鬼畜たちの住処

岸亜里沙

鬼畜たちの住処

倉持くらもちヒカルの目の前には、不気味なピエロの仮面を被った一人の人間。

口元にボイスチェンジャーか何かを取り付けているのだろう。機械的で違和感のある声色だが、体格や骨格から推察すると、恐らく男ではないか。

仮面を被っているが、その仮面の下でクックッと笑っているのが、狭い密室の部屋に、耳障りな不協和音のように響き渡っている。


「頼むから、早く自分をこの部屋から解放してくれ」

倉持は仮面の男に懇願する。


「クックッ。だから、さっきから言っているでしょう。私を殺してもらえれば、あなたはここから出る事が可能なんです」


「そんな事・・・、出来るわけない。人を殺すなんて・・・」


「簡単な話じゃないですか。これは殺し合いのゲームではなく、あなたがただ私を殺せばそれで終わりなんですよ」


「そんなに死にたいのなら、君が自殺をすれば、それで済む話じゃ・・・」


「ただ自殺をするのでは、つまらないでしょう。だからこれは、私が行う人生最後のうたげです」

仮面の男はすらすらと答えるが、倉持は理解も納得も出来なかった。


倉持は会社の忘年会を終え、終電で自宅に帰っていたのだけは覚えていたが、途中で眠ってしまったのかもしれない。

目が覚めると、自宅ではなく窓もない廃墟のような一室に、この仮面の男と一緒に閉じ込められていた。

外界との唯一の接点である扉には、幾つもの鍵が取り付けられ、一目見ただけで簡単には出られないと、誰もが分かる。


仮面の男の言うように、ただ目の前にいる人物を殺せばいいというだけものだが、倉持の倫理観りんりかんがそれを許さない。

仮に、仮面の男を殺害し、無事に外に出れたとしても自殺幇助ほうじょの罪か、下手をしたら殺人罪で起訴されてしまうだろう。


「さあ、何を躊躇うのです。そちらに武器はたくさん用意しました。ナイフに拳銃、ハンマー、青酸カリに、ロープもあります。お好きなものを使い、私を殺してください」

倉持は仮面の男が指差した方を向くが、揃えられた殺人道具を見て頭を振る。


「だから、そんな事は出来ない。人としての道理から外れる。どうして無抵抗な人間を殺さなくてはならないんだ。君だったら出来るのか?」


「もちろん」

仮面の男は、あっさりと答えた。


「なあ、君は誰だ?仮面を、外してくれ」


「それは出来ません。私が死んだ後にでも、ゆっくり見てください。それに素顔を見せない方が、あなたにとっても殺しやすいんじゃないですか?」


「じゃあ、君を殺したとして、その後は?外にいる君の仲間が、鍵を開けてくれるっていうのか?」


「仲間などいませんよ」


「じゃあどうやってこの部屋から出ればいい?」


「この部屋の鍵は、全て私の心拍数とリンクしています。私の心拍が止まれば、自動的に開くようになっています」


倉持はため息を吐いた。

仮面の男を殺さない限り、この部屋から出る事は出来なさそうだ。

しかし仕方がないとはいえ、人を殺したという事実は、今後の人生に多大なトラウマを植えつける。

そうなってしまえば、自分も精神を保ち続けるのは難しいのかもしれないと、倉持は考えた。


「分かった・・・」

倉持は一言呟き、仮面の男が揃えた殺人道具の側に向かう。


「ようやく決心しましたか。これであなたは自由だ。さあどうやって私を殺してくださるのかな?」

仮面の男は嬉々として叫ぶ。


倉持は殺人道具の前まで行くと、その場に座り込む。


「自分は、君を殺さない。だがこの部屋からは出ていく」

仮面の男の方を向き、はっきりとした口調で倉持は言う。


「私を殺さないと、出られません」


「いや、自分が殺さないと言っているだけだ」


「だから、私をころ・・・・・・あっ・・・・・・」

仮面の男も、倉持の意図を理解したようだ。


「気づいたかい?自分はここで、時を待つ」


「クックッ。き、鬼畜な。まさか私が餓死するのを待つとは・・・。しかし、あなたが先に逝ってしまうかもしれませんよ」


「承知の上だ。君の言うにとことん付き合うよ。余計なお世話だが、その仮面は外した方が良いんじゃないか?そんな物を付けていたら、すぐに熱中症になってしまうからね。まあそれが君の望みかもしれないけど・・・」

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鬼畜たちの住処 岸亜里沙 @kishiarisa

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