲しみながら息子の言葉を優しく受け止めた。


「鯨が出たんだよ、大きな鯨」

「どこかな、ママにも見えるかな?」

「見えるよ、ずっと先にいるよ」


 輝く瞳で見てくる息子に母親の心は締め付けられる。どう言葉をかけてやれば良いのかと自らも不安に苛まれ始めた時のことだった。

 海上に眩いほどの光が灯った。

 黒い鯨が石が漂う海からどんどんと浮き上がってくると、やがてそれが潜水艦であることが母親にも理解できた。それから何かが打ち出され岸壁ぎりぎりに幾つも転がると、海軍兵が拾い上げては大急ぎで小さな桟橋へと括り付けてゆく。やがて、桟橋が動き出した。それをしばらくぼんやりと眺めていると、やがて戻ってきた桟橋から次々と人々が降り立つ、オレンジや黄色、白や青色、様々な制服を纏った彼らの一人が親子の元へと駆け寄ってきた。


「救助に来ました。安心してくださいね」


 何にもましての力強い言葉と浮上した潜水艦の勇姿、その力強さは絶望に晒されていた親子や他の人々を奮い立たせるには十分過ぎるほどであった。


 提督の作戦の通りに事は進んでゆく。


 海軍所属の同型艦が絶えず真後ろで浮上しては救助物資を下ろし、負傷者を収容しては潜航してゆくのをカルヴァルは艦橋セイルから何度も見送った。潜水艦カルヴァルは電力ケーブルを伸ばして海軍基地へと送電し、やがて外洋に到着した空母から飛び立ってくるヘリ達の誘導支援や救助隊の休息の場として、数多くの機能保持を手伝い続ける。

 第三王女は被災地に上陸して避難所を回っては人々を慰問し、その数多くの手と握手を交わした。災害死した死者の手も握り弔いの言葉を口にする。若干、七歳の女の子には酷なほどの現場だと言うのに彼女は精力的に回り続けた。


 そして慰問を終え帰ってくると艦の床を鳴らす。


 やがて徐々に取り除かれ始めた海上の邪魔者が消え去り、島の滑走路がどうにか復旧し輸送機が着陸できるようになると潜水艦は闇夜に紛れて姿を消す。


「去る時はひっそりと静かに」


 カルヴァルが艦長に下した潜水艦らしい最初の命令であった。

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潜り姫の城艦 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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