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第5話
ヘリが微かな振動を刻む。
雨粒が機体の外装を叩き、回転翼が生む揺らぎがシート越しに伝わる。
レイヴン、ファング、エコーの3名は、すでにレッドのマインドセットで覚醒し、任務目標のイメージを頭の中で反芻していた。
先ほどまで整然と並んでいたペリカンケースは、今は全て開かれ、HK416やMP7、各種サプレッサーやジャミング機材が身体に密着している。
ゴーグルを下ろし、無線ラインは最低限、声は出さず、手指の微妙な合図で意思疎通ができる状態だ。
遠雷が微かに響く。
レイヴンはヘルメットのエッジに指先を触れ、到達予想時間を脳内で再チェックする。
少し前に整備兵から受け取った暗号的な手信号から、もうすぐ高度と降下地点に近づくと予想できる。
エコーはジャミングデバイスのスイッチ付近をなぞり、到達後にどの周波数帯を妨害するか頭の中で再確認する。
ファングはHK416A5のグリップを握り直し、サプレッサーの冷えた質感を手袋越しに感じる。
豪雨は敵を盲目にし、音を曖昧にしてくれるはずだ。
機内の空気感が変わる。
パイロットからインカム越しに短いクリック音が一度だけ入った。
降下準備の合図だ。
レイヴンは指先でシグナルを出し、ファングとエコーがすぐに応じる。
カラビナを確認し、シートベルトを外してロープ降下ポジションへ移行する。
機体がわずかにホバリングを始め、振動が増した。
ファングは足元を見下ろし、レイヴンは小窓越しに風向きを読む。
タイミングは完璧だ。
高度、風、豪雨、そして敵が未だ気づいていない事実。
地表は闇と泥、無法のエリアであるが、それこそが彼らの狩場になる。
雷鳴が低く響き、機内がわずかに振動した瞬間、レイヴンが小さく手を挙げる。
エコー、ファングが視線で応え、ロープに手を掛ける。
そして数瞬後、彼らはもはや区別不能な陰影へと消えていった。
地上に降り立つ瞬間、レイヴンは衝撃を膝で受け流し、すぐに身体を前傾させる。ブーツ底越しに冷たい湿り気とわずかな沈み込みが伝わる。
ヘリの気配は既に消え、周囲は黒い闇が支配しているが、彼らはナイトビジョンゴーグルを用いない。
人工の増幅装置よりも、闇に慣れた裸眼と訓練で研ぎ澄まされた暗所視が、自然なコントラストを捉えられる。
レイヴンは数秒、まぶたを半開きにして深呼吸する。
豪雨が瞳を洗い、微弱な光すら滲んで見えるが、徐々に輪郭や動きのパターンを拾い上げている。
空を裂く稲光は一瞬だけ周囲のシルエットを描き、次の瞬間には黒さが戻る。
その一瞬で、崩れた鉄骨の位置、遠くの廃屋の形、そしてファングとエコーの影を認識する。
ファングは低い姿勢で、ほとんど匍匐に近い動きで泥中を進み、近場の破片や残骸をカバーとして活用している。
エコーは腕に抱えたジャミング機材を極力濡らさぬよう、わずかに丸まった背中で慎重にステップを刻む。
どちらもNVG無しで行動できるのは、極端な光量変化の中でも視覚情報を脳内処理し、最小限の手がかりから三次元マップを再構築できるからだ。
レイヴンは手を使わず、首の僅かな振り幅で降り注ぐ雨粒を視野の外へ追い遣る。
手を動かせば、不要な音や光の反射を生む可能性があるし、何より自分自身の存在を晒すことになる。
廃工場の壁面がほんの僅かな残光で輪郭を示し、ファングがそこへ滲むように接近する。
エコーは別方向から回り込み、通信妨害の起動タイミングを狙う。
その時、ファングがわずかに動きを留める。
何か見つけた気配だ。
湿り気を含む風が僅かに方向を変え、血の匂いを伴うような不穏な空気が鼻孔を掠める。
レイヴンはそちらへ微細な合図を送ることなく、呼吸を浅くして様子を探る。
エコーも下手な動きはせず、位置を固定してエネルギーを潜めるように待つ。
ファングがにじり寄った先には、倒れ込んだ影があった。
泥水を吸った軍服、手には旧ソ連系のライフル──地元武装勢力の見張りらしき男が倒れている。首元に正確な弾孔。
撃たれた位置、弾道、出血量、そしてまだ温かさを失いきっていない死体。
何者かが、ここで極めて静かで正確な殺傷を行ったらしい。
レイヴンは少し首を傾け、視線を微調整する。
わずかに蒸気を帯びた雨が水溜まりを掻き立て、死体の周囲に小さな水紋が広がる。
その足元には乱れた足跡がない。
射手は遠距離から確実な一発を叩き込み、撤収したか、あるいは別の地点へ移動した可能性が高い。
特殊作戦群は、豪雨の中であっても発砲音を感じ取ることができる。例えそれがサプレッサーにより消音されていたとしてもだ。おそらく雷鳴に合わせて一撃発砲をしたのだろう。
ファングが肩を落とす微かな仕草で、「他者の存在」を伝える。事前のブリーフィングから、隊員たちはそれを707と読み替えた。
エコーは静かに身を伏せて、ジャミングの開始時刻を少し後ろへずらすよう計画を立て直す。
3名の隊員が思考を高速で組み替え、静かな戦場へと突入する準備を済ませる。
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