未来から来た教え子いわく!うちの生徒がのちの偉人で世界を救う救世主!?俺こそ過去改変の塾講師!

ハチシゲヨシイエ

第1話 塾講師のツヴィースパルト

生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。―――ウィリアム・シェイクスピア




2024年12月9日16:00




俺はいま、パソコンに向かって格闘している。2LDKの一室で。




一週間の授業準備だ。冬期講習も近い。休みの日もデスクワークをしないと仕事が回らない。受験生だけじゃなく、中学一、二年生、小学生の授業もある。やることは多い。




労働というのは、太古の昔、人類が文明を神から賜った代わりに課せられた罰だ。発展の代償に勤労を、賃金の代償に疲弊を、希望の代償に絶望を。




休みの日は一週間の疲れが全く取れない。日本人は働きすぎるというが、我々塾業界というのもご多分に漏れず働きすぎている。冬期、春期、夏期講習、受験直前の1月2月は、一日13時間以上勤務、休憩時間はなし。ほぼ一日中授業をするか、近隣の学校の登下校時間に合わせてビラ配りか、面談か、補習か、電話か、営業か、そのどれかだ。週休2日を謳っているが、実際は週休1日。




俺にとってはこの月曜日が約束された唯一の休みだ。(※講習期間になればこの休みすら強制的に奪われる)




俺が将来ある子供たちに伝えたいことと言えば、週休二日を掲げる会社には絶対に就職するな、ということだ。完全週休二日制以上の、福利厚生が充実した、昼休みや食事休憩の時間が当たり前に存在する、そんな会社で働いてくれ。先生からは以上だ。




はぁ。




俺はパソコンに打ち込んでいる備忘録、というか日記もどきをCtrl.+Sで保存して閉じた。今朝通販サイトから届いたレッディーブルを1缶あける。




ごくごく。




……はぁ。




はぁー。




はぁ。




ため息。別につらいことがあったわけでもない。いや、つらいんだろう。うっすらと「つらい」が、この5年間継続的に続いていて、それが当たり前になって、つらくもかなしくもせつなくもないにもかかわらず、出てしまう。




煙草に火をつける。USAスピリットという銘柄の9mmだ。




すぅー。……ふぅー。




煙草は嫌いだった。


理由はシンプル。4歳から18歳までの14年間、一緒に住んでいた祖父が吸っていたからだ。


母方の祖父・健一は、頑固で皮肉屋で野球好きの短気な老人、かつ喫煙者だった。


祖父の書斎はいつも煙草臭かった。強情で嫌味を日常的に言うキレる爺さん、好きになる方がおかしい。


坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。おかげで俺は、野球も煙草も嫌いになった。




が。




いま俺は煙草を吸っている。あの頃の俺と今の俺は、同じ人間なのか。




神部計(かんべけい)。




俺が煙草吸うようになるなんて。人生、何が起こるかわからねえな。はは。




自嘲気味に、燃え尽きた一本を、吸い殻の溜まった灰皿に捨てる。




2024年12月9日6:28




チャイムが鳴った。




おかしいな。俺は違和感を覚えた。AMAZONESで注文していた商品は今朝届いた。塾で働き出してから、俺の家を訪ねてくる友達は一人もいない。(友達がいないわけではないと言っておこう。週休1日、しかも月曜休みの俺と予定が合う友人がいないのだ。決して友達がいないわけではない。決してだ。)そして、ここ栃木県宇都宮には、同僚と教え子以外に知り合いはいない。彼等に住所を教えたこともない。なおかつ、俺はこれまでつつましく生きてきた。警察が訪ねてくるようなことも一切ないのだ。




だからこそ。




俺を訪ねてくる客は、この世界にはいない。




誰だ。




俺が借りている5階建ての集合住宅には、インターホンにカメラはついていない。入口はオートロックで、室内から開錠してやることで、来客は中へ入れる。




ガチャ。




とりあえず俺は、5階の自室から、1階の来訪者へ話しかける。




「誰ですか?」


「AMAZONESです。お届けものに参りました」




若い女の声。




「え?AMAZONES?」


「はい」


「いや、もう今日届いてますけど」


「え?」


「届いてますよ。本当にうちですか?」


「カンベエさんですよね?」


「え?」


「あ、いや、神部さんですよね?カンベケイさん」


「はい。んー、ちなみに商品って何ですか?」


「え?商品?」


「そうそう、いまあなたが持っているAMAZONESの商品って何ですか?」


「逆にカンベさんは何をご注文されました?」


「なんであなたが質問してるんです!?」


「逆転の発想です。現実世界のトラブルにおいて、正攻法だけが解決策とは限りません」


「なんなんだアンタは!」


「答えてください!逆に怖いんですか!?いやらしいもの買って、それを私のような女性に向かって告白することで、逆にセクハラで訴えられることを懸念しているんですか!?逆にとんだ腰抜け変態王子ですね!」


