1日24分配達員は勇者様御一行の御用達

赤茄子エクスペンシブ

第1話 目先の利益と先走る口

この世界には理性なき魔物が蔓延っている。その原因は世界樹を蝕む蟲だった。これを駆除するために建てられたのが冒険者ギルド。ギルドは神聖力と強力なスキルを持った人間を勇者として世界樹を蝕む蟲、魔物を倒すためのパーティを結成した。


「その勇者様の定期便....?」

「ネム、国で最も評判が良く、仕事の早い君にしかお願いできないことだ。」

「....学園長、そのお言葉は嬉しいんですが、勇者様は常に移動し続けてるじゃないですか。お届け先が毎度違う定期便なんて聞いたことないですよ!」


魔法アカデミーの学園長室、後光のようにオレンジの光が窓から差し込む。学園長エレネはその黄金の髪の毛をさらりと流しながらなんてことないように私に依頼をしてきた。内容は先ほどの通り、勇者様に定期便を送ること。


「そもそも学園長お忘れで無いですか?私はこのスキルの副作用で定期的に配達のお仕事ができないんです」

「ああ、存じ上げているとも。」

「この契約だとあなたとだけしか取引ができなくなってしまいますぅ。」

「君のスキルがあれば可能だろう」


スキル、この世界に生まれたものに与えられる祝福。スキルは生まれた時から持っているものもあれば、成人の年になってようやく現れるものもある。中では魔物を倒すことで新しいスキルを手に入れたものもいるそうだ。


私はスキルを複数持っている。「土地勘SSS」、「疲労軽減SSS」、「移動速度上昇SSS」、「1日24分」。


そう私は不思議なスキル「1日24分」を持っている。このスキルは人類史初めてのスキルだという。簡潔にスキルを教えてくれた聖職者の方はこう説明した。1日の体感が24分になるスキルだ、と。


実際のところ、私の体は24時間をたった24分としか感じていないそうだ。そのため私は20日に一度の食事と、2ヶ月に一度に大量の休息をとるという不思議な生活を送っている。ちなみにこのスキルは成人の際に賜った。だから脳と体の感覚が一致せずに最初の方はかなり体調を崩してしまった。


このスキルと元々持っていたスキルを合わせて私は配達員になった。正直この職業は天職で、不眠不休で移動し続けられる体は丁寧な速達員として高評価をいただいているのだ。


「その不思議なスキルもあればそれぞれの国にはワープポータルがある。君に不可能はないのだよ」

「....学園長、正直に言ってください。他の配達員を探すのが面倒なだけとかではないですよね」


沈黙。


「エレネさん」

「君以上に信頼できるものがいないだけだ。頼むよ。」


すこし面倒な依頼。破格の依頼料。私にとってはぎりぎり不可能ではない依頼だ。しかしかなりの負担になることは目に見えている。ワープポータルがあるからこそ、今までの依頼と並行して行えないこともない。ただ単純に労働時間がすっごく増える。


ちらり、断ろうかと学園長を見る。いつも感情のないその表情が今ばかりはすこし焦っているように見える。きっと彼女も無理なお願いをしているという自覚があるのだろう。


「もう何年ももしや何十年も兄さんと連絡が取れないと思うと私は心配で仕方なくなる。たった1人の家族なんだ」

「学園長.....」


最悪だ。情に訴えかけられると私は弱くなってしまう。だがしかし、私は断る。だって今のままでも十分稼げる!十分満足な生活を送れている!


