11
午前三時過ぎに運転交代となった。わたしが寝ているあいだに関西を抜け、巨大な橋を渡り、四国に突入していた。今度、夜の写真と動画撮るためにまた来たいわとシヨウがいう。写真とかでも見たことあるでしょ、あの橋のさ、主塔がとんでもなくデカくてさ、時間帯的にライト消えてたからむしろデカさがびりびり感じられてさ、と思い出しながらかのじょはいう。わたしは、ライトアップされてたりされてなかったりする大きな橋の主塔をくぐるところを想像してみた。
「いま四国の真ん中ぐらい? 案外早かったね」
「でもまだあと半分近くあるんすよなあ」
「四国でかいね」
「ホントすよ」
「あ~、口んなかやっぱ気持ち悪い」
そういうシヨウは、ポポ山で買っておいた恐竜パン(カレーパン)をもそもそと頬張っていた。
わたしはつい、ホットドッグ屋台のお姉さんのことを思い出して、静まり返った駐車場に目をやる。神出鬼没っぽそうなので期待してしまうけど、当然いない。
「鼻くそもすんげえ溜まっててすげえいや」
シヨウは整った顔を不快そうに何度もくしゃっとさせつついった。
「もー、急に変なこといわないでよ。あとでトイレいって歯磨いてくれば」
「そうする~」シヨウはそういったあと、やや間をおいてきょとんとした顔で「ん? ついでに鼻ほじってこいってこと?」といった。
あー、もう、それはいわないでおいたのに。
わたしたちは相変わらず目が冴えていた。クロノ
シヨウは口のなかが気持ち悪い云々といった矢先に自販機で緑色のモンスターエナジーを買っていた。わたしも真似してひさしぶりに買う。そしてクロノ進も真似して買う。
「いやいや、クロちゃんは助手席で寝ておきなよ」
「え? だいじょうぶだいじょうぶ」
なにが大丈夫なのかわからないけど、クロノ進はへらへらしながら早速プルタブを開けてぐびぐびと飲み始めていた。
しかしダビングの作業を行い、助手席に座って出発するやいなや爆睡し始めた。
「やっぱり眠かったんじゃん」
わたしが笑いをこらえつつ小さくいうと、イヤホンをとおしてクロちゃんかわいい~とシヨウがいった。シヨウはわたしのトラックの運転席にいる。
「シヨウは大丈夫なの? ぶっつづけで起きてるけど」
《だいじょ~ぶ。わたしこういうの得意だから。それに〈キョウさん〉がやってくれてるし》
それは結構ありがたかった。軽く教えてもらったとはいえ、クロノ進の運転するデコトラはわたしが普段運転しているものとは勝手が違う。できるだけ集中して運転したかったし、喋り相手になる誰かが起きているというのはいいことだった。
わたしが普段乗っているトラックはセミオートマチックだったけれど、このブラック雪影号は──むかしの車種だから当たり前だが──マニュアル車だった。教習所と新人研修以来になるけれど、からだはちゃんと記憶していた。
「クラッチってやっぱ好きかも、ひさしぶりにやると。面倒だけど」
大きな機械にちゃんと自分が介入できている、操作できている感じがする。
「そういえばクロちゃんが見たっていってた〈ヌル・モニュメント〉って四国だし、なんだったらついでに見に行ってもいいかもね」
《そうだねえ。VRチャットではたぶん同じやつ見たことあるんだけど、またしばらくしてから消えちゃったからなあ》
「VRチャットにあるの?」
《一応、有志が作ってるワールドがね。マイクラにもあるよ。でもAIにどう消されるかわからないから、限定公開してまた非公開にして、みたいな感じでやってる人がいる》
「ふーん。……それもAIがやってたりしてね」
わたしは思いつきでいった。
なははとシヨウは笑う。
《それだったらウケるけどね》
「……そういえばアース丸とは、あのあと連絡とってる?」
《とってるよ。でもあいつほら──わかる? 肝心な質問にはわざとチャットボットみたいな受け答えするからさ》
「あー、たしかに。まあ、そういうふうになってるんだろうね」
《そういうゲームなんでしょ》
「そうそう」
《そういえば電話したことある?》
「そういえばやったことないな……」
《今度してみ? 面白いよ、かなり》
話しているうちに、前方の路側帯になにかがいるのが見えた。真っ暗な闇のなか、ライトに照らされて、四つの脚でてこてこと歩いている。最初は鹿かと思った。でも違った。どこか光沢のある青いシャーシに包まれた、運搬用のロボットだった。
「うわっ危ね」
《え、なに。……あホントだ。危ねえ~》
シヨウがシャッターを切る音が、イヤホンをとおして聞こえてきた。
「なにあれ、
《あんなんいたっけ。あれ青かったよ》
おまけに足先にローラーがついてなかった。
「だよね。となると野良ロボットか。どっから入ってきたんだろう……」
《積み荷から落ちちゃった可能性もあんね》
「最近多いよね、道路に野良ロボット入っちゃうの」
《鹿より多いかもね》
さいわい、信号や車に搭載された電子タグ識別システムで、ロボットの個別情報を識別して自動でゆっくりブレーキがかかったりする。だから事故になることはすくなかった。ちなみにこのシステムのおかげで、こどもや高齢の方の交通事故がだいぶ減ったのだった。
《みんな自我が芽生えてきてるのかな》
そうつぶやくシヨウに、わたしはおそるおそる訊いた。YouTubeに表示された数々の怪しげなサムネイルのことを思い出す。
「シヨウはさ、やっぱり信じる? 実は超知性のAIがどこかにいて、わたしたちはもう支配されてるかも……ってやつ。アース丸とか〈ヌル・モニュメント〉を実際に見ると、いることにはいるのかなって気はするんだけど……」
《うーん、そうだなあ。〈ヌル・モニュメント〉の界隈にいるからそうだよなあって気持ちもあるけど、でも同時にあっちが出してるゲームをこっちが遊んでる部分もあるから、支配っていうより、付き合ってあげてるっていうか。
まあそれはともかく、たしかになんかいるんじゃね? って感じかな》
シヨウはつづける。
《本気出したらさっさと人類滅ぼすことができるんじゃない?》
「じゃあなんでやんないんだろ」
《あっちもあっちで、どうすればいいのか迷ってるの、かも。
たとえば、ある特定の虫だけ絶滅させたとして、それが生態系にどういう影響を与えるのかとか、わかんないじゃん。ハチさんとかまあまあ減ったけど、そのせいで花粉が運ばれなくなって農家さんたちは困ってるっていうし》
わたしは科学の授業を思い出す。
《それに、たぶんいますぐ人類を滅ぼしたところで、気候変動に歯止めがかかるぐらいなのかな。超知性体AI的に、それに意味があるのかどうかだね》
滅ぼしたところで意味がない。もしくは、滅ぼす価値もないのか。
「まあ、人類を滅ぼそうってなったところで、労力のほうが
《…………たとえばさ》
シヨウが静かにいった。
「うん」
《たとえば、いまここで走ってる最中に、急にわたしが何もかもイヤになってさ、急にハンドル切って大きな事故とかを起こせるけど、べつにやらないじゃん》
「えっ、ああ、うん……」急に変なことをいうのですこし面食らってしまった。
《でしょ。それってやらないわけじゃん。なんでやんないのかっていうと、だって事故になったらたぶん死んじゃうし、わたし以外の人もたぶんたくさん死ぬし。死にはせずとも、まあ、痛いし。
……そういう、やっちゃいけないことをやらないでいつづけられるのが、実は人間のめちゃくちゃすごいとこだと思うんだよね》
「うん」
《そういうのが、AIたちにもあったらいいなって、わたしは思う》そう、シヨウはいったあとで《まっ、AIだって電力が必要だから、その確保のために人類の数を減らす、とかはあるかもね》といった。
