第4話


 街を囲む大きな壁。

 それより下に向かった先にあったのは、不気味な雰囲気漂う地下空間であった。

 ただし自然に形成されたものではなく、明らかに人の手が加わった痕跡があった。


「っ、なんだ?」


 『回帰石』の設置された安全地帯と思わしき場所を抜けてすぐ、男の目の前に四足歩行の生物が現れる。

 低い唸り声をあげる、大型の犬ほどの大きさをした獣。

 その毛並みは微かな明かりしかないこの場において闇に紛れる漆黒であり、注視していなければ見失ってしまうかもしれない。


『グルルルル!』


 獣はすでに男を獲物と定めており、すぐさまにでも襲い掛かかる距離にいる。

 男は剣を構え、獣の動きに備えた。

 ジリッ、と男の足が前に出る。


 瞬間、獣が飛びかかってくる。

 高く弧を描くように飛びかかる獣は一足で男との距離を詰め、獰猛な牙と爪で襲い掛かる。

 男は即座に地面を転がり、その一撃を避けた。


「あぶねぇっ!」


 地面を転がり避けた男は、即座に体勢を整える。

 しかし次の瞬間、背中に強い衝撃を受けて前に転がった。


「があっ?!!」


 背中に伝わる、鋭い痛み。

 後ろへ振り返れば、いつの間にか黒い獣が男の背中側に回っていた。

 獣の右腕の爪には男の衣服の切れ足が引っかかっており、何が起きたかを男に思い知らせた。


「2匹いたのかっ」


 背中は絶え間なく強い痛みを訴える。

 一度背中から胸を矢で貫かれた事があったが、それとは違う類の痛みであった。

 痛みで霞む視界の中、男は必死に剣を構える。

 その周りを、隙を伺うように獣が2匹回っている。


「はぁっ、はぁ……」


 右へ、左へ。

 隙を伺い男の周りを回る獣に、男の視線が動き続ける。

 その膠着状態は長くはなかった。


『グルァッ!』


 足を止めた獣が、男に飛びかかる。


「ああああっ!!」


 男は咄嗟に剣を振るう。

 それは力が十分に入っていない弱弱しい一振りであったが、獣はまるで空中で宙返りをうつように回避する。

 その隙を狙ってもう一匹の獣が男の足に噛みつく。


 「っっっ!!」


 骨ごと砕きそうな強烈な噛みつきに、男の頭の中で火花が飛び散るかのような衝撃を受けた。

 声にならない悲鳴を上げ、男は剣を取りこぼす。

 瞬間、もう一匹の獣が男の喉へ嚙みついた。


「――」


 男が最期に聞いたのは、自らが咀嚼される音だった。

 耳の奥に響く、肉を、骨をかみ砕く音。

 痛みはすでに遠ざかり、薄れいく意識の中でそれだけを知覚していた――。









 ――男の意識が覚醒する。

 目を開いた男の前に広がっていた景色は、想像の通りに『回帰石』の前だった。


「やっぱりここに戻されるのか」


 男は喉に触れる。

 当然ながら、獣に噛みつかれた痕跡はない。

 ただ男の意識にははっきりと、獣に引き裂かれ、食い殺された感覚があった。


「あー、くそ……」


 嫌な景色を忘れる様に、男は頭を振った。

 妙な事に、男の足は以前に殺されたときとは違い震えていなかった。

 引き裂かれ、嚙み殺されたその経験は筆舌に尽くしがたい苦痛を男に与えたが、それに対する恐怖心というものが薄れているのだ。

 恐怖心がないわけではない。

 それでも、前に進むという意識だけはあった。


 男は再度、石の通路へ向かった。




 男の前に、先ほどと同じ位置に黒い獣がいる。

 見える範囲にいるのは一匹だが、薄暗いこの場に紛れてどこかにもう一匹いる事は身をもって理解していた。

 二匹同時に相手する危険性は動く骸骨ですでに経験しているとはいえ、見えないもう一匹がどこに潜んでいるか分からないので、骸骨の時と同様に男は一匹ずつおびき出す事にした。