断るため口を開こうとする。


「君が、欲しいと言っていた無限ポーチだ。流石に無限とはいかず一定の重量を超えると重さが増してしまうがそうそうないと思う。」

「それを先に言ってくださいよぉ!もちろんお受けいたします、学園長!!」


目先の利益に口が先走った。


「ありがとう、ネム」


綻ぶような笑顔を見れば今更辞めるとも言えるはずはない。


そうして流れるように契約が交わされて、私は依頼のために他国へ駆り出されることになったのだ。


◆◆◆◆


「これすごい。俺の腕全部入る」


出発の日、学園長からもらった無限ポーチを探して家中を漁った。結果、ポーチは義弟のプロトが腕を入れて不思議そうに遊んでいた。そのそばで義妹のアーキがきゃっきゃとはしゃいでおり、彼らのそばには一緒に連れて行ってくれとでもいうように大荷物が置かれていた。


とりあえず危ないため、ポーチを取り上げプロトに向かって注意をする。


「このおバカ、危ないでしょ」

「えー。この中に入れば、姉ちゃんが連れてってくれると思ったんだけど」

「そうだよ、お姉ちゃん!あたしたち絶対邪魔しないのになんで連れてってくれないのーー!」


やいのやいの、子犬のように吠えてくる姉弟に耳を塞ぐ。


「言ったでしょ。私がいなくなってアーキもプロトもいなくなったら、この残った配達物を誰が配達するの?」


配達受付所にこんもり集まった宅配の依頼書。私たち家族に現時点で依頼されたそれらは今日までのものばかりだ。


それもそのはず、私たち家族が承る配達物は基本的に速達をモットーに売り出しているのだ。期限ぎりぎりのもので焦りに焦ったお偉方や商人の方が最後の最後に駆け込む配達業者が私たちというわけだ。もちろん、速達な分だけ少し依頼料を多くいただいている。それで私たちは生活費を稼いでいるのだ。


「アーキがやる」

「プロトがやる」


お互いに押し付け合っている。そのまま喧嘩に発展しそうだったため、割り入って彼らを止める。昔、彼らの喧嘩で家が半壊した。それを阻止するためにも激しい喧嘩になる前に止める必要があるのだ。


「すぐに帰ってくるから」


目の前の赤色の頭二つを抱きしめる。納得がいかないようだけど、大人しく受け入れている姉弟の頭を撫でてその耳元で口を開く。


「ついてきたら今月のお小遣いなしだよ」

「「ダメ!」」

「あはは、じゃあ今日のお仕事も頼んだね!行ってきます」


ぶすくれた表情で2人揃って手を振ってくる。無愛想な表情なのに愛くるしい様子に思わず笑みが溢れた。


◆◆◆◆


現在勇者様御一行は魔物被害が特に深刻な夜長の国にいるらしい。彼らは目立つから情報収集が楽で助かる。学園長からある程度の場所は教えられているが、宿やもしかすると野宿かもしれないけど詳細な場所は教えられていない。だからこうして道ゆく人に聞きながら進むしかない。


「すみません、勇者様に配達物なんですけど。もしかしてクエスト行っちゃいました?」

「あら、ごめんなさい。たった今、濃霧の森のS級ネストに向かったところね。帰ってきたら私が渡しましょうか」

「お気遣いは嬉しいんですが、直接手渡ししたいので...」


宅配物のすり替えはいつも考えておかなきゃいけない。間違ったものを届ければ信頼が地の底に落ちるから。


一礼してギルドをでる。S、A~D級まである中のS級はA級よりも強い魔物がいる。この説明の通り、A以上という雑な分類をされていることによって、どのくらい強い敵なのかは行ってみないとわからないという大博打だ。それこそ無謀か勇者かじゃないと受けることはないクエスト。


つまり何が言いたいか、勇者がいつ帰ってくるかわからない。ということだ。


「はーーーー、最初っからこうなるのねえええ....」


姉弟には早く帰ると言ったけど、このまま勇者様が森から帰ってくるのを待っていたらいつになるかわからない。私自身は時間感覚がバグだから問題はないけど、姉弟はそうともいかないのだ。


