ホミコノホミ

紫陽花 雨希

ミス・パラレルワールド

 真っ白な世界の中に、女が立っている。彼女が着ている生成り色のワンピースが風車のように円くはためき、波打つ。腰に巻かれたリボンの端が踊り、長い髪が彼女の白い顔を縁取りながら揺れ、大きな目がぱちぱちとまばたきする。そこには女しかいないのに、世界中を吹き渡ってゆく風の匂いが画面の外にいる僕の鼻をかすめた。

「どう?」

 大学の同期である祭(まつり)は、紙の束をぱんと軽く叩いて自慢気に笑った。

 放課後の講義室、窓際の席。初夏の午後。半分だけ開いた窓からは、木漏れ日が差し込んでいる。

「良いアニメだね」

「だろ?」

 祭はもう一度最初から、紙の束をペラペラとめくってみせる。また風が起こって、僕たちの前髪を揺らした。

「卒業制作にしようと思うんだ。使いたい音楽……相対性理論の【ミス・パラレルワールド】の使用許諾も取った」

「それは良いんだけど、一つ文句がある」

 祭はきょとんとする。僕は頬を膨らませてみせた。

「モデル、コノハちゃんだろ? 許可、ちゃんと取ったの?」

 祭の頬がカッと赤くなった。さっきまでの自信たっぷりな態度が嘘のように、もじもじとうつむく。

「実は、完成したらコノハちゃんに贈ろうと思うんだ。それで、告白する」

「バーカ。バカだね、祭は」

 僕は窓から身を乗り出して、校庭でバトミントンをしている女の子たちを見下ろした。コノハちゃんはセーラー襟でくるぶし丈の白いワンピースを着たままで、ラケットを振っている。二人とも上手で、ラリーがずっと途切れない。

「バカってなんだよ」

 怒っている祭の方をちらりと見て、僕は校庭に視線を戻した。祭も、僕のそばに寄って窓の外を見下ろす。

 ふと、コノハちゃんがこちらに振り向いた。ぱっと満面の笑みになり、大きく手を振ってくる。

 へにゃへにゃと鼻の下を伸ばす祭には申し訳ないが、彼女が笑いかけているのは祭にではなく僕にだ。

 なにしろ、僕たちは付き合っているのだから。他の誰にも言えない、秘密だけれど。

 色の付いた世界の中では、彼女だけが白く浮き上がっているように見えた。

「完成したらアニメ、僕が買い取ってやるよ」

「なんでやねん」

 もうすぐやってくる本格的な真夏の香りがした。

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