「おらっ!」


 見える範囲にいる一匹に、男は近くに落ちている小石を投げつける。

 獣は即座に小石を避けるが、意識を男に向ける事には成功した。


『グルル……』


 じりじりと、男を警戒しながら獣が近寄ってくる。

 周囲にもう一体の姿は見えず、やはりこいつらは一定の距離に近づく事で敵対するのだと男は考える。


「さて、どうするか」


 一匹だけを誘き出せたとて、獣の強さは骸骨の比ではない。

 大型の犬並みの大きさに、鋭い爪と男の骨を砕く咬合力。

 それに空中で身を翻すほどの身軽さも持ち合わせている。


 対して男の手札は骸骨から拾ったボロボロの剣のみ。

 一撃が致命傷になりかねない中で、命を預けるにはあまりにも心もとない。


「……でも、避けるって事はこれを危険だと判断しているんだろ」


 獣の動きは、明らかに傷つく事を恐れていた。

 つまり、男の持つ剣を獣は脅威だと判断しているのだ。


「――来いっ!」


 男の足が一歩前に出る。

 その瞬間、獣が飛びかかってきた。

 近い距離からの飛びかかり、それに合わせて男は剣を振るう。


『ギャンッ!』


 左下から右へ払うかのような、以前とは違う腰の入った一撃は獣に直撃し、獣は悲鳴を上げて吹き飛ぶ。

 やはりというべきか、身軽さゆえか獣の体重は軽かった。

 それでも一撃で命を刈り取れるほどではないのか、吹き飛んだ獣はよろよろと立ち上がる。


「早いが、見えない程じゃないな。一匹なら――」


 男の視線の先、よろよろと立ち上がった獣の後ろからもう一匹が姿を現す。

 どうやらもう一匹の索敵範囲に入ってしまったらしい。


「――二匹、やれるか?」


 一匹増えたとはいえ、もう一匹は押せば倒せそうな程に追い詰めている。

 以前のように俊敏な動きは出来ないだろう。

 それでも鋭い爪や牙は警戒しなければいけないが、二匹同時に相手するよりかは幾分もマシのはずだ。


「だったら、俺の方から行く!」


 男が駆け出す。

 獣に油断はなかったが、男の方から突っ込んでくるとは想像していなかったのだろう。

 一瞬、獣の動きが強張りを見せる。


「はぁっ!」


 男が剣を振るう。

 レベルアップにより力を上げた男は、小石を投げるだけで骸骨の骨を砕く程の力がある。

 その膂力による渾身の一撃が鋭く獣に向かって叩き込まれた。


『ギャンッ!』


 二匹のうち、姿を現したばかりの獣は男の攻撃を避け、男の攻撃はその近くにいた弱っている方へ直撃する。

 骸骨の骨を砕くのとは違う、掌に伝わる生々しい肉を叩く感触。

 その一撃により男の持っている剣は柄の部分だけを残して粉々に砕ける。


 即座に男は残った柄を避けた獣の方へ投げつける。

 柄は一直線に獣に向かい、獣の頭に直撃する。


『ッ!』

「おらああっ!!」


 頭に柄が当たり、動きを止めた獣に向かって男は走りだし、獣の腹部に向かって蹴りを放つ。

 走る勢いを乗せた、渾身の蹴りは獣の腹部に直撃し、肉の感触とボールを蹴るかのような軽さで獣を吹き飛ばす。


 吹き飛んだ獣は壁に直撃し、地面に落ちた時には動かなくなった。


 ――レベルアップしました。

 ――ステータスポイントを5獲得。

 ――ステータスを割り振ってください。

 ――称号『ハンター』を獲得しました。

 ――情報の一部が開示されます。

 ――技能『インベントリ』を獲得しました。

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死んだらソウルライクな世界に転生した くろまにあ @ao113

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