WIP 第6話

チェ・サンミン少佐は、ヘルメット越しに打ちつける雨の音を無視するように、周囲の影を丹念に観察していた。

分隊は事前通り二手に分かれ、一方は屋上付近の鉄骨梁へ、もう一方は地上階のブリーチングポイントへと静かに移動している。


先ほどとは違いNVGは使わず、細かな光量変化や稲光による一瞬の残像で地形を把握する。豪雨の中、NVGを用いれば水滴が像を乱し、逆に不利になると判断したためだ。


予定では、あと数分で突入班が工場の薄いコンクリ壁をブリーチし、内部へ滑り込む手はずだ。


見張りを一撃で沈黙させたシャープが、鉄骨の陰からわずかに身を乗り出し、遠方の様子を横目で確かめる。弾道と風を脳内に計算しながら、次の標的候補を探っている。


先程の見張りを除去した後、周辺に新たな動きがあれば、そこに本命が隠れているはずだ。

だが今のところ、特異な痕跡はない。

むしろ、その「なさ」こそが不自然だった。


チェ少佐はタイムベースで行動する規定通り、3分後には突入班がドア爆破または軽量ブリーチングツールで壁を破るはずだ。


だが、この静かさ——地元武装勢力は警戒しているだろうが、外部からのさらなる干渉はどこだ?

あの精巧な一撃を放つ前後、日本側特殊部隊の可能性が頭をよぎっていた。


事前の情報では、SFGpが動く可能性が囁かれていた。チェ少佐は、その名を反芻する間もなく、次の決断を下す。


静寂が長引くほど、敵(SFGp)がペースを握る—— 直感と同時に思い出す。

今から4年前、日本との合同演習で対テロ戦術を競い合った際、あのSFGpは気配を悟られぬまま重要拠点を攪乱し、標的を先に押さえる離れ業をやってのけた。

その時、チェ少佐は決断の一瞬を躊躇したがゆえに、想定シナリオ上で一歩後れを取った苦い経験があるのだ。


雷光が一瞬、周囲を白く焼き、その隙間でチェ少佐は手信号を切り替える。緻密な計画も、予定されたタイムテーブルも、今は大胆な行動力で上回るべきだ。


「ブリーチング班、前進。」


無声の合図が伝わった瞬間、ブリーチングチームの2名は、わずかに膝を沈めた低姿勢のまま、地表に残るガラス片や金属破片を靴先で避けるように前進する。


片方がブリーチツールを壁面にあてがう際、もう片方は一瞬ライフルの銃口角度を下げ、視界死角をカバーする位置へ微調整。

どちらも呼吸のテンポで合図を合わせ、雷鳴の直後を狙って衝撃を加える。


ツールが低く鈍い音を響かせ、湿った破砕音と共に一部の壁材が崩れ落ちた。同時に、突入員が身体をすべらせるように内部へ滑り込む。


内壁の崩落で生じた粉塵が浮遊し、鉄錆びた空気がわずかに生暖かい。雷鳴が外で呑まれ、ここでは呼吸と脈動だけが行動の拍子になっている。


すぐさま右側で微妙な物音——木箱を擦るかすれた息遣いか。

突入員は反射的にライフルをその方向へ振り、サプレッサー越しの射撃を迷わず実行。


乾いた呼気のような発砲音が雨音に埋没し、地元兵とおぼしき男が首元から力を抜かれるように倒れ込む。

彼が声を上げる間は与えられなかった。


一瞬の射撃後、ライフルを左右に振り、積み上げられた資材、転倒した家具、物陰と思しき溝を速やかにスキャンする。


続いて第二の隊員が背後から続き、床に散乱する釘やガラス片を踏まずに、足の外縁で地面を軽く撫でるようなステップで深部へ進む。


近接戦闘のリズムがここで生まれる。

前衛が制圧し、後衛が検証、そして狙い定めた一瞬に誰がどこを抑えるか、全ては沈黙の中で立ち上がる図面のように織り上げられていく。


一切の逡巡なく、前進を続ける。


前列の隊員は、角を曲がるたび薄暗い空間を切り取るように視線を巡らせ、サプレッサー越しの銃口をわずかに揺らす。

後列の隊員は、微妙な身振りで「後続よし」「側面よし」といった合図を返した。


次なる部屋へ向かう扉があった。

隙間から、わずかな呼吸や衣擦れの音が滲み出てくる。相手が待ち伏せを企図するなら、ここが好機だろう。

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砂場 Colet @kakukaku025

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