第4話 盛り下がる文化祭
文化祭当日。
今年の漫画研究部は、写真部や新聞部と合同で多目的教室を借りることができた。
昨年はその多目的教室を借りることができず、普段誰も使わない教室で展示を行った結果、わざわざ見に来る人も少なく、「あれ?今年は漫研、何もしなかったの?」なんて言われる始末だったらしい。だが、昇降口のすぐ横にある多目的教室を借りることができた今年は、そんな心配はないだろう。俺にとっても好都合だ。
多目的室内は、ホワイトボードやダンボールを使って、写真部、新聞部、そして漫画研究部の作品を順に見られるようにルートを作った。さらに、部活ごとに感想用紙やシャーペン、鉛筆、消しゴムを置いて、訪れた人が自由に書けるように配慮した。
漫画研究部は、色用紙や手書きのイラスト、印刷した作品の写真で装飾した漫画紹介コーナーと、作品展示コーナーを分けて作った。
漫画紹介コーナーには、「部長が泣いた作品」や、「古参になれる作品」、「勉強になる作品」、そして力強く描かれた「恋愛・青春」など、さまざまなジャンルを取り入れた。
作品展示コーナーには、アニメや漫画のイラストに加えて、想像して描いた背景イラストやオリジナル漫画も長机や壁に飾った。特に、漫画は多くの人に読んでもらいたかったので、訪れた人が手に取りやすい場所に置くよう心がけた。
ついに、俺の復讐が始まる。
夏休みの間、元姉とはほとんど接することなく、ひたすら作業に没頭していた。漫画を描いたり、運動したり、あとは前田たちと遊んだ記憶くらいしかない。
初めて、家族以外の人とプールに行った。年齢的に、プールに行くのは少し幼稚かもしれないと思っていたが、そんなことはなかった。美男美女に家族連れ…。あの経験は、今後の自分の作品作りにとって大きな刺激になると感じている。そして、少しだけ…まぁ、楽しかった。
だが、それでも元姉への復讐だけは、忘れることなく胸に刻んでいた。
並べてある作品を高橋と一緒に見て回っていると、高橋が俺の作品に食いついた。
「Ex姉?」
怪訝な顔を俺に向けた。
「最強な姉?」
「違う。元姉って意味のEx」
漫画を描くこと自体はできたけど、作品のタイトルを決めるのは本当に難しかった。多くの人に手に取って読んでもらいたかったから、短くて覚えやすいタイトルを意識した結果、最終的にこの名前になった。
漫画の内容は、俺と姉が喧嘩したことをベースにしている。その中で誇張した要素を挙げると、姉が幽霊にビビって大泣きし、さらにお漏らしをしてしまうシーンや、幽霊を追い払うために台所から大量の塩を持ってきて、信じない俺を蹴飛ばしながら塩を投げつけ、「悪霊が取り憑いている!」と叫びながら殴りかかってくるところがある。
とにかく、姉が完全に頭がおかしくなったような描写にしてみた。
そして、最後には姉が見たものが幽霊ではなく、強風でボロボロになった傘だったというオチをつけて、姉の過度な妄想が引き起こした狂乱を鮮やかに演出した。
高橋は、タイトルに少し違和感を覚えながらも、俺の漫画を手に取って読み始めた。所々で、俺の画風を褒めてくれたり、漫画の内容で笑ってくれたりした。高橋のいいところは、思っていることを素直に言ってくれるところだと思う。まぁ、本人には言えないけどな。
そして、読み終えると、どこが面白かったのかを具体的に教えてくれた。
「殿真、この漫画めっちゃいいね!特に、弓先輩が殿真を睨みつけて塩を投げつける場面。言語化するのは難しいけど、ゾッとする感じがめちゃ伝わってきてめっちゃいい!」
俺は笑顔を装って「ありがとう」と高橋に言った。
高橋が素直に俺の漫画を褒めてくれるのは嬉しい。でも、正直言って、俺が求めている反応はそれじゃない。
確かに、漫画を作る上で楽だったことは一度もない。楽しかったけど、どんなに内容が決まっていても、制作過程で楽なことなんてなかった。だから、素直に嬉しい。
