1-3 邂逅、可愛い野球部のマネージャー

 メガネのレンズ越しに見るその女子マネージャーは結構可愛かった。

 いや、なんならかなり。


 俺は面食いじゃないが、美人が嫌いな男はいないのだ。

 こういう美人な先輩に勘違いさせられて一生引きずるのも悪くないかもしれない。


 ……いや嘘だ。普通にいい感じの関係になれるならその方がいい。今日から高校生。美人な先輩に夢を見る年頃だ。


 そしてそんな美人のお願いを断った二軍未満男子俺。

 罪深さがマントルを通過している。今からやっぱり見学に行きますというのは、少し現金すぎるだろうか。


「でも――」


 女子は伏せていた顔を上げる。

 じっと見ていたせいで目があった。慌てて目線を少しずらす。

 一方的に美人を見るのはいいのだが、目を合わせるのは免疫のない人間にはハードルが高い。


「でも君、経験者でしょ?」


 経験者なわけあるか。だったら女子免疫くらいあるわい。

 ――という勘違いは流石にしない。


 まあ野球の経験が、ということだろう。何を持ってそう判断したのか。


「そんな要素ありました?」

「あ、えーと……結構、綺麗なフォームしてたから」


 少し言いよどみながら女子は言った。

 フォームというのは先ほどの投球時のことのだろう。自分ではあまりそういう意識はないけど。

 それに普通の投球と違って上に向けてのスローイングだったからぱっと見はわかりにくいはずだが……この女子はよほど投球フォームに詳しいのだろうか。


「そうですかね。自分ではわからないですけど……まあ、ありがとうございます」


 それはそれとして女子に褒められるのは嬉しい。男なんてちょろいもんよ。


「でも誰が投げてもあんな感じじゃないですか、投球なんて。テレビで見るような選手の、ただの見よう見真似です」

「じゃあ運動神経がいいのかな。得意?」

「苦手、って程でもないですね。マラソンとかは好きじゃないですけど、球技は嫌いじゃないですよ」

「やっぱりそうだよね。マラソンは……私も苦手だな」

 女子ははにかんだ。

 なかなか、非リア男子への殺傷力が高い眩しさだ。


「先輩は……あー、先輩、ですよね?」


 なんと続けたらいいかわからなくて話題を逸らそうとしたが、一旦学年を確定させよう。声に出さずとも、いつまでも女子呼ばわりは失礼だ。


「うん、私は二年だよ」


 右手ピースサインを作り、人差し指と中指をくっつけたり離したりしながら言う。


「マネージャー、ですか」

「そう。野球部のマネージャーやってます」


 女子……改め、先輩マネは言った。

 いや、先輩マネだと自分もマネージャーな上で先輩、みたいな言い方になるからマネ先輩か。でもそうするとモノマネする人みたいだから……いいや、先輩で。


「大変そうですね、マネージャーっていうのも」


 こんな美人なマネージャーがいると野球部はさぞ捗ってることだろう。色々。という多分に意味を含んだ「大変そう」。


「そう見える?」

「え……えーと……」


 何の気になしに言ったが突っ込まれてしまい少し考える。

 流石にセクハラになるのはまずい。


 と、そこで球拾いに使われていた籠が目に入る。

 丁度いい言い訳ができそうだ。


「マネージャーが球拾いしてるようなので」


 籠を指さしながら言った。

 うむ。自然自然。


「ああこれね。まあ今手が空いてて暇だしね。他のマネージャーが見学の新入生に説明してて、私だけ仕事なくてさ」


 先輩は籠を見ながら答える。


「そうなんですね」

「あ、普段はちゃんと仕事あるよ?今日は春休み明けで掃除とかのたまった仕事は片付いててさ」

「そうなんですか」


 ……いかん、そうなんですbotになっている。会話下手すぎるだろ俺。


「あー……打撃練習だとやることなさそうですもんね」

 野球部の方を見て何とか話を絞り出す。


「そうなんだよ。ノックならボール渡すとか、走り込みならタイマーとかできるんだけどね」

 先輩も野球部の方を見て目を細める。


 横から見るとポニーテールが良く見える。可愛い。

 やはり野球部マネといったらポニテですな。

 そして野球部マネといったら野球部の彼氏ですな。

 ……やめよう。この会話だけで変な気を持ったら、後発者のくせにBSSな気持ちになりかねない。

 今話せてるだけで十分な縁があったわけだ。これ以上勘違いして勝手に期待して勝手に失恋する前に、この先輩からは離れよう。


「大変そうですね。ボールよろしくお願いします。俺はこれで。頑張ってください。では」


 一息に言葉を並べ、丁寧に一礼してから置いていたカバンを取りに行くために背を向ける。


「え……ちょっ、ちょっと待って!」


 先輩の慌てた声が背中越しに聞こえる。


「はい?」


 美人に呼び止められることなんてこの先の人生であと何回あるんだろうな。もしかしたらこれが最後なのかもな。と嘆きながら振り返る。


「え、あっと……どう?見学とか」


 少しためらうように、先輩は言った。引き止めたいような感情が乗ってる気がするのは、俺の都合のいい解釈が抜けていないせいだろうか。