長く息を吐いた。


とりあえず、迷子になることで有名な濃霧の森に向かうことにした。何があっても私のスキルが家まで帰してくれるという絶対的自信を持って。


◆◆◆◆


「同じ道が繰り返してるナリね。どうするナリ?」

「森ごと燃やせばいいんじゃないかな」

「馬鹿ナリか!?きつねたちも燃えるナリよ!!!」


濃霧の森、別名を迷い森。おそらく魔物のせいで時空が歪んでしまったのだろうか、入ったものは帰ってこれないという。勇者一行はここ数十分の間ずっと同じ道を歩いていた。印をつけた木を何度見たことか。だんだんめんどくさくなってきたのか、パーティの一員ノハナが火の玉を生成し、森に放とうとした。しかしそれは黄金色の狐に阻止された。


「でもまあ、ノハナの意見も一理あるわよ。アタシたちはもう罠にかかったってことでしょ?なら内側からドカンと一発やってやりましょうよ」

「ドカンするんですかぁ?ヨルも てつだいますよぉ!」

「ダメだ。脳筋しかいないナリ...」


筋肉に全ての細胞が持っていかれた男、カマとカマのいうことは絶対な女、ヨルはノハナに賛同して森を燃やし尽くしてしまおうと武器を構え出した。今ここに、彼らを止める人は黄金色の狐一匹だった。しかし狐は我慢ならないというようにこのパーティのリーダーに噛み付いた。


「見てないで止めるナリ!おまーが止めないと誰も止まらないナリ!!」

「ハハハ、燃やすなら派手に燃やそう。花火のように優雅に美しく!」

「勇者ァ!!!」


破天荒なリーダーゆえにこのパーティあり、だった。勇者一行はいつものように荒々しく事を片づけようと各々戦闘態勢をとる。


「あ、勇者様ですか!見つけた見つけた!」


背の高い木の間から人がビュンと降り立つ。

そう、それこそ魔法アカデミー学園長から依頼を承った配達員ネムだった。


「エレネ・ハイペリオン学園長からお手紙です!」

「わお、これはとんだサプライズだ。こんな場所にまで妹の手紙が届いたよ。そもそも君、よくここまで来れたね。」

「あはは。私、そういうスキル持ちなんです」


黄金色の狐がネムの肩に縋り付く。


「へぇ、じゃあ出口まで...いや、この森の一番奥まで案内してほしいナリ。このままじゃきつね、焼き狐になっちゃうナリ...。この野蛮人共から、哀れなきつねを助けて欲しいナリ...!!」

「狐が喋った...」


可愛らしい動物のようにネムに擦り寄る狐に勇者はけらけらと笑っていた。一方当事者のネムは間抜けな顔で唖然としている。


「なるほど、それはいいアイデアだ。お嬢さん、お願いできるかな?」

「へ...?」


差し出された手に条件反射で手を乗せたネム。その様子が従順な犬のようで勇者は思わず笑みをこぼした。


「勇敢なお嬢さんに感謝を」


紳士らしく指先にキスを落とした勇者にネムははっとする。肩に乗った狐が安堵のため息をついたのが聞こえる。どうやら自分は案内することになったらしい。


「ヨルたちの てきっていう かのうせいは ないんですかぁ?」

「こら、思ってても言っちゃダメよ」


視線が痛い。肩に乗っている狐が重い。右手を握られる感覚が妙に不快だ。


「魔物だとしても、僕が殺すからいいよ」

「こらノハナ、お嬢さんを怯えさせるようなことは言わないでくれるかい。悪いね。彼、悪気はないんだ」

「怯える?どうして?」


無感情な青の瞳がこちらを見つめている。吸い込まれるような深い青が暗い森の中で鈍く光っている。なんだか目を奪われてしまって言葉を失う。


「ストップだ、ノハナ。暴走するのは君の悪い癖だね。それに笑顔がないのもナンセンスだ。」


勇者の真っ赤な瞳が細められる。不気味なほどに人懐っこいような笑顔、この場に似合わぬ完璧な可愛らしい笑顔。


「さあ、行こう。ディナーが待っている」


そうして私は勇者様御一行と私の土地勘のままに森の奥へと進んでいくのだった。


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