第6話
道なき道も二日も歩けば、崇善家の領地を出て街道に合流した。
尤も街道と言っても大して整備された道じゃない。
この辺りでは、道を整備する事によって人の行き来がし易くなるメリットよりも、他領から攻められ易くなるデメリットを問題視するから。
道は曲がりくねっているし、石もゴロゴロと落ちててガタガタだ。
ただ、曲がりくねっていたりガタガタの道でも、それに沿って歩いて行けばやがて目的地に辿り着ける。
落ちてる石は鳥を仕留めるのにも使えるし、そんなに悪い訳じゃない。
何事も考えようだろう。
弘安家のような大領主の領地やその周辺では、道は綺麗に整備されているそうだ。
領地を豊かに発展させるには、人と物の行き来が重要だからというのはもちろんの事、広い領内で速やかに自軍の兵を移動させる為には、広く綺麗な道が必須だからと。
同じ領主という立場でも、領地の場所や大きさで考え方が真逆というのは面白い。
所変われば品変わる。
場所が変われば、当たり前と思っている事が全く違う場合もあるって言葉だ。
逆に同じ物が、別の場所では違う名で呼ばれてたりもするらしい。
だから師は、俺に、
「決めつけるな。自分が必ず正しいと思うな。広く物事を、ありのままに受け入れ、考えを止めない事が重要だ。けれどもその上で、急を要する時は自分の判断を疑うな。迷って足を止めるのが一番拙い」
なんて風に言っていた。
ちょっと矛盾してるようにも思うけれど、迷ったり悩んだりするのと、考える事は別らしい。
大切なのは、良く物事を観察し、人の話を聞き、判断の糧にして、動く時は迅速にだそうだ。
確かにあの人は、何時もそうしてたなぁと、振り返ればそう思う。
二日間、曲がりくねった道を歩けば、辿り着いたのは山の麓の宿場町。
山を越えようとする、或いは既に越えてきた旅人が、身体を休める場所だった。
「あぁ、山越え? 今はいかんよ。やめなされ。ここ一ヵ月、向こうから山を越えてきた旅人が一人もおらんのさ。元々、それ程の行き来がある訳じゃないけれどもね」
だが、宿で足を洗う最中に聞かされたのは、山越えを止めようとする老いた宿の主の言葉。
宿への滞在を長引かせる為の脅しだろうか?
一瞬、そんな風にも考えてしまうが、確かにこの宿場町は全体の雰囲気がおかしい。
旅人が身体を休める場所ならば、もう少しばかり活気があっても良さそうなものだが。
「調べに行った若い衆達が、顔色を変えて戻って来てね。妖の群れを見たって言うんだよ。悪い事は言わんから、今日はここに泊まったら、引き返しなさい。弘安様の都に行きたいんだろうけれど、今は時期が悪い」
泊ってここで待て、じゃなくて引き返せ。
どうやら宿の主は、本当に親切で俺を引き留めてくれてるらしい。
山道を妖が封鎖するというのは、時々だがある話だ。
人里から遠く、しかし少数の人が通る山道というのは、妖にとって良い狩場となるから。
もちろん妖を恐れて人が通らなくなれば、やがて妖も狩場を変える。
或いは腕自慢の武芸者や、陰陽師や符術師といった妖を上回れる強者が、それを狩る事もあるだろう。
術師の中には、妖の魂核から力を引き出して術を使う、妖術師というのもいるらしいし。
また妖の魂核は大鎧に欠かせぬ部品だから、領主が討伐隊を派遣する事も考えられた。
いずれにしても、待っていればやがて山道は再び通れるようになる。
宿の主は諦め混じりの表情で、今は時期が悪いと繰り返す。
なるほど、確かに待っていればやがて道は通れるようになるだろう。
しかしそれが何時なのかはわからず、今、宿の主も、そして宿場町の人も、困ってた。
ついでに、俺もこの山道が通れないとなると、少しだけ困る。
いやまぁ、山野に籠る事が趣味の師のお陰で、別に多少は山道を外れても、一つの山くらいなら越えられるが、今はそういう問題じゃない。
だったらその妖を、俺が退治してやれば、宿の主も、宿場町の人も、きっと喜んでくれる筈だ。
俺がそう言うと、宿の主は慌てたように、若い命を無駄にするなと止めてきたが、
「これでも師である円行者に鍛えられましたから、多少の妖なら問題ありません。敵いっこない相手なら、戦わずに逃げ帰って来ますから」
今回も師の名を出して押し通す。
別に都合よく利用してるってだけじゃなくて、そうした上で妖を退治すれば、更に師の名声を上げる事に繋がると思ったから。
旅人が行き交う宿場町に宿を構えるだけあって、宿の主も噂話には聡いのだろう。
高名な修験者の名前は、どうやら知っていたらしい。
そういう事ならと渋々、くれぐれも無理をしないようにと言って、引き下がってくれた。
折角心配してくれたのに、申し訳ないなとは、少しばかり思う。
ただ俺は、知識としては師から色々と教えられたが、世の中の事を本当の意味で理解してるとは言い難い。
例えば、どうして世が乱れ、人と人が争うのか、俺にはさっぱりわからなかった。
人の全てが悪しき者で、だからこそ殺し合うのかと言えば、そんな事はない筈だ。
多くの善き者もいて、その善さの違いが争いになる場合もある。
では一体、善い、悪いとは何なのか。
俺にはそれが、まだわからない。
けれども、それでも困った人を助けるのは、善い事だと思えるから、俺は困った人を助けて、そう、喜んで貰いたいのだろう。
我ながら単純すぎるとは思うのだが、今はこれが俺の精一杯の判断だ。
決めつけず。自分が必ず正しいと思わず。広く物事を、ありのままに受け入れ、考えを止めずに学び続ければ、何時かは俺にも善い、悪いが理解できる日が来るかもしれない。
それまでは、足を止めずに、自分の判断を信じて歩き続ける。
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