「逆に逆にうるさいな!!!!どさくさに紛れてすげえ失礼なこと言ってるぞアンタ!」


「答えてください!」


「レッディーブルの24缶セット!」


「レッディーブル?」


「翼をたまわるエナジードリンク!俺の必需品!」


「エナジードリンク常飲していたら早死にしますよ?」


「余計なお世話だ配達員!」


「で、何時に届いたというんですか、そのレッディーブルは?」


「なんでそんなことあんたに言わなくちゃいけないんだ!?」


「そのレッディーブルの配達員が、AMAZONESを騙った偽者の可能性があります。教えてください」


「いや、偽者なわけないだろ。俺が指定した8:30にしっかり届けに来てくれた」


「8:30、ぴったり8:30ですか?」


「そうだよ。つか、偽者がいるとしたら、それはアンタだ!いま俺は配達されたレッディーブルを飲んでるんだからな!」


「……」


「おい偽者!なんなんだアンタは!?」


「……」




ん?




いなくなったのか。




少し怖くなった俺は、あがってくるはずもないのに、部屋の玄関に向かった。鍵は閉まっている。






……こええええええええええ!!!!!!!!






普通にやり取りしていたけど怖すぎるだろ!いま流行りの闇バイトなんじゃないか!?間違ってオートロックを開錠していたら、あの女、変な外国人とか連れて俺を襲っていたかもしれない。縛られた家の中荒らされて、最悪口封じで殺されていただろう。


冗談じゃない。俺の人生、よくわからない頭のおかしい奴に殺されるためのものなんかじゃない。




胸がばくばくしている。はぁ、用心しよう。無駄死にだけはしたくない。




俺の人生、まだ何も成していない。




大学卒業後、小劇場で売れない役者をやって、自分で団体を立ち上げて売れないプロデューサーをやって、借金を背負って演劇を辞めて、彼女との結婚を考えて学習塾に就職したけど、就職して1年で振られて、そこから何も起きずに丸4年。結婚もしていなければ恋人もいないし、こんな仕事柄出会いもないし、万一出会えても、恋を育む時間もない。ないない尽くしのこの人生、いま死んだらただの塾講師を務める男性会社員(33)だ。




やり直せるもんなら、やり直したい。




はぁ。




俺は静かに絶望していたんだな。




ー---------------------------------------------




2024年12月9日8:20




目覚めてしまった。




はぁ。




あくびより先にため息をつく。




はぁ~あ。




これはあくび。




せっかくの休みなのに。こんな早く起きるなんて。




はぁ。




のどが渇いた。水。あったっけな、水。




目をしぱしぱさせて、裸足で冷蔵庫のあるリビングへむかう。床が冷たい。冬の到来を足の裏で感じる。




ごくごく。はぁ。




俺は、昨年からいわゆる不眠症である。寝たら、数時間起きに目が覚める。「ポケットビーストsleeping」というスマホアプリで計測したところ、熟睡とは程遠い睡眠状態で、録音したデータ音声を聞くと、爆音のようないびきをかいていた。


万が一恋人が出来たとしても、このいびきを聞かせたらあっという間にさよならバイバイだ。満足のいく睡眠を取れていないから疲労も取れない。唯一のメリットは、遅刻を絶対にしないということぐらいだ。身体から社畜になってしまっている。




