交通誘導の人についての空想

肥後妙子

第1話 十五年空想が続いてたりする

 確か、風邪をこじらせての高熱でした。子供時代に誰もが通る道ですね。

 で、八歳の私は小学校を休んだわけです。その時の熱を今でも覚えています。三十八度だったなあ。私は二人姉妹で、その時は姉と同じ部屋を使っていました。二段ベッドの下の段でした。会社員の父は出勤し、高学年だった姉は小学校へ行った午前中に、私は母に連れられて小児科へ行って診察を受けて薬を出してもらったのです。


 食欲はあったので(病気になっても食欲がなくならない子供でした)お腹に梅干し入り塩むすびと麦茶とスポーツ飲料を入れて、薬を飲んで二段ベッドの下の段で横になっていたのです。学校を休めたのはいいけど何にもする気にならないなあなんて思いながら。

 

 ベッドは窓の横でした。ぼんやりした頭で景色を見るわけです。外から何か音もしてましたからね。その音というのは道路工事の音でした。道路を直しているわけですから、工事を直接手掛ける人だけではなく、交通誘導する人も立っていました。

 普通の働く大人たちのいる光景です。当時の私も、ああ、工事中なんだなあくらいに考えて眺めていました。その時、気が付いたわけです。交通誘導の人、腕になんか付けてるなあって。


 腕章ですね。八歳の私は思いました。あの仕事の人って、腕章付けてる人と付けてない人いるけど何でだろうなあと。

 大人になった今ならすぐに現実的な仮説を出せるんですけどね。腕章を付けている誘導員さんは多分、現場リーダー的な人なのかな、とか。

 でも八歳の私は違っていたわけです。


 私はこう考えましたよ。あの腕章を付けた人は交通誘導する人の中でも特別な魔法を使える人なんだと。魔法を使える人だけがあの腕章を付けられるんだと。そして部外者が見ていない時にこっそり工事に良い影響を与える魔法をかけているんだとね。

 ぼんやりそんな事を暇つぶしに考えていて、そのまま眠ってしまったわけです。たしか、目が覚めた時は工事は終わっていて、熱も下がっていたと思います。


 それから風邪が治った後も交通誘導の人を見るたびに、腕章をチェックするようになりました。腕章が付いていたら、おお!魔法使を見つけた!と喜んで、ついていなかったら普通の人間なんだと納得してました。

 

 実は大人になった今でもその空想は続いているわけです。私は今年二十三歳でもう一人暮らしをしている社会人ですが、腕章を付けた交通誘導員を見かけると魔法使いだ!といまだに思います。そしてこの間、ちょっとビックリすることが起こったんですよ。まあ、一番ビックリしたのは私だと思うんですけど。

 

 師走の混んでいる道路で、私の乗っているバスものろのろ運転でした。進まないなあなんて思いながら窓の外を見ていたら、交通誘導員さんが複数歩いていたんです!

 全員腕章を付けた人でした。そして、交通誘導員さんの数は増え続けたのです!


 腕章を付けた交通誘導員さんはざっと二十人くらいに増えたでしょうか。全員同じ方向へ、同じ道を進んでいます。バスの中で他の乗客の人達も目を引かれたらしく、「あれ?」とか「何かあるの?」とか呟く声が聴こえました。

 私は思いましたよ。魔法使いが集会を開くために集まっているのだ!と。


 たぶん、交通誘導員さんに質問したら、「いやあ、ちょっと現場リーダーの会議に呼ばれましてねえ」というような普通の答えが出てくるのかもしれませんが、私はなんだか変な風に感動してしまったのでした。

                         

                          終

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