 ともあれ見学か。この後予定があるわけではないが、行こうという気にもならない。


「いえ、俺は結構です」

「もしかしたら興味持てるかも――」

「野球部には入る気ないです。そんな奴が見学しても仕方ないでしょう?」

「……そん、なこともないと思うけど……」

「それに、俺メガネですし」


 目元のそれを指でわざとらしくいじりアピールする。


「メガネあっても野球はできるよ?」

「でも危ないでしょう?スポーツ用グラスなんて買うお金ないですし」


 別段うちは裕福でもないが貧乏でもない。スポーツ用のメガネくらいなら、本気で頼めば両親は検討してくれるだろう。

 だがそれをするだけの熱量は俺にはない。


「コンタクトとかは?」

「持ってないです」


 まあコンタクトはないのもそうだが怖いってのが大きい。

 それはそうとして、妙に食い下がられている気がする。俺はそんなに野球の才能がありそうな雰囲気でもしているのだろうか。

 どこにでもいるようなメガネ男子に、そんなものが見出せるとは思えないが。

 もしくは単純に今年は新入生が少なそうで人数が欲しい、とか。

 だがその場合、入学初日の今日その判断を下すのは早計と言わざるを得ない。

 

「今年は新入部員少なそうなんですか?」

「そんなことはないと思うよ。今日も10人くらい見に来てるし」


 人数は問題なさそうだ。

 確かに野球の1チーム以上の人数が入る見込みがあるなら十分だろう。

 今日が高校生活初日なのも考えると、入学式後でも見学に来るくらい野球への熱量がある猛者が多いだろう。とするとその10人の入部はほぼ確定しているようなものだ。

 そして、そんなところに大したやる気のない俺みたいなのがいると、空気を壊しかねない。


「じゃあどうしてそんな執拗に勧誘するんですか」


 結論として、より俺をここまで勧誘する謎は深まったわけだ。


「し、執拗だったかな……」


 先輩はしょんぼりとした様子でうつむいた。

 まずい。結論化したせいで少し言い過ぎた。


「あ~……すみません言葉を間違えました。でもどうしてそんなに誘うのか疑問で」


 そう言うと、すぐさま先輩は顔を上げ、一歩ネット越しの俺に近づいた。


「だって君、絶対いい選手になれるから!」


 そして少し張った声で、俺の目を見ながら言った。

 思わず気圧される。

 ネットは挟んである。

 俺はネットから少し離れている。

 なのに、その顔の存在感は強く、俺は目を離せなかった。


「な、にを根拠にそんな」

 見惚れていたのか、単に勢いに怯んだのか、言葉が詰まってしまった。


 そんな俺に、先輩は微笑みかけるように――。


「君――」


 先輩がなにかを言いかけたところで、


「かーがみー!」


 グラウンドに声が響いた。

 女子の声だ。


 先輩は振り返りバックネットの方を見る。つられて俺もそっちを見ると、女子生徒が手を振っていた。

 格好が先輩と一緒のジャージだ。あの人も野球部のマネージャーなのだろう。


「呼んでるんじゃないですか?」

「そう、みたいだね。……今行きまーす!」

 先輩は少し声を張った。


「サボってるのはよくなかったね」

「たまには、息抜きも必要ですよ」

「昨日まで春休みだったのに?」

「野球部はどうせ練習漬けだったんでしょう?」

「ちゃんと休みもあったよ」


 先輩は置いていた籠を持ち上げる。


「よい、っしょ。ごめんね、引き留めて」

「全然大丈夫です。むしろ帰宅部が時間を奪って申し訳ない限りです」

「仮入部は来週、正式入部は再来週だよ。じゃあまたね」


 先輩はにっと笑って去っていった。

 なんともまぶしい笑顔だった。


 グラウンドのほどほどの喧騒を耳に荷物を持ち上げ、肩にかける。


 またね、ということはまた勧誘にくるのだろうか。とぼんやり思った。

 まさか入学早々、可愛い先輩に追いかけられることになるとは。これはもしかするかもしれない。

 そんな浅はかな妄想をしながら、俺は帰路に戻る。


 とはいえ、俺が野球部に入ることはない。俺にだって事情くらいはある。大半がくだらない理由ではあるけど。


 可愛い先輩とは関わりたいが、野球部にははいりたくにない。なんとも都合のいい男だ。自分に苦笑。


 俺を妨げるボールはもういない。

 バットが鳴らす音を背に、俺は一人で歩きだした。

 


 こうして、一つの野球のボールの受け渡しによって、先輩と俺の関係は始まることなった。


 先輩との交流は、少しずつ、俺の生活を変えていく。

 時には人を。

 時には俺の因縁を巻き込んで。


 これは俺の高校生活の、キャッチボールみたいな物語だ。

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2024年12月13日 07:30
2024年12月14日 07:30

帰宅部男子は野球部のマネージャーとキャッチボールがしたい 恐縮 論理 @lonely_logic

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