12
女の子はわたしたちに名刺を差し出した。横書きで長い会社の名前、筆記体のアルファベットの名前と、カタカナの名前が印字されている。名刺は上の方だけほのかに紺色と銀のグラデーションがかかっている。なんだか青魚みたいだ……と思って改めて企業名を見ると、食品会社だった。名刺の右下には、イワシの缶詰のイラストがワンポイントであしらわれている。
この、背の高い女の子の名前はオリヴィアといった。
「え、いや、わたしたちも旅の者というか、通りがかっただけでして……」
わたしがいうと、オリヴィアは「あら」といった。ちょっと芝居がかってる。
「ラジオ体操をしていたのでつい地元の方かと」
そう見えたらしい。……そう思うものなんだろうか?
オリヴィアは眉を片方だけあげて、わたしたちの後ろにあるトラックを見た。
「じゃあそれって? そのデコトラとかは」
「デコトラはこっちの、クロちゃんのもので、片方はわたしのです。トラックドライバーやってるんです」
「あ、わたしはほかにもいろいろ~」シヨウが手を挙げつついう。毎度おなじみ。
「……どういう集まり?」
オリヴィアの疑問にわたしたちはかいつまんで話した。
「それ、わたしもついていっていいかしら? 道中にわたしの目当てのものがあるかもしれないですし」
わたしたちは顔を見合わせた。
「別にまあ、構わないですよ」
「これも何かの縁だしね」
というわけでわたしたちの車列に四角いキャンピングカーが加わった。
《オリヴィアちゃんはキャンピングカーで旅をしてるすか?》
クロノ進が訊いた。
《旅をしているというか……旅をしているし、同時に一応仕事もしているの》
シヨウと同じ、ノマドワーカーなんだろうか。わたしのトラックの助手席で、膝に乗せたノートパソコンをいじっているシヨウをわたしは一瞥した。
《一応地域調査というか》
「それって、どこそこでこの魚が釣れる~とか?」シヨウが訊く。
《どちらかというと、倉庫を建てられそうな場所を探してるといいますか──》
「不動産屋さん? とかじゃなくて、そういうのも食品会社の人がやるんですね」
わたしが感心したようにいうと、オリヴィアは、あ、敬語は大丈夫よ、たぶんそんなに歳変わらないしといった。
まだビデオ屋さんの開店時刻までには余裕があるため、わたしたちはとろとろと走っていた。
聞いた情報を断片的につなぎ合わせると、オリヴィアは主にオイルサーディンの製造をメインにおこなっている食品会社の、息女らしい。社長令嬢ってやつっすね! とクロノ進が興奮したようにいうと、オリヴィアは特にごまかすでもなく、そうなのといった。
「そういうのも社長令嬢がやる仕事なの?」
わたしがいうとオリヴィアはややあってから、
《仕事兼、趣味というか、後継ぎのための儀礼といいますか……》
「なんか、大変だね」
そういうシヨウの声には、なぜかふしぎと実感が伴っていた。
一時間ほど走り、目的のビデオ屋がもう何十分かで着くというところで、山あいの道に廃ガソリンスタンドがあった。
《ちょっとわたくしここ見てみるので、先行っててくださいまし》
そういうとオリヴィアはガソリンスタンドに車を停めた。
わたしは、ああいう、まんがのなかのお嬢さまっぽい喋り方をする人って本当にいるんだなあと思った。
レンタルビデオ店が見えてきた。少々古びた外観と看板が目を惹く。看板の店名はむしろ、あえてややレトロっぽく塗り直してあるそうだ。入口はシャッターが閉まっていた。入口の近くには、青い返却ボックスがあった。
《ウオーッ!》とクロノ進が歓喜の声を上げた。
わたしとシヨウもテンションが上ってしまっているので「やったー!」「ゴールだー!」と大きな声を上げる。
わたしたちはトラックを降り、小走りで返却ボックスに駆け寄った。
「ちょ、ちょっと待ってほしいっす」
クロノ進はいうと、レンタル用のバッグを開け、貸出伝票を確認し、ビデオのタイトルと本数が合っているかどうか確認した。問題なかった。
わたしたちは三人でバッグを持ち、返却ボックスに一緒に入れた。バッグはするりと暗闇に滑り落ちていく。
わたしたちはその様子を見届けると、はあ~……と大きく安堵のため息を吐いた。その場でへなへなとしゃがみこんでしまう。
「終わったね」シヨウがいった。
「うん」わたしはうなずいた。
「ありがとうございます。みんな」クロノ進は鼻声になっていた。「み、みんなっ、あ、ありがとうぅ゙~」
ついには泣き出してしまう。わたしたちは両脇からクロノ進を囲み、よしよしと頭をなでたり背中をさすったりした。
まだなんとか目は冴えているけれど、頭はちょっとぼーっとしていた。
そういえば今日は普通に授業がある日だった。
……どうしようか。まあ、授業は受けるけれど。寝てしまいそう。
「わ、ちょ、なになに」
困惑した声のする方を見ると、丸眼鏡をかけたスウェット姿のおしゃれなおじさんが立っていた。手には鍵の束を持っている。
クロノ進は立ち上がり、ゾンビのようによたよたと歩きだす。
「店長~」
「え、クロちゃん!? なになにっ」
「店長~、約束、まもっ、守りましたよぉ~」
「えっ、えっ、その歩き方コワイ! なにっ!?」
わたしとシヨウはそれを見て笑ってしまう。
「なんか、楽しかったね」
シヨウはいった。わたしも同じ気持ちだった。
「めんどくさかったけどね」
でも、それもなんだか良かった。
オリヴィアのキャンピングカーがすこし遅れてやってきて、わたしたちは彼女のつくる朝食をごちそうになった。
わたしはマッシュルームの生産プラントで買ったマッシュルームをお礼として渡した。
このマッシュルームを買ったときは、クロノ進と再会することも、こうやって夜通し走ることにもなるなんて、思ってもみなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます