第5話 あてどなく
あてどなく草原を彷徨い歩く。
しばらくして、革のブーツが踏みしめる足元に小さな花が咲いていることに気づいた。鮮やかな青い花弁。しゃがんで覗き込むと、その中心部はかすかに光を放っている。まるで魔力が込められているかのような花。
「すげぇ……」
自然と声が漏れる。
元の世界では絶対にお目にかかれない光景。
本当に異世界。
立ち上がって振り返ると、大樹はすでの点のように小さくなっていた。だいぶ歩いてきたようだったが、景色は草原以外のなにも見当たらない。この景色を見て、なんとなく俺でもわかることがあった。ここは、少なくとも地球ではなさそうだ。地球なら地平線が見えるはず。けれどこの世界に地平線はない。大地はどこまでもまっすぐに伸びている。
そこでふと疑問に思う。
いろいろな物語に登場する、おなじみの異世界。それって実際なんなんだろう。どこにある世界なんだろう。
少なくともこの異世界は地球より大きな星か、そもそも現実の宇宙とは一線を画す全く別の世界ということになる。異世界のイメージはなんとなく後者だけど、じゃあ太陽、あれはなんだって話になる。この異世界も宇宙の体を成していてくれた方がわかりやすいけど――いや、っていうかなんかよくわからないことで頭を悩ませているな、俺。
どっちでもいいや。
そう思って、剣を肩に担ぎ直そうとした時だった。手に感じていたずっしりとした重みが急に消えた。
えっ……
は……?
剣が消えた。
一瞬で。
めっちゃカッコよかったのに、なんで?!
俺が特別である証、勇者の証明……。え、もう手に入らないのと困惑していると、手の中に光が生じて、再び剣が現れた。
えぇ!
「え、すごい」
まるで魔法、っていうか本当に本物の魔法だ。手からまた消えるようと念じると、剣がシュッと消える。現れるように念じると、シュッと現れる。
やべえ。
これはやべえ。
俺、自由に剣を出し入れできる。
え、すごい。
超便利。
そのまま俺は喜んで、剣を何度も出したり消したり、振り回して草を薙ぎ払ったりしながら草原を歩き回る。太陽は相変わらず温かい。
剣の取り扱いに一通り満足したところで、また周囲を見回した。景色に変化はない。そろそろ飽きてきちゃいそうかなというところで、次に俺は自分の身体の軽さに気が付いた。前屈してみると掌がべったり地面につくほど柔らかく、普通にジャンプしたら普通にジャンプできたが、もっともっと力を込められそうだ。身体を屈めて、思いっきりバネを活かし、足に力を込めて飛び上がる。ふわりと身体が舞って、強力なトランポリンでも使ったかのように、俺の身体は空高く飛び上がった。
うぉおおお……
単にジャンプをして景色が綺麗だなんて思ったのは初めてだ。遠くの大樹がよく見える。普通なら死ぬだろう高さで上昇エネルギーが重力に相殺され、落下へと転じる。着地もストンとスムーズだった。衝撃による足の痛みも痺れもない。
つまり、わかった。
はい、最強。
恐らく俺は最強の勇者としてこの世界に降臨した。目的はおそらくこの世界を救うためだ。グッとまた足に力を込め、今度は全速力で駆け出してみる。瞬間、風になったのかと思う。背の低い草が一瞬で流れていく。羽のように軽い身体は、一歩ごとにさらに加速していく。
やがて、草原の端になにか建物らしきものが見えた。街だ。よかった。この世界は草原だけの世界ではなかったことにホッとする。もしそうだったら餓死するところだ。
走る速度を落とし、徐々に近づくにつれて、それが小さな村のような場所だと分かった。古めかしいけど、絵本で見るような、素朴で温かみのある風景。
村の入口の前で一度停止して、ゆっくりと足を踏み入れた瞬間、俺のテンションは臨界点を超えた。いや、ここはヤバい。本当にヤバい。完全にファンタジー。村人もいる。アジア系の人もいれば、白人も黒人もいる。耳が長い……エルフもいれば、猫の耳を持つ獣人もいる。
やばいやばいやばいやばい……
俺から語彙が消滅する。
まるで初めてテーマパークに来た子どもみたいに、あっちへウロウロ、こっちへキョロキョロ。村人はそんな俺を怪訝そうな顔で見ていたが、そんなこと気にしていられなかった。
やがて村の中心広場へとたどり着く。そこには大きな井戸があって、周囲を囲むように屋台や商店が並んでいる。焼きたてのパンの香ばしい匂いが鼻をくすぐるし、果物を売る店からはジューシーなリンゴがキラキラと光って見えた。
IDEAL 丸山弌 @hasyme
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