ただ、俺が高橋に求めた反応は、「お前の姉、狂ってるな」とか、「あの弓先輩が幽霊を信じてるなんて」みたいに、姉に対してマイナスなイメージを持って欲しかった。
俺は漫画を読んだ後、高橋が姉に対してどんな感情を持ったのかが気になり、思い切って高橋に、この作品の姉について聞いてみることにした。
「実際、こんな姉いたら嫌じゃない?」
「そりゃ嫌でしょ」
望んだ反応が返ってきた。
「だよね。こんな姉がいたらうんざりするよ」
「でも、フィクションでしょ?それか、実話を過大に誇張したか」
望んだ反応は秒で消えた。
「てか、殿真の姉って弓先輩なんだ。でも、あんなクールな弓先輩が実は幽霊が苦手だったとは…、なんか良いね」
俺が弓先輩と血の繋がっている姉弟だと初めて知ったにしては、反応があまりにも薄かった。それよりも、幽霊が苦手な姉に、高橋はむしろ興味を持ったようだった。ニタニタと不気味に笑う高橋の顔を見た瞬間、ゾッとした。あの笑顔の裏に、何かを感じ取ったからだ。そして同時に、俺の復讐計画は静かに崩れ落ちた。
今年の漫画研究部の文化祭は、去年とは大違いで、大勢の人が見に来てくれた。場所が良かったというのもあるが、それだけではない。電気の紐とボクシングをしていた人(俺)がいたから、俺も展示会の一部のような存在になっていた。そして、予想外のことが起こった。
俺は漫画が並べられた長机の後ろで、感想用紙とペンを渡す係をしていた。すると、賑やかな男女のグループが漫画研究部の展示を観に来た。そして、ふと目が合った瞬間、聞き覚えのある声が耳に入った。
「殿真ヤッホー!見にきちゃった!」
姉が来た。家では、俺にこんなに高い声で、テンション高く話しかけてくることなんてない。しかも、普段俺と姉はほとんど会話しない。今だって、絶賛喧嘩中だというのに。いったい、どの面を下げて、どんな心境で呑気に俺のテリトリーに足を踏み込んできたんだろうか。
「え、何をしにきたの?」
姉の謎な行動に、俺はイラッとしていた。何事も感情的になってはいけないと、頭では分かっている。けれど、その時は理性が効かず、感情が先走ってしまって、俺は思わず姉に質問してしまった。
姉は俺の方を振り向いたが、その瞬間、姉の友達が話に割り込んできた。
「え、もしかして弓の弟さん?」
「え!弓の?!」
「確か、電気の紐となんかじゃれあってなかったっけ?」
話がどんどん脱線していく。何なんだ、この男女どもは。もはや、俺に質問しているのか、姉に質問しているのか、さっぱり分からなくなってきた。恥ずかしさと気まずさで、体中が重く感じて、早くこの場から抜け出したくてたまらなかった。だから、俺はただぼんやりと、質問されたことにだけ答えることしかできなかった。
「本当に弓の弟?」
「はい」
「マジで?似てない!」
「本当に」って何だよ、と思いながら愛想笑いをして答えた。正直、俺じゃなくて、姉に聞けよ、と思った。
「なんで電気の紐と?」
「運動がてらです」
「運動がてらって、外に出て走ればいいじゃん」
愛想笑い。
「そうですね」
「殴られた演技はなんなの?」
「殴られたからです」
「どゆこと」
理由を聞いたみんなは笑っていたが、俺は本当に、運動がてらに電気の紐を使ってボクシングみたいな運動をしていただけだ。理由は、運動不足解消が目的。特にボクシングをするときは、避けたり攻撃を受けたりする緊張感があって、楽しいんだよ。
当たった演技なんて、別にする必要ないだろ?だって、実際に当たってるんだから。演技であるかどうかなんて関係ない。もし電気の紐が当たっても、それを無視して続けたら、面白さが半減して、ただの無意味な動きになってしまう。それじゃ、運動の意味がなくなるだろ。
どうせやるなら、本気でやらないと意味がないんだよ。それに、電気の紐の先端を定期的にアレンジすることで、毎回違う相手と戦えるから、飽きずに続けられる。毎日同じことを繰り返していたら、誰でも飽きるだろ?