「なんかあったよね、そんな感じのすごくむかしの映画」
《犬殺されてカチキレたおじさんやってた人が若いころにやってたスローモーションで弾
「そうそう、人間が電池になってるやつ」
《そうはしたくないって考えなのかもね》
「それとも、もうちょっとずつ、何か進行してんのかなあ。……あ、陰謀論っぽい」
シヨウのなははという笑いが耳をくすぐる。
《さっきのLDとかビデオテープの話じゃないけどさ、AIもAIなりに、大量絶滅とか自然淘汰にそなえて、何かを残そうとしてるのかもしれない》
AIも死ぬのがこわいのだろうか。そうわたしは思うけど、〈キョウさん〉に聞かれるのが嫌でなんとなく言葉には出さないでおく。
「それが〈ヌル・モニュメント〉──とか」
《かもしんないし、そうじゃないかもしんない。アース丸は匂わせしてたじゃん。“上と下から来た”ってやつ》
「あー……あれってマジなのかな。だとしたらあれ自体が言語とか文章ってことになるのかなあ」
《となると、むしろわたしらはもう眼中にないかもね。その“上と下”の存在の方がいまは重要なのかもしれないし。それか、わたしら人間と一緒に、“上と下”の連中と話したいのかも》
朝五時頃になり、空が紫色になり始めた。わたしはあくびを噛み殺し、炭酸の抜けたモンスターエナジーをひとくち飲む。もうただの甘ったるいジュースだ。エナジードリンクを飲んだとき特有の、べっとりした感覚が舌にこびりついている。徹夜特有の、鼻と目の奥に何かがずーんときている感覚がある。
適当な場所でトイレ休憩とドライバー交代をする。海の近くだった。潮の香りがほのかにする。クロノ進は生まれたてのねこの赤ちゃんのようにしょぼしょぼの表情をしていた。シヨウはわたしたちのなかで一番はっきりしているが、それでもどこか眠そうだ。
「さすがにもう寒いね~」
「ね~」
そこで思い立ち、わたしは毎朝のラジオ体操をすることにした。からだを動かしているうちにすーっとしてきた。クロノ進の顔も寝起きのしょぼしょぼ顔からいつもの表情に戻っていく。
駐車場でラジオ体操をする三人の人間と三体のロボットの目の前の道を、大きな車が通りすぎていく──と思ったら駐車場に入ってきた。
「うおっ、なになに。なんかでかいすな」
クロノ進がいう。
「やばい、さすがにこのタイミングは恥ずかしい……」
ちょうど上半身をぐるぐると回転させるパートだった。わたしたち全員で、全身で歓迎しているようになってしまってなんだかおかしかった。
真四角でほとんど凹凸がない、丸いライトのレトロで白いワゴン車──いや、キャンピングカーだった。側面にはブラウンのラインでペイントが施されていておしゃれだ。ブラウンのラインは車両の前方と後方に伸びている。車両の前方のほうにいくとラインは大きく上下に動き、「W」とかたちづくっていた。ライン車両の後方、ラインの終点には「BRave」とあった。
「お弁当箱みたいすね」
たしかにそうだった。
「あれがお弁当だったら、ゾウさん何人前だろうねえ」
シヨウがぽやぽやという。
お弁当箱みたいなキャンピングカーは、どろろろろと唸りながらやってきた。わたしたちのそばに停車する。
わたしたちの深呼吸が終わったと同時にドアが開いた。
少女が、ぬうっと降りてきた。
すらっと背の高い白人の女の子だった。肩まで金色の髪が伸びている。ごつくて四角いサングラスが目を引いた。よく見ると、デニムを履いた下半身にはアシストスーツが装着されていた。靴はスケッチャーズを履いている。
少女はサングラスを外しつつ、いった。
「ねえ、ここらへんに潰れたガソリンスタンドはある?」
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