会社への不満を聞いた友人知人は全員俺に言ったな。




「そんなところ辞めちゃえば?」




100%正しい。実際、今年のはじめ、退職を申し出た。


昨年から血圧が170を越え、将来を見据えて退職することにしたのだ。


だが、会社には引き止められてしまった。現在、うちの会社は深刻な人手不足で、数多くの社員が辞めている。




当然だ。




こんな過酷な仕事、続けられるのは体力のある20代くらいだ。




「いま辞めたら生徒たちはどうなる」




管理職のおっさんに言われた一言。ふざけやがって。


そんなことを言われたら、辞められない。




すっかり情が沸いている、我が塾の生徒たちを想う。




素直ないいやつらばかりだ。中にはひねくれてたり、俺のことを嫌っていたりする子もいるが、平凡な俺の授業をちゃんと聞いてくれる、良い子たちばかりだ。




他の校舎じゃ授業中にスマホをいじったり、授業が崩壊しているところもあるらしい。それと比べれば100億倍いい。俺は教え子たちに恵まれている。




もう少し頑張るか。




そう思って10か月。冬の冷酷な寒さがそうさせるのか、鬱々とネガティブな気持ちに侵されているのも事実だ。


あと3年だけ頑張ろう。いまの貯蓄にプラスで300万、いや、200万でいい。貯金が溜まったら、塾を辞めて、ド田舎に中古の一軒家を買って、隠居したい。




俺は疲れた。3年後、俺は俺のための人生を生きるんだ。




2024年12月9日8:30




チャイムが鳴った。




おかしいな。俺は違和感を覚えた。こんな朝から何だ。塾で働き出してから、俺の家を訪ねてくる友達は一人もいない。(友達がいないわけではないと言っておこう。週休1日、しかも月曜休みの俺と予定が合う友人がいないのだ。決して友達がいないわけではない。決してだ。)そして、ここ栃木県宇都宮には、同僚と教え子以外に知り合いはいない。彼等に住所を教えたこともない。なおかつ、俺はこれまでつつましく生きてきた。警察が訪ねてくるようなことも一切ないのだ。




だからこそ。




俺を訪ねてくる客は、この世界にはいない。




誰だ。




俺が借りている5階建ての集合住宅には、インターホンにカメラはついていない。入口はオートロックで、室内から開錠してやることで、来客は中へ入れる。




ガチャ。




とりあえず俺は、5階の自室から、1階の来訪者へ話しかける。




「誰ですか?」


「AMAZONESです。お届けものに参りました」




若い女の声。




「え?AMAZONES?」


「はい」




思い出した。そう言えば、7日土曜の深夜、注文したんだった。




「いま、開けますね」


「よしっ」




インターホン越しの女の声に違和感を覚えた。あれ、この声、聞いたことある。


それに、いま、よしっ、って言ったか。




「いま、よしっ、って言いました?」


「え?」


「あの、ちなみに宛先って本当にうちですか?」


「はい。カンベエさんですよね?」


「え?」


「あ、いや、神部さんですよね?カンベケイさん」


「はい。んー、ちなみに商品って何ですか?」


「え?商品?」


「そうそう、いまあなたが持っているAMAZONESの商品って何ですか?」


「逆にカンベさんは何をご注文されました?」


「なんであなたが質問してるんです!?」


「逆転の発想です。現実世界のトラブルにおいて、正攻法だけが解決策とは限りません」


「なんなんだアンタは!」


「答えてください!逆に怖いんですか!?いやらしいもの買って、それを私のような女性に向かって告白することで、逆にセクハラで訴えられることを懸念しているんですか!?逆にとんだ腰抜け変態王子ですね!」


「逆に逆にうるさいな!!!!どさくさに紛れてすげえ失礼なこと言って、」




ん?




デジャヴ(既視感)だ。前にもこんなやり取りをしたような気がする。




「答えてください!」


「だが断る!!」


「なにぃ!」


「逆にじゃなくて、普通に俺の注文した商品を教えてください!普通に!」


「レッディーブルの24缶セットです!どうですか?」


「あっ、合ってます。俺の注文したものです」


「カンベさんね、エナジードリンク常飲していたら早死にしますよ?」


「余計なお世話だ配達員!」


「オートロック解除してもらってもいいですか?」


「ああ、すみません」




俺は開錠した。




少々お待ちください、という女配達員。




俺は彼女がエレベーターで上がってくるのを待っていた。




ん?




カンベエ。




俺のあだ名だ。うちの塾では、講師に全員あだ名がある。




カンベエ。なんで俺のあだ名を、あの配達員が。




ピンポーン。




部屋のインターホンが鳴った。




何だこの胸騒ぎは。




俺は玄関の前に立った。鍵をひねる。




アケタラモウモドレナイ。




誰かの声が聞こえた。この扉、マジで開けていいのか。




開けたら。何か、変わっちゃうんじゃ。






俺の戸惑いをよそに、勝手に扉が開いた。




ガチャリ。




「え、あ」




人んちのドア勝手に開けるなよ、とつっこみたくなったが、言葉が出てこなかった。




白いコートを着た、赤いロングヘアーの長身美女が、扉の前に立っていのだ。




フランス人形のような彫りの深さを持った、ハーフ顔の、色白の女性。




まつ毛は長く、目は緑色で宝石みたい。




「う、ぅつ、」




うつくしい。初対面の人にいきなり言うもんじゃない、必死で言葉にするのを抑えた。




「カンベケイさん、ですよね?未来から貴方に会いに来ました」


「え?」




アケタラモウモドレナイ。エルピスノナイパンドラノハコヲ。

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