運動には、続けることに意味があるんだ。
あと、正直に言うと、外で走ることの楽しさや意味がよくわからない。どうせ運動するなら、楽しい方がいいし、俺が誰かに迷惑をかけているわけでもないだろ。
「え、じゃあなんで、自分で動画を撮影しようと思ったん?」
姉ちゃんの横でヘラヘラ笑っているマッシュ頭の男が、ナイスな質問を投げかけてきた。正直言って、俺はなぜ姉が俺の醜態を隠し撮りして、それを学校中に広めたのかが気になっていた。でも、それを姉に直接聞くことはできなかった。というのも、喧嘩以来、姉との関わり方がわからなかったし、仮に聞いたところで、俺にとっては腹立たしい理由しか返ってこないだろうと思ったからだ。
俺はマッシュ頭の問いかけに便乗して、すぐに姉を睨みつけ、無言で「なんで撮ったのか」と目で訴えた。
意外にも、姉は特に焦った様子もなく、静かに口を開いた。まるで何もなかったかのように。
「あれは、殿真が撮ったんじゃなくて、私がコッソリと撮ったの」
賑わっていた場が一瞬で凍りついた。その静寂の中で、俺はすぐに姉に問いただした。
「なんで、隠し撮りしたの?」
「ダメだった?」
その言葉を聞いて、俺は鼻で笑いながら、口調を少し強めた。
「隠し撮りするのと、それをみんなに広めるのは違うでしょ」
「でも、扉全開だったじゃん。それに、…」
俺の部屋の扉が全開だったのは、ただ運動していたからだ。それ以外に理由なんてない。室内で運動すると暑いだろ? 特にボクシングなんて、汗だくになりすぎて、エアコンなんて贅沢だから、扉を開ける。それだけのことだ、何も不思議なところはないだろ?
姉の話を遮るように、俺は続けた。
「扉が全開だったとか関係ないから。俺は勝手にみんなに広められたことが嫌だったの」
俺は姉に言葉を返す度に、だんだん感情的になっていった。反論を繰り返すたびに、姉の笑顔が徐々に消えていき、表情が硬くなっていくのがわかる。
「そもそも、あれ以来まともに家でも話もしない関係なのに、よくそんなことができたよね。流石だよね」
まだ続けた。
「姉ちゃんは何がしたかったの?俺は学校に行くことも嫌だったんだよ?姉ちゃんのせいで…」
俺は手が震え、半泣きになりながら姉に訴えかけた。文化祭の係をしていることなんて、すっかり忘れてしまっていた。周りの空気は重く、姉弟の揉め事に口を挟む余地など、誰にもなかった。
しばらくの沈黙が続き、ようやく姉が口を開いた。
「殿真、ごめんね。私の不注意で、殿真に嫌な思いさせて…」
「なに?不注意って?意図的だったでしょ?」
姉は慌てて否定した。
「違うの、違うの…」
「何が?何が違うの?」
俺が冷静に問いかけると、姉は一瞬言葉に詰まった。そして、口論で熱くなったのか、姉は今着ているクラスティーシャツを脱ぎ出した。
「え、なに?なんなの?」
真面目に話しているのに、突然クラスティーシャツを脱ぎ始めた姉に、イライラがさらに込み上げてきた。
これ以上姉と話しても意味がないと思った瞬間、急に目の前に見たことのない光景が飛び込んできた。その光景は、状況や周囲の空気感も含めて、俺の人生で最もカオスなものだった。そして、俺を含め、その場にいた全員が状況を理解できず、思考が止まったに違いない。
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