Happy Birthday to ____ !

あめやみ

Happy Birthday to ____ !

お母さんは、ぼくが生まれた日を「誕生日」と呼んだ。

毎年、わざわざ大きなケーキとプレゼントを用意して、ぼくにこう言っていたっけ。


『今日はとっても嬉しくて、めでたくって、とってもとっても幸せな日なのよ』


ぼくの頭をなでながら語るお母さんの顔は、まるで雲のすきまから落っこちた天使様のように優しい。

普段は絶対に食べられないごちそうが素直に嬉しい。

いつも以上にお母さんの、かわいい妹の笑顔が眩しい。


誕生日って、あったかいんだなぁ。



ーーだけど。


ここ数年、誕生日を祝った記憶がなかった。だって、一緒に祝う人がいないから。


あの日、母も、妹も、村のみんなも。街で見かけたお金持ちの子が食べてた、水飴みたいに溶けてって。

そのまま、赤く溶け込んで消えてしまった。

美味しそうな匂いはしなかった。きっと本物の水飴じゃなかったからかな。

微妙に甘ったるくて、喉が痛くなるあの匂い。ぼくの鼻に、喉に、脳に、染みついて離れなくなってしまった。



それから、ぼくはケーキを食べなくなった。

あんなごちそう、高くて1人じゃ買えない。1人じゃ食べられない。

切り分ける相手もいないんじゃ、染みついたあの匂いが邪魔して美味しく食べられない。

1人でケーキを食べてすぐに吐いたあの時、そう学んだんだ。

初めてのお給料は、そんなどうでもいい授業料で半分消えた。



ーー私の目の前には、数年ぶりのホールケーキ。

「主役はたくさん食べなさい」と慣れない手つきで切られて、ありったけのいちごを乗せられた不恰好なケーキ。


いい匂いだと思った。脳の奥に眠った食欲が刺激された気がした。


右隣では、食いしん坊のあいつが目を輝かせてフォークを構えている。

左隣では、ちょっぴり大人しいあの子が興味深そうにケーキを見ている。

真正面よりちょっと右には、口達者なあいつが妙にそわそわしている。

真正面よりちょっと左では、あの子が、私を見ている。


みんなの顔を順繰りに見ていく。これ、みんなが用意してくれたのかなぁ。


「ほら、早く食べなさいよ。主役が1番に食べなくてどうするの」


あ、なんでみんな食べないのかと思ったら待っててくれたのか。


小さなフォークを持つ。

ひと口ケーキをすくうと、口に近づける。ちょっとずつ、ちょっとずつ。

久しぶりの生クリームの匂い。意を決して、勢いよく口にケーキを運び入れた。


勢いあまって少しだけフォークが歯に当たる。痛い。

けど、それすら気にならない。美味しい。



「今日は、なんだか温かい日だね」

「え、まだ寒いよ。春にもなってないじゃん」


まだ冬の風が吹き込むテラス席、鼻と耳を真っ赤にしながら、私はこう言われるのだ。


「誕生日、おめでとう!」

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