第7話
さて、妖退治をすると決めても、そのまま山道に突撃したりは当然しない。
そこまでして急ぐ必要があるならともかく、今、この瞬間に誰かが妖に襲われてる訳じゃないから。
俺が取った行動は、まずはその山道の様子を見に行って、妖の群れを見掛けたという宿場町の男衆に、話を聞く事だった。
小さかった頃に師に教えられた言葉に、敵を知り、己を知れば、百戦するも危うからず……、というのがある。
当然ながら情報を集めただけで自分が強くなれる訳じゃないから、俺はどうしてそれだけで敵に勝てるようになるのかと師に問うた。
すると師は笑いながら、勝てる訳じゃなくて、負けなくなるのだと言う。
釈然としなくて話の続きを促すと、
「相手の切り札を知って躱し、弱点を突いて勝てる相手なら、それで勝てる。それで足りないくらいに相手が自分よりもずっと強ければ、誰だってどうにかして戦いを避けるだろう? そうすれば負ける事はない」
なんて風に言った。
小さかった頃の俺は、それに納得できなかったが、今はその言葉が正しいと知っている。
山道の妖の情報を少しでも得て、得意とする戦い方を予測し、弱点を予測し、有利に戦えるようにすれば、不覚を取る確率は下がるだろう。
そしてそもそも話を聞いて勝てそうになければ、山道に入らず戦いを避け、宿場町を守るなり、この地の領主に報せを持っていくなり、他の働きをすればいい。
宿の主には見栄を切ってしまった手前、恥をかきはするだろうけれど、ただそれだけで済む話だ。
命を無駄にしなければ、より修業を積んで己を高められるし、それによってできる事も、救える人も多くなる。
その方が、本人はもとより、周りの人も得をするだろう。
もちろんどんなに相手が強くても、決して避けられぬ戦いはあるから、その時にどうするかは胸に決めておく必要があるとも、師は言っていたけれども。
少なくとも今回は、そう言った場面じゃないし。
宿場町の男衆は、宿の主と同じく心根の優しい人達のようで、口々に俺が山道に入るのを止めようとしたが、やっぱり師の名を出して、ついでに金砕棒を持たせたら、その重みに地に落として驚きながら、妖の話をしてくれた。
何でも彼らが見掛けたのは、狼の群れだったそうだ。
では妖じゃなくて狼の群れの可能性もあるんじゃないかと思ったが、詳しく話を聞けばそうではないとわかる。
彼らが遠目に見かけた狼の群れは、幾匹かが明らかに腐乱していて骨まで見えて、更に群れの長と思わしき一匹は、熊かと思う程に身体が大きく、真っ白な毛並みをしていたという。
あぁ、確かにそれは、妖だった。
腐乱した幾匹、恐らくそれ以外も、群れの長であろう大きな白い狼以外は、死体に瘴気という名の妖が憑りついて動かしている状態だ。
瘴気は最下級の無位に分類される妖で、自分の身体を持たず、強い風が吹いただけでも散らされて消えてしまう弱い存在だが、死体があればそれに憑りつき、己を保って動かす事ができる。
無位の妖は、より高位の妖の吐息から生まれるとも言われ、今回の瘴気の親は白い狼だろう。
白い狼の妖が、狼の群れを殺して、瘴気を憑りつかせて率いてるのだ。
肝心なのは、白い狼の妖怪の強さだが、……二、三匹ではなく、群れを率いているとなると、黒の妖にしては強過ぎる。
ではそれ以上の妖となるが、紫や青の大妖はもちろん、赤や黄の中級妖怪もあり得ない。
仮に赤や黄の中級妖怪がこんな場所にいたら、宿場町が無事で済んでる筈がないから。
すると必然的に、下級の中では強い方の格、白の妖だと想定できた。
狼の姿で、白の妖。
それだけじゃ相手を十分に知れたとは言い難いが、多分どうとでもなる相手である。
白の妖は単独で村を滅ぼし得る強さだとされるが、戦った事はあるし、隣で師が普通に素手で殴って倒してた。
山野に籠って修行を積んでる師は、そこらの人間とは比べ物にならないくらいに肉体的にも強いけれど、あの人の特技は自然の理を解く事で得たという不可思議な術だ。
それらを使わなかったって事は、白の妖は師にとってその程度の相手でしかない。
単純な肉体の強さで言えば、俺は師を上回るから、白の妖が相手なら恐らく負けはしないだろう。
問題は、師に比べると俺は搦め手の類に弱い事。
ただ獣の姿の妖は、肉体的な強さに勝る分、搦め手の類を使ってくる事は少ないそうだ。
尤も、山道を占拠してる妖が、狼の姿に化けた搦め手を得意とする妖である可能性は、皆無ではないけれど。
まぁ、それを過剰に警戒すると、もう何もできなくなるから、僅かな可能性はあると心に留めておく程度でいい。
よし、敵も知れたし、己もちゃんとわかってる。
なら可能な限り危うさは遠ざけられたという事で、そろそろ山道に踏み込もうか。
妖がいなくなり、再び山道を旅人が行き交うようになれば、きっと宿場町の人も喜んでくれるだろう。
しかし一つ思うのは、半ば強引にそうさせられたとは言え、独り立ちを果たしたのに、何かにつけて師の名前を借りて、師から与えられた知識に頼っていた。
いや、名前を借りるのは理由があるし、与えられた知識も今は既に自分の物だ。
けれども、そうじゃなくて、あぁ、何かにつけて師の事を思い出してる。
……もしかして俺は、師と離れて僅か数日で、もう寂しくなってしまっているんだろうか。
だとしたら、少しばかり情けなく、送り出してくれた師に対しても、申し訳なく思ってしまう。
次の更新予定
鬼種流離譚~金砕棒でぶっとばせ~ らる鳥 @rarutori
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