第4話 燃え盛る炎
燃え盛る炎。
激しい灼熱が森を焼いている。
その中央に、だれか人影があった。
長身で、細身の女性。
白いローブを羽織っている。
その女性が、俺の方を見た。
黒い目玉に、白い瞳孔。
陶器のような肌の皮下をさながらミミズが這うように、額で円を描き、その中に十字が刻まれて、血が滴り落ちる。
「シ……オ……」
おぞましい声。
てんぷら屋にいた俺は「マジ、塩派?」と聞き返し、手元の『SUGAR』と書かれている小瓶を渡してやろうとしたところで目が覚めた。
一瞬だけ、なにが起こったのかわからなかった。夢とは得てして場面場面が連続していない。一つのエピソードが発生している途中に、突然、全く関係のない場面が混ざってきたりする。
変な夢だったなと思いながら、今日も俺は遅刻もせず学校に登校した。
教室に入ると真っ先に里衣の席に向かい「昨日、ありがとな」と声を掛ける。里衣はにこっと笑ったが、すぐに視線は逸らされてしまった。教室での里衣はいつもそうだ。素っ気なくて、人を避けていて、話しかけてもこんな感じで、嫌われているんじゃないかと思わされる。
外を眺めて、いつもなに考えてんだろうな。
そのあと、次郎と紅が登校してきて昨日のことを弄られて、いつもの雰囲気で学校がはじまった。里衣は授業中もずっと外を見ている。首が痛くならないんだろうか。俺も真似して外を見てみたけど、特に思うところもなく、あくびが出るだけだ。
〝がんばれ〟
昨日の里衣の言葉がまだ耳に残っている。抑揚のない教師の声がその背景に重なる。俺が一番苦手な古文の授業。漢字がずらずらと並んだ教科書を見ていると、さらに眠気が加速していく。まぶたが重い。さらさらと草の音がする。心地よい風が頬を撫でて、木漏れ日が優しく俺の目を刺激した。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。目を開けると、俺は大樹の根を枕にして横になっていた。さっきまで古文の授業を受けていたはずなのに、一体どういうことだろう。身体を起こすと、目の前一面に草原が広がっている。さらさらと風が流れ、葉の色が空気の流れを可視化している。
立ち上がってあたりを見回すと、周辺に目立つものはこの大樹一本だけのようだ。その大樹の根元に、古びた剣が突き刺さっていた。ゲームとかでよく見る、西洋の聖剣っぽい感じのやつ。俺は吸い寄せられるように、本能的に寄せられるように剣に近づき、柄を握ってみる。ひんやりとした金属の感触が手に伝わってきた。ずっしりとした重みを感じながら引き抜くと、剣はシャキっと小気味良い音を立てながら、意外とあっさりと土から抜け出した。剣を覆っていた錆がガラスのようにパリッと割れ、うっとりするような美しい白銀の刀身が現れる。左右に突き出た鍔はシンプルながらも威厳がある。柄は古びているが中央に黒い水晶が埋め込まれていて、その貫禄は圧倒的だった。
剣が刺さっていた場所の横に、落ち葉や草で半分埋もれた朽ちかけている石板があった。表面に、なにやら文字が刻まれている。それは明らかに日本語ではなく古代文字のような、見たこともない記号の羅列だった。けれど、どういうわけか、その文字を俺は読むことができた。
『古来より伝わる勇者の剣、ここに眠る』
勇者……
そう言えばと、ふと自分の身体に目を落とし、俺は驚愕した。着ている服がいつもと全く違ったのだ。布地の服にボロボロの革鎧のようなものを身につけている。それだけではない。手足の感覚も、身長も、骨格も、肉付きも、明らかに自分の身体ではない。勇者の剣の鏡のような刀身に、見慣れない顔と、見慣れない水色の髪が映っている。しかもこの髪の毛、元々の俺と同様、忌まわしきクセ毛だ。どうせなら次郎みたいなつやつやストレートのさらさらヘアがよかったのに。
一体何が起こった?
異世界転生?
そして俺が勇者ヒン○ルに?
アニメや漫画でよくある展開が、まさか自分の身に起こったのだろうか。でも、死んだ記憶はない。じゃあこれは夢? いや、しかしそれにしては剣の感触、土と葉が香る空気の匂い、日差しの温もり、葉が揺れるさざ波の音があまりにリアルだ。前に見た夢みたいに急で唐突な場面転換もない。
ということは、やっぱりそうだ。
俺は死んだ。
気づかないうちに。
授業中に心臓マヒ。
うーーん。
「あり、うる……!」
そう結論に至った瞬間、心の底から熱いものが込み上げた。自分の死に対する悲しみとか後悔とかももちろんあったが、それよりも小さい頃からの夢――特別な存在への憧憬が蘇る。
この世界ならなれるかもしれないという期待と興奮、そして微かな畏怖が入り混じる複雑な感情が、それらを薄めていく。空想上の存在でしかなかった自分が、今ここで、見知らぬ身体で剣を持ち、異世界としか思えない地に立っている。
俺は決意を固め、剣を肩に担ぎながら、改めて周囲を見回した。どこまでも続く草原。よくよく眺めると、地平線がない……? 果てのない緑は、透き通るほど青い空に溶けて霞み、景色の奥底で滲んで消えている。白い雲がのんびりと流れている。
そして俺は、大樹の影から一歩踏